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機動戦艦 ナデシコ IF

〜昨日よりも もっと 優しく〜

プロローグ

By かすい

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く、誰もいない廃墟。

闇だけが、心を捉えて放そうとはしない。

かつては、ここも多くの人々の笑い声が、木霊していたのだろうか。

微笑とともに、考えてみる。

どれほど記憶の中を探ってみた所で、しかし、少年の心にそのときの風景が浮かんでくることは決してなかった。思い出せる方が、おかしい。自分にそんな時間が与えられたことは、十八年生きてきて、一度もない。

ゆっくりと、ぼさぼさの髪を撫で付けようとするが、徒労に終わった。

心に流れ出るは、何処までも血塗られた戦場。

戦いだけの歴史。

それだけだった。

別段、悲しさを覚えることもなく、己の生きてきた証としての情報だけが、確かに存在している。

何も問題は、なかった。事実は事実であり、現実は現実でしかないのだから。

地下に広がる、ショッピングモールも、彼にとっては、いまではいつ崩れ落ちるやも知れぬ、薄暗いただの隠れ場でしかなかったのだろう。

床に転がる瓦礫を見渡し、適当な大きさの物に腰を下ろしすと、すす汚れ、ボロボロになった軍のものに近い服の胸ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけた。

口元から広がる煙が、心細そうに空間に広がっていく。

(火星も落ちるか……………)

少年は思った。

だが、この言は正確ではない。

言ってみれば、火星はすでに十三年も昔に、最初の侵攻によって敵の手に渡っているに等しかった。

地球側から援軍など来たことは、今まで一度もない。すでに、月までもが木星蜥蜴と呼ばれる敵に潰された、とも聞いていた。

現在では、地球のみに戦力を集中させ防衛ラインを引き、ぎりぎりのところで軍の面目を保っているらしい。

まぁ、見捨てられたということか。

おかしな話だ。民間人を守るべきであった軍が木星蜥蜴にかなわぬと見れば、真っ先に逃げ出し、残された自分達が最前線とも言えるこの場所で戦いつづけている。

知らずうちに首からかけられた青いペンダントに、触れた。

いつのころからの、癖のようなものだ。

(違う、か?…………戦わないと、死んでたもんな〜〜)

微かな、含み笑い。

煙が揺れる。

簡単すぎた。戦わなければ、敵の無人兵器に殺されていたし、何より食っていくことが出来なかった。

戦うからこそ、食えた。

それだけが、もしかすれば戦う理由と言うやつだったのかもしれない。

十三年も前。

自分はまだ、五つくらいの年齢だった。

戦いが始まった時、あの一方的な攻撃を戦いと言って良いのならばだが、突然のことに当たり前のように火星の人々は混乱し、そして、生きるために逃げ惑った。

目の前で多くのコロニー、食料生産のためのプラントが破壊されていく。

そして、一年くらい、過ぎていたのだろうか。

それとももっと、短かったのかも知れぬ。

ただ、人は恐怖に狂い、理性の箍が外れてしまったのかもしれない。

何処までも、自分自身を含めて、短絡的だった。つまり、生き残ったとしても、食べるものがなくなってしまう、と。

結果、食料の奪い合いだ。

逃げていただけの自分が、幾人かの大人達に守られていただけだった自分が、初めて銃を持ち、人を撃ったのも確かこの頃だろう。手に握り締めた、一欠けらのチョコレートが原因だった。

手の熱に溶け、掌を舐めたのを覚えている。

生きていくために人々は身を寄せ合い、大小さまざまなグループが生まれ、戦った。無人兵器のような馬鹿げたものに殺されないために、そしてまた、生きるために。

しかし。

(この状況じゃ〜な。ネルガルも手を引かざるを得まいだろうし…………)

