「ユリカ〜〜〜。早くしないと、遅刻しちゃうよ〜〜〜」
もうこれで、何度、同じ言葉を聞く羽目になっているのだろう。
部屋の外から、ユリカの着替えのために締め出され、おそらくは腕時計でも睨み付けながら時間を気にしているに違いなかった。
言われた本人は、気がついているのか、それとも気が付いていないのか、ネルガル重工から支給された制服を着ては、ウエストの感じが気に入らない、と脱ぎ始めてしまう。
困ったものだ。
遅刻してでさえも、何とかしたいと思うのは女性としての性なのだろうか。
見事としか言いようのないスタイルを惜しげもなく、室内にいるもう一人の少女にさらしている。
ふうわりとした髪が、身体を動かすたびに優しげに舞っていた。
「ねぇ〜〜、ルリちゃん。これで大丈夫かな〜〜?」
ユリカは、自分のベットにちょこんと座りこんでいる、長く流れる髪を二つに結った少女に不安そうな声で聞いた。
駄目とでも言おうものなら、もう一度、着替えなおしかねない雰囲気が垣間見える。
だからなのか、それとも、心底そう思ったからなのだろうか。
「別段、気にすることはないと思います。それよりも、ジュンさん、外で叫んでますよ?」
ルリは、冷静に答えた。
「大丈夫だよね?問題ないよね?………何、ルリちゃん、そんな目で見て?お願いだから大丈夫だって言ってよ〜〜〜〜〜」
こっちはまるで、ルリの言葉など、聞いてはいない。
もう、泣きそうになっている。
二十歳になった女性だとは、どこから見ても思えないくらいだった。
「遅刻します」
十一歳にしては、冷静な突っ込み。
「遅刻よりも、こっちの方が問題だよ。ちゃんとしとかないと、ユリカが艦長さんだってみんな思ってくれないかもしれないじゃない」
それ以上に、遅れていった方が問題があると思うのは、ルリだけなのか。
嫌な予感が、心の中を走り去っていった。
そんなルリを尻目に、ユリカは着込んだ制服を再び脱ぎだしてしまう。
「………私、先に行きますね、ユリカさん?遅刻、したくないですから」
ルリは言うと、座っていたベットから立ち上がり、とてとてと扉の方へと歩いていく。ノブに手をかけると、ユリカへと振り返った。
「ルリちゃん、置いてかないでよ〜〜〜」
「今出れば、ユリカさんより三十分以上早く向こうに着きます。三十分あれば、オモイカネのチェックがもう一度出来ますから」
「こないだ先にチェックしてきたじゃない」
ユリカ。
ふえふえ、と情けない表情が幼く可愛い。下着姿でじたばたしていた。
「何度やっても十分と言うことはありませんから。ユリカさん、お先に」
断言するかのように言うと、ルリは扉を開けた。
「あれ?やっと終わったの?」
開いた扉に、ジュンが中を覗き込んだ。
「いえ、まだです」
「へ?」
簡単な答えに、ジュンの眼が丸くなる。視界の焦点が合うと、そこには真っ白な下着に身を包んだユリカの姿があった。
間。
そして、互いを包む風。
「いやああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
これで後、三十分どころか一時間は確実に遅くなる。せめて、自分だけでも遅刻しないようにしなければ。
荷物は先日、新造艦のコンピューターであるオモイカネの最終チェックの時に、すでに向こうサイドに運び終わっている。後は、ルリは行くだけで良かった。
聞きなれた叫び声を背に受けながら、ルリは二年前、ミスマル家に引き取られてから口癖になっていた言葉を呟いた。
ため息もおまけにつけてしまおう。
「バカばっか………」
機動戦艦 ナデシコ IF
〜昨日よりも もっと 優しく〜
By かすい
第1話 A パート
「実際のところ、アカツキも何を考えてるんだか………?」
多少の苦笑を含ませ、アキトは呟いた。手すりに肘をつき、軽く身を乗り出すようにして眼下にある戦艦に視線を送り続けている。
壁に張り付くように張り巡らされた通路。
その片隅。