少年は、苦笑した。

軍ですら見捨てた火星を、唯一、民間企業であったネルガルだけが援助を続けてきた。

独自で月と火星の航路を維持し、こちらに数多くの物資のみならず兵器と情報を与えてくれていた。恐らく、ある程度の成果はあった。いくつもわかれていたグループは、ネルガルからの援助を得ることを目的とし、一つにまとまったのは、確かなことだ。何よりも、食料、医療品がありがたかった。戦えば食える、の意味もここにある。が、それすらも最早、限界になったのだろう。

援助してきた理由は、火星にネルガルの研究所があるからだ、とも言うし、人道的な問題から助力を続けてきたのだろう、とも言う。兵器開発のためなのかもしれなかった。その言を裏付けるかのように、最新人型のロボットまでもが何台か、使え、と送られてきたこともあった。何が本当のところなのか、わかりはしないが、努力を示してくれていたことだけが、この場で戦いつづけざるを得なかった自分達の、偽らざる真実だ。

少なくとも、これまでは。

だが、それも終わる。

(地球からこっちまでのラインももう、維持しきれないんだろうな?)

無理もなかった。最大の企業とはいえ、あくまでも民間だ。これだけもった方が、奇跡にも近い。感謝こそすれ、恨みなど微塵もなかった。

幾種もの無人兵器を見れば、木星蜥蜴と自分達の科学的な技術の差は明らかだ。そんな劣勢の中、十三年も踏ん張ってきていてくれたのだから。

充分だった。

(それでも、ラーメンってのを食べてみたかったな)

思った。

ほんの僅かに残った記憶。戦いの中ではない、日常としての風がそこにはあった。

誰と、何処でなど、覚えてもいない。

ただ、楽しくて、美味しくて、自分が満面の笑みを浮かべ、ふー、と息を付きつつ口元へと運んでいたことだけを覚えていた。

味が思い出せないのが、最大のミス。

隣の席で、誰かが「アキト、美味しいね」と話し掛けてくれたような気もするが、それだけだ。思う必要がない。思い出したいことは、ラーメンのことであり、それ以外の何物でもなかった。

唯一、血を思い出すことのない想いだったのかもしれない。

いったい、どんな感じなのだろう。

麺とスープが一緒になった物だ、と聞いたことがある。

スープにも数多くの種類があり、どんなスープとどの種類の麺を使い味のバランスを取っていくのか。そこに作り手の誇りを見ることが出来ると言う。

豚を使い、こってり。鶏を使い、さっぱり。組み合わせていろいろと。昆布やらなんやら、想像もつかなかった。

庶民の味だ、とも。

う〜ん、と唸ってみた。

食べてみたい、もう一度。

最後かもしれないと言うのに、結局、こんな時でも考えることは食べ物のことか。

何処か抜けている。

「結構、お気楽だよな、俺も?」

小さく、自分自身に言い聞かせるかのように呟いた。

それで良い。

死にたいとは思わないが、死にたくないと思うほど今に執着している訳でもない。

何処までも、自分として。

だから、充分だったのだろう。

どちらにせよ、ここももう、もちそうにはない。

今来ているネルガルの船が最後のものになる。いつもなら、物資を上空から投下するだけだったが、今回に限って敵の砲火を潜り抜け、ミサイルの攻撃により、ぽっかりと穴のあいたコロニー後に留まっている。出来るだけの人を助けようとでも言うのだろうか。

そんなことを、考えたときだった。

カツン。

足音が響き、少年は口にタバコを咥えたまま、軽く振り向いた。

「ここにいたのか、アキト?」

人影が、聞きなれた声を発した。

「なんだ、親父さんか………。あまり驚かさないでよ?」

アキトと呼ばれた少年は、苦笑を浮かべ、言った。

僅かに何処からか差し込んでくる光が、徐々に影を一人の男へと変えていく。この十何年間、常に側にあり、自分を守ってきてくれていた見慣れた姿へと。

名前は、未だに知らない。仲間のうちでは、クリスと呼ばれていたが、それが本当の名前なのかどうか、今を持って疑わしかった。

自称、三十五歳と言うことになっている。

短く刈り上げた髪はぼさぼさの自分とは違い、精悍さを見事なまでに現し、深い顔立ちの彫りは歴戦の戦士としての履歴のようなものだろう。

アキトにとって、父親と呼んで良いほどの影響を受けてきた人物だった。

それは戦う術であり、生き残るための心得だったのかもしれない。少なくとも、少年はこうして今、生きている。

知らずに、苦笑は微笑へと変化していた。

「馬鹿なことを言うな。気が付いていて、驚くも何もあったもんじゃないだろうが?」

にやり、と笑いを返す。

何処か、からかっているような風情が見え隠れしていた。

「親父さんを捕まえることが、俺に出来るわけないでしょう?ほんとに気が付かなかったんですよ?」

アキトは、ははっ、と笑うと言った。

真実だ。

腰にある銃に、手すら伸ばしていなかった。

「ほう?その割には落ち着いて見えたがな?」

「あんまり感情が表に出てこないんですよ、俺は。知ってるでしょう、親父さん?」

「知らんな」

一言で切って捨てられる。

笑うしかない。

「まぁ、それはそれとして、どうしたんです?キョウコさんのところにいなくて良いんですか?」

キョウコは、綺麗なブロンドの髪を持つ優しげな女性だった。クリスの妻であり、十三年前、両親と死に別れ一人でさ迷っていた自分を助けてくれた、アキトにとってクリスとともに命よりも大切だと言える母のような存在だ。

あまりにも優しすぎて、自分達の痛みですらその身に引きうけたのだろうか。

今では、小さなベットに横たわっている。

何も出来ない自分が、とても歯痒かった。

「ああ。今回、ネルガルが随分と薬を持ってきてくれたからな。今は少し、寝てるさ。痛み止め程度の効力しか、薬にはなくなってきたとは言え、少なくとも穏やかに寝ることが出来る。感謝してもしきれないよ、ネルガルにはな?」

「そうですか…………」

タバコの煙が、やけに眼にしみた。

「………ところで、お前は乗らないのか?」

クリスが、伺うように言うとアキトの側により、肩を叩く。優しさに溢れた触れ方。

「ネルガルの船にですか?………俺が乗るより、キョウコさんや親父さんが乗った方が良い。地球じゃこっちと違って、別に不治の病と言うわけでもないんでしょうに。乗れる人数に限界があるんなら、俺みたいなのが乗る必要はないです」

「出来るなら、俺もそうしてやりたいが、もう、船で地球に着くまで身体の方が持たんよ。それにな、アキト。俺もキョウコも、火星で生まれて生きてきた。ここが故郷であり、ここが多分俺達の最後の場所だ。………俺達以外にも、残ると言っているもの達は結構いる。年配の奴らばかりだがな?でもな、お前は違う」

アキトの隣に座り込み、息子とも言える少年の胸ポケットからタバコを取った。一本引きぬくと再び戻し、口にくわえてアキトの吸っている煙草の火種に近づけて軽く吸い込んだ。

新たなる光がともる。

ふう、とクリスは煙を吐き出し、うまいな、と呟いた。

様子を穏やかに見つめた後、アキトは唇を動かした。

「同じです。俺にとっても火星は生まれ故郷ですから」

「違うさ。俺やキョウコ、他の奴らにはここに良い想い出も悪い想い出も、両方一緒にたくさんあるよ。だが、アキト。お前にはどちらかと言えば、悪い方ばかりが多いだろう?」

「そうですかね?」

「そうだ。味も思い出せないようなラーメンに、自惚れさせてもらえれば俺やキョウコにあったことくらいか?他にいくつかあっても、それ以上に別の何かの中で生きてくるしかなかった」

「…………………」

「死に場所を求めるには、お前は早過ぎる。せめて良いのと悪いの、どっちも同じくらいか、少しくらい良い方が多いくらいかになってからだろう?」

「俺にしてみれば、どちらも等分にあります」

「ないな」

間断をいれずに、クリスは返した。

「十八年も生きてくれば、もう、充分ですよ」

アキトは言う。

もし、あの頃、クリスやキョウコと出会うことがなければ、助けられなければ、自分の人生はそこで終わっていた。そう思えば、生きてきた十三年は、おまけみたいなものなのかもしれない。戦って、殺して壊して、生き延びて。ならば、このふたりの側に居続けることは、アキトにとって、当然のことだった。