この位置からなら、艦の形状が良くわかる。ちょうど、斜め上から見下ろす形になっていた。
軍から借りているとは言え、このサセボにあるドックをたった一艦のためだけに使っていることを考えれば、ネルガルのこの新造艦に対する期待が窺い知れる。
奇妙な形をしてはいるが、渡された艦のスペックを見る限り、まさに最新鋭と呼んでも差し支えはないのだろう。ただ、搭載されているいくつかの新兵器と言うのが、未だに解明しきれない技術だ、と言うのが問題だった。
実戦でテストをしろ、と命令されているようなものだ。
それとも、つかえるだけマシとでも言うのだろうか。
まだ、エステバリスのテストパイロットを続けていた方が、良かったのかもしれない。
アカツキ辺りは、贅沢なことを言うな、とでも言ってきそうだが、命をかけるのはこちらだ。出来ることなら、リスクは少ない方が良いのは当たり前だと思いたい。
艦に乗り込もうとしている、一組の男女がアキトの場所から良く見えた。
男、自分とほぼ同じ年代なのだろうか、はいくつものスーツケースを抱え込み、さらには手で引いたりしながら髪の長い女性の後ろをついていく。尻に引かれているのかもしれない。
情けない。
確か、女の方はこの艦の艦長だったはずだ。
ミスマル ユリカと言ったか。
艦長と言うには、随分と若い。
あ、男の方が見事に足を絡ませ、転んだ。
(良いキャラクターだな…………。あそこまで見事に顔を床に打つなんて、そうは出来ないけど)
別段、どうでも良いことだった。
ただ、あの制服はあまり着たくはないな。
そう、単純に思っただけだ。
その証拠にすぐに思考の中から、艦内に消えていった二人のことは、綺麗に消え去ってしまう。
(しかし、誰が設計したのかね?)
ため息ひとつ、アキトは考えた。
見れば見るほどに、おかしな形をしている。
現在において、このような奇怪な姿をした艦など存在していない。
ましてや、そこに実験段階にあった技術までが、惜しげもなくこれでもか、と言うくらいに投入されているのだから。
実験技術のために作られた艦なのか、それとも、その逆なのか。困ったことに、理解できるだけの知識はアキトにはなかった。
(でもなぁ、わかる奴がいるとも思えないんだけど)
正論だ。
艦としてのバランスをとるのだけでも、一苦労だったはずだ。
手に入れた新しい力、技術を何とかして使いたいと言う民間企業の底力を、そこに見たような気がした。
そのくせ、あれほど若い女性を艦長として雇用するのが、妙に不思議だった。
「でも、そのおかげで行けるんだけどね」
小さく、ごちる。
地球で目覚めて、すでに一年。
もうすぐ、自分も十九になる。
何故、シャトルに乗っていた自分がここにいるのかは、わからない。ただ、現実としてアキトは地球で生きている。
それだけが、事実だった。
しかし。
生まれた場所に比べ、あまりにも地球は穏やか過ぎた。
何もしないまま、いや、出来ないままに時が過ぎ去っていく。
火星は、どうなっているのだろう。
ふと、思った。
早く行きたいものだ、と。
「どうしたの、アキト君?」
ぼんやり考えていると、背中越しに声がかかった。
このサセボのドックで自分のことを、アキト君、などと呼ぶのは一人しかいない。
アキトは振り返ることなく、誰だかを知った。
エリナ キンジョウ ウォン。
ネルガルの会長である、アカツキ ナガレの秘書を務める女傑。二十歳になったばかりだと言うのに、ほぼ全ての地球上に存在する公共での言語を使いこなし、その上で会長職にあるアカツキのサポートをこなす女性だった。
ある意味、ネルガルではもっとも恐ろしいらしい。
そのことについて、アキトに異論はなかった。
才色兼備。
そんな言葉が、しっくりと当てはまるような女性だよ、と初めて会ったアカツキから紹介されたものだ。あれは、行くあてすらない自分が、取りあえず、情報を集める意味でも行ってみたネルガルの会社の一室でのことだった。
少しだけ、後ろを向き、確かめる。