どうせ、死んだとしてもおまけの人生だ。

それならば、と思う。

「俺の半分程度で、何を言うか」

正論だ。苦笑気味なのは、息子に対する呆れなのか。

「それに、地球の方だって押されてるって話ですしね。ここじゃなくっても、何処だって似たもんじゃないんですか?」

「まだまだ、マシだよ。少なくとも、ラーメンは食えるさ」

「へぇ?」

「それだけでも行く価値があるとは思わんか?」

クリスの含み笑いが、アキトに不快感を与えることはなかった。冗談のような気もするし、それ以上に本気で言っているような気もする。

何とかネルガルの船に乗せようとしていることが、良くわかった。気持ちは、嬉しく思う。だからこそ、尚更、アキトは側にいたいのだろう。

「さぁ?こんなもんかって、落胆するだけかもしれない」

アキトは、言った。

「しかし、美味いと心底思えるかもしれない」

その通りだ。確かに、間違ってはいない。

「そこはそれ。確かめなければ今のまま。あまり、気にもならないですよ。それに、船がちゃんと地球に着くかどうか、結構怪しいところもありますしね?木星蜥蜴、突破できるかどうか、五分五分ってところでしょう?」

微笑。

自然に笑みが、浮かんでくる。

クリスは困った表情を見せると、指に挟んでいたタバコを床に弾き飛ばし、立ち上がった。

「どうしても、ここに残るか?」

「はい」

答えながら、同じようにしてタバコを飛ばす。ゆっくりと座っていた瓦礫から腰を上げると、クリスに背を向けて歩き出そうとした。

キョウコのところにでも行こうか、などと考えている。

眠っているというのなら、せめてその寝顔でも見たい。

「…………そうか」

小さな呟きが、背中の方から聞こえた。

瞬間。

首筋のうなじ辺りに、重い衝撃を受ける。

速い。

僅か数歩の距離だったとは言え、アキトに気が付かれることなく手刀を叩きこんだその技よ。ましてや、アキトは鍛えぬかれている。

だのに。

失せていく意識。

身体が、崩れ落ちていく。

アキトは、地に倒れこむぎりぎりのところで、視線をクリスへと向けた。

「……親父………さん?」

優しげな微笑を見せるクリス。

アキトの記憶は、そこで途切れた。

「死ぬにはまだ、早いんだよお前は…………」

そんな言葉が、少年の耳元に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキトは乗ったの?」

「まあな。乗ったというよりは、強引に乗せたんだけどな。ああでもしなきゃ、絶対のりゃせんよ、あいつは」

クリスは、簡易ベットに横になるキョウコに苦笑を見せながら、言った。

薄汚れた、小さな部屋。しかし、この時勢、ベットがあるだけでも充分に豪華と言える。クリスやアキトを含め、ほとんどの者が床に転がって寝るのが普通だった。

その中で、ベットを皆が進んでこの女性にあてがうのも、キョウコ自身の人徳でもある。

誰もが、自らそうしたい、そうしてくれ、と願う。

想いがあった。

「大丈夫なの?アキトはちゃんと納得しないと、頑固よ?」

キョウコは、にこりと微笑むと夫に返す。

病に身を侵されながらも、その笑みに変わるところはなかった。

長い間連れ添ってきた、夫のことだ。強引、と言った言葉の裏に何が隠されているのかを瞬時に悟ったのだろう。

「気付いたころにはもう、船の中。上を飛んでるよ、今頃はな。納得しようがしまいが、後のことは自分で決めるさ。あいつも大人だからな」

「もう。そう言うところが子供扱いしているって、アキトが怒るのよ?」

キョウコは、身体を起こすとふう、と息を付き、クリスに視線をやると笑った。自然にクリスはベットの隅に置いてあるジャケットをキョウコの肩にかけてやる。

「そうか?…………まぁ、仕方ないさ。いくら大きくなったところで、俺達の息子だ。それは変わらない」

「そうね?」

くすくす。

優しい微笑だった。

「覚えてるか、アキトと逢った時のこと?」

クリスは、懐かしそうに眼を細める。

どのような過去であれ、人は昔に想いをはせる時、何処か柔らかな表情を見せてしまうものだろう。それがどれほどに辛いものだとしても、受け入れるだけの強さを手にすれば、全てが皆、思い出となる。

「ええ。十年ちょっとは前なのかしら?あんなに小さいのに、銃を片手に私達を睨み付けるようにして…………」

「そうだったな」

幼いからこそ、生きていくために力が必要だった。そのためにアキトは獣として、細く小さな手に武器を取った。まさに野性を具現したかのような、鋭い眼光。その視線を受けた時、僅かながらとは言え気押されたのを覚えている。

深く、光の欠片すら感じることの出来なかった瞳。

まさに、獣と言うに相応しいだけの恐怖が宿っていた。

今でこそ、自分達のようなものが繋がりを見せ、ある程度の秩序が保たれているものの、あの時期は木星蜥蜴のみならず、自分自身以外の人でさえも生き残るためには敵だったのだろう。

奪われてしまう。

隠れるようにしている家も、食料も、命でさえも。

そのためには、獣となるしか道は残っていなかったのかもしれない。

そして、それはクリスやキョウコ、自分達にも言えたことだった。ただ、クリスにはキョウコがいて、キョウコにはクリスがいた。アキトには誰もいなかった。それだけが、互いの差であり、人として生きていくに必要な何かだったのだろう。

「なかなか、気を許してくれなかったしね?」

キョウコが言った。

「ははっ。考えてみりゃ、アキトはあの時期からもう、頑固だったんだろうな。ましてやそれまで、まわりは全部敵みたいなもんだったんだ。そう簡単に信じてくれないのは、当たり前だろうさ」

「ふふっ。そうね。あの子、…………地球まで、無事に着いてくれれば良いんだけど」

「ああ。願わくば、俺達以外の信じれる誰かを見つけてくれれば、な…………」

最愛なる息子よ。

幸せに、と。

ふたりは静かに、微笑みあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あてて、やってくれたな、親父さん…………?」

アキトは痛む首筋を押さえながら、顔を顰めていた。どうせならもう少し手加減して欲しかったが、確実に自分を眠らせるためには、あれくらいの打撃が必要だったのだろう。

かと言って、それに対してありがとうと礼を言う気にもなれないのは、仕方のないことだ。

やられた。

そんな思いの方が、やけに強い。

自分が気絶している間に、ネルガルの船に乗せたことはすぐにわかった。船と言うには小さすぎるものだったが、しかし、少なくとも三桁に近い人数が乗りこんでいるのが、軽く見渡せば視界に入ってくる。

重力制御もしっかりとしているのか、アキトが眼を覚ます前に、すでに大気圏外へと飛び出していた。

サイズ的には、地球まで行くには小さすぎる。恐らくは、何処かで乗りかえるのだろう。

(なんか、ただのシャトルみたいだな。武装とかちゃんとしてるのかね?さすがに女の人のほうが多いか………)

どちらかと言えば若い部類の方が多いのは、クリスが言った通り、火星に愛着を感じた年配者の配慮だったのかもしれない。

こきこき、と首を鳴らす。

すでにシャトルは、火星から飛び去ってしまっているのだから、今更降ろせ、と喚いたところで、無駄というものだった。

ここら辺が性格なのか、まぁ、仕方ない、などと呑気に考えたりもしていた。

納得はしていない。が、文句を言う相手がいないものをどうしろと言うのか。

現状を受け入れない限り、そこから先に進むことすら困難ともなる。

前向き、とも言える思考だ。

座席は片側に三列づつが並び、中央にある通路にそれ程の広さはない。何処となく、ほっとした雰囲気が漂っているのも、あの火星から離れることが出来たことに対する安心感なのだろう。

アキトにしてみれば、苦虫を噛み潰したかのような思いだが、他者にまでその感情を押し付けようとは思わなかった。

ふと、胸のポケットに入れてあった煙草を出そうとして、気が付いた。

メモ程度の大きさの紙が、二つに折られ入っている。

取り出すと、広げて読んでみた。

―――ざま〜みろ。

―――クリス。

「…………あの、親父は…………」

呟いた。

その上で、手に持った紙を握り締め、拳を振るわせる。

(俺で遊んでいるだけなのか?遊ばれてるだけなのか?)

心にあった、しんみりとした感情でさえも何処かへ消し飛んでしまった。

その時。

「………ねぇ、お兄ちゃん?」

アキトの耳に、鈴の音が飛びこんできた。子供の声だった。

その声に、隣の座席を見ると、そこには髪を二つに結わえた小さな女の子がちょこん、と座り込んでいる。今のはこの子のかけた声だろう。

「どうしたの?」

アキトは微笑みながら聞くと、耳元を少しだけ女の子のほうへとやった。握り締めていたメモをポケットに雑にしまい込む。

「お外、見てみたいんだけど良いかなぁ?」

女の子は、わくわくと楽しそうに、言った。

視線は、アキトの座る窓際の席の更に先に向いている。アキトの身体が窓を遮り、外に広がる景色が見えないことに、誘惑が押さえきれずお願いしてきた様子。

微笑ましかった。

「良いよ」

くすり、と笑って身体をずらして外が見えやすいようにしてやると、アキトは言った。

「ありがとう!」

小さな少女の可愛い礼に、微笑以上の笑みが浮かんだ。通路側に座る女性、恐らくは母親なのかもしれない、と視線が合うと女性は軽く会釈をしてきた。唇だけで、すいません、と伝えてくる。

感じの良い女性だった。

女の子はどう見ても六、七歳。火星で戦乱の中、生まれた計算になる。母親としての変えようのない意志がこの女性を人へと留め続けてきたのか。

少女の透き通る笑顔に、どれだけ想いを注がれて育ってきたのか、そこに理解することが出来た。

自分とは、違う。

七年ほど前と言えば、多少とは言えネルガルからの補給が安定し始めていたころだ。

「すごい、すごいっ!!」

もうすでに堪らなくなったのか、アキトの膝へと身体を乗っけるように窓の方へ。

漆黒の闇の中に、いくつも浮かんでいる光。

アキトにしても、その風景は初めての経験だった。

無粋にも視界の片隅に武装したシャトルが見える。恐らくは自分達の乗るこのシャトルの護衛みたいなものなのだろう。その程度は、仕方あるまい。

一隻で飛ぶほどに、ネルガルも馬鹿ではないとわかっていることだった。

「ちゃんと見える?」

アキトは、最早膝の上に乗っかってしまった女の子に声をかけた。

「うんっ!」

アキトの顔を見上げ、本当に嬉しそうに言う。あまりの微笑ましさに、頬ずりでもしたくなりそうだ。

この小さな小さな少女にとって、地獄と隣り合わせの逃避行も、何処か初めてのお出かけに近い何かなのかもしれない。不憫だ、などとは考えない。

ただ、笑顔が見れることが嬉しい、と思った。

「そっか。席、替わろうか?こっちに座った方が見やすいだろう?」

「ううん、大丈夫だよ。お兄ちゃんがお外、見えなくなっちゃうもん」

「ははっ。ありがとう」

そう言うと、自分に上半身を乗せる少女の頭を撫で、にこり、と笑いかけた。

「あたしね、アイって言うのっ!」

アキトの微笑に何かしらの嬉しさでも感じたのだろうか。女の子は弾むように自分の名前を名乗り、隣の席にちゃんと座り直す。顔だけはこちらの方を見続けていた。

ただ、今度は外ではなく、アキトの眼を凝視している。

ニコニコ、と。

「アイちゃん、か。良い名前だね?」

アキトは言った。

「うん。………ねぇ、お兄ちゃん。アイ達、地球に行くんだよね?」

「そうだよ」

着ければね、と心で思う。が、口に出すほどに愚かでもない。誰もが、もしかすれば考えていることなのかもしれなかった。

「地球って、どんなとこなのかな〜?」

「どうだろう?俺も行ったことないしね。ラーメンは食べられるみたいだけど」

「ラーメン?」

突然、食べ物の話になってしまい、戸惑ったのだろうか。それとも、ただ単に、何のことを言っているのか、わからなかった感じもする。ちょい、と首を傾げアイは聞き返した。

当然の反応だろう。

地球は?の問いに対して、ラーメンは食べられるでは、いったい何のことだか理解のしようがない。

「美味しいらしいけど、ね?…………えっと」

アキトは答えながら、ポケットに手を入れがさがさと探ってみた。確か、持っていたような気がする。僅かに指先に触れる、硬い感触。

あった。

取り出すと、アイの方へと差し出し、渡した。

小さな飴玉だった。

糖分はすぐにエネルギーへと変わる。もしものときのために持っていた、非常食みたいなものだ。地球に着けるのなら必要のないものとなるのだろうし、着けないのなら、尚更のこと必要とはしないだろう。

「ふにゃ?」

「飴。美味しいよ?」

アキトはアイの小さな掌に乗った、それよりも小さな飴玉を取ると包装紙をはがし、アイの口にぽん、と放りこんだ。

頬が丸く膨らみ、飴がコロコロと口の中を転がっているのが、わかる。

「えへへ」

満面の笑みが、可愛らしい顔立ちに広がった。

「美味しいだろ?」

「うんっ!ありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしまして」

喜んでもらえる。何故か、そんな些細なことがアキトには不思議に思った。

「ねぇ、お兄ちゃん?」

アイが言った。

「何?」

「地球ってたくさん遊ぶところあるんでしょう?」

「どうかな?でも、多分大丈夫なんじゃないかな?」

アキトには、今、地球がどのような状態なのかわかるはずもない。しかし、クリスの言を信じるのならば、ラーメンが食べられるくらいだ。ある程度の生活は保証されているのかもしれない。だとすれば、アイの言う通り、遊べるだけの場所はまだまだ充分にあるのだろう。

希望的な観測か、とも思ったが、目的地に到着すらしていないのに、悲観的になる必要もないはずだ。

「ふふっ」

「ん?」

アイの笑みにアキトは聞き返した。

「じゃあねぇ、地球に着いたら一緒に遊ぼ?デートしてあげるっ!」

「デートっ!?」

「そうだよ、デートっ!デートって言うのはね、男の子と女の子が一緒に遊ぶことを言うんだよ。だから、お兄ちゃんはアイとデートするのっ」

「なるほど。デートか」

アイの楽しそうな説明に、思わず納得してしまう。ふむふむと頷いたりもしていた。

生まれてこの方、そんなことなどしたことなどない。

余程、神妙な顔をしていたのだろうか。アイの隣では母親の方がおかしさをこらえないのか、含み笑いを漏らしている。

端から見れば、小さな女の子にやり込められているだけにしか見えないのだから。

いや、実際にそうなのだろう。

自分で言うのもなんだが、結構笑える。

「でも、遊ぶって何をしたら良いんだろう?」

アキトが、アイに聞いた。

「う〜んと、何かな?お絵かきとか?ユートピアコロニーだと、絵、描くの楽しかったもん」

飴玉を転がしながら、ふに、と言った。

その時だった。

突然、窓から大きな光が差し込んできた。

反射的にアキトは外に視線をやる。瞬間、考えていた通りの光景が目前に広がり、ちっ、と舌を打った。

木星蜥蜴の無人兵器。

シャトルを囲むように飛んでいたいくつかの武装シャトルが爆発している。

「やっぱり、五分以下だよ、親父さんっ!」

アキトは叫んだ。

手が腰に隠すように持っていた銃に伸びたが、途中で思い止まる。

手にしたところで、まるで意味がない。

「お兄ちゃん、なんか来るよっ!」

攻撃を仕掛けていた目標が消えたためか、何体もの無人兵器がアキト達の乗るシャトルの方へと近づいてくるのが見えた。

宇宙服を着るような時間はない。着たところで、他の船自体沈んでいるのだから、救助される可能性など、完璧にない。あったところで、救助がくるまでの間に、死んでいる。

ならば。

どうしてだか、アキト自身にも理解できなかった。

ただ、駄目か、と考えたとき、アキトは隣の席に座るアイを胸に抱え込み、守るように背を窓の外に迫る無人兵器達に向けた。

どうせ、シャトルが破壊されてしまえば、乗っている自分達はことごとく死んでしまうことになる。アイも例外ではない。そして、自分も。だのに、取ってしまった自分の行動にアキトはうろたえた。

今まで、そのような行為などしたことはない、と。

「お兄ちゃんっ!」

アイがしがみ付いてくる。

攻撃に、船内が嫌と言うほどに揺れた。

(何やってんだかな、俺も?)

思いながらも、アイの小さな頭を優しく撫でる。

ちらり、と視線をずらすと、母親の方はあまりの揺れに座席にしがみつくのが精一杯の様子だった。しかし、その顔は常にアイのほうへと向いている。

この子だけは、と。

想いだけが、伝わってくる。心が痛かった。

(………親、か)

そんなことを思う。

「アイちゃん、デート、何しよっか?」

アキトはアイの耳元で言った。シャトルの中はすでに混乱状態にある。多くの叫び声に言葉は掻き消されそうだった。

ごく、意識すらしていない言葉。

軽く、頬にキスをする。

「お兄ちゃん?」

「地球で、何しようか?」

がくん。

身体が揺れる。

シャトルは、もう、持ちそうもなかった。

「一緒に……………」

そこで、アイの言葉が途切れる。

 

 

 

 

光に包まれた。

 

 

 

 

「原っぱで遊ぶの…………」

アキトの胸に、小さな言葉だけが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

かすいです。

はっきり言って、勢いだけで書き始めたナデシコ物。第一話と第二話、そして、

映画だけしか知らないのに、どうすれば良いのか、今から悩んでいます。

一番の悩みが、ナデシコのビデオって二話しか入っていないことですかね?

海外に住んでいるせいか、映画のビデオを友人から借りて見て、ルリちゃんに

はまり、フィルムコミックスを三冊買い(高いですね、あれ?)そのくせ

あまり良く理解できずに、唸ったりなんかもしています。

ユリカさんもべっぴんさんだな〜〜。

呆れますね?

それで投稿しようって言うんだから、かすいも良い度胸しています。

設定などについて、問題、間違い、多々あると思います。

読んで、なんかおかしいぞ、と思うところがあればお教え下さい。

そう言うの、全然知らないもので………(開き直ってやがる)

管理人さんに迷惑が…………。ううっ。

もし、メールを下さっても良いと言う方がおられましたら、

yyasuoka@hotmail.com

によろしくお願いします。

では、またの機会に。

 



艦隊司令からのあれこれ(笑)

えーと、艦長改め、艦隊司令です。

かすいさんから初投稿でっす!

いやぁ・・・ウチはhit数がべらぼうな割に中身が薄いので気に病んでいたところ、かすいさんがグッドタイミングで投稿してくれました。
(・・・その前にてめぇのを書けという声が聞こえてきそうだ(笑))

シニカルアキトっすねぇ。
いや、ウチのもシニカルではあるんですが。
なんかこう、ちょっと違いますね。

ナデシコはあまり見てないと言う割にはよかシロモノをお書きになる。
才能分けて(爆)

さあ、この後アキトとイ○スさんはどーなるのか?(爆)
乞うご期待!





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