白いスーツに身を固め、両腕を組みながら微かに微笑みを見せるエリナがいた。
薄汚れたジーパンに、適当なシャツを着ているだけの自分との差が、嫌と言うほどに良くわかる。
綺麗な黒髪。
見ているだけなら、十分に目の保養になった。
視線が重なると、エリナはアキトの隣まで寄り、そのまま同様に手すりに持たれかかった。
「別に、何も。ただ、そっちの話し合いが終わるまで暇だったから、艦をこうして眺めていただけ。そう言えば、艦長さんも乗り込んでた」
アキトは、軽く返す。それ以外に、良いようがないのだから、仕方がない。下手なことでも言えば、エリナの叱責が飛んでくることは、目に見えていた。
だてにこの一年、エステバリスのテストパイロットとして、エリナの側にいた訳ではない。
性格は、ほぼ把握している。
「そう?見ていただけの割には結構、熱心だったような気もするけど?」
「当然だ。こっちはこれから乗ることになる艦なんだから、どんな感じなのかくらいは知っておかないと。そうじゃなけりゃ、死ぬことになるからね」
最新鋭とは言え、僅か一隻で火星まで行こうと言うのだ。現状を把握していなければ、どうにも動きようがないではないか。
ましてや、クルーは能力的には一流を集めたらしいが、その他はまるで考慮に入れていないと聞く。何がどう転んでいくのか、想像すらつかなかった。
もしかすれば、自分もそのうちの一人として数えられているのかもしれない。
出来ることなら、火星に到着するまで死にたいとは思いたくなかった。
「艦の性能とか、エステバリスのこととか、もうすでに渡してあったと思うけど?」
エリナは、言った。
確かに、その通りだ。
アカツキから呼び出され、テストパイロットから、新造艦のエステバリスのパイロットになってくれと言われた時に、取りあえずの情報は人員を含め、すでに見せてもらっている。
先程、すぐに女性が艦長であるミスマル ユリカだと理解できたのもそのためだ。
だが。
「数値だけで決まるもんじゃなし、問題は感覚の方だよ」
肩を竦めながらの、言葉だった。
「感覚?」
「そう。命を預けるに値するか、それとも否か。そればっかりは乗って、そして、見てみないと良くわからない」
「私には理解できない理屈ね。どっちにしろ、アキト君はあれに乗らなきゃいけないのに。重要なのは艦の性能じゃなくって?」
「だから言ってるんだよ。感覚的な問題だってね?」
アキトは、苦笑するしかない。
どこまでも、自分自身に関わってきているだけのことだからだろう。そんな、些細なことにこだわるのは。
エリナには優秀であるが上に、おそらく自分の言っていることを、理解することは出来まい。現場と上層部との考え方の差異だ、といっても良かった。
「なるほど。感覚………」
微かに首をひねりながら、小さく呟いている。頭の片隅に、そんな考え方も存在する事実をインプットしているのだろう。どれほど些細のことであれ、エリナにとって、無利益な情報というものはない。
それ故の優秀さ、だ。
普段は融通の利かないところもあるが、この知識に対する貪欲さは見習いたい。
ある意味、尊敬にも値した。
「それで、いつから乗るんだ、俺は?」
アキトは、エリナの整った顔立ちに視線を送ると、聞いた。
「乗ろうと思えば、今日からだって乗れるわよ?ほんとはエステバリスのパイロットの乗艦は三日後ってなっているけど、ほかの艦内クルーはほとんど今日までで乗り込み完了してるし、ね。大体、パイロットが早く乗り込んでもすることはそんなにはないもの」
確かに。
機体の調整以外に、何をすれば良いと言うのだろう。しかも、それすらをも整備班がほとんど終わらしてくれているはずだった。
出来ることと言えば、コクピット周りを自分に合わせて多少なりともいじるくらいかもしれない。
しかし、それすらシートの座り心地であったり、機器のほんの僅かな位置調整程度。実際のところ、何もしなくても良いくらいだった。
ナノマシン処理をしてさえいれば、IFS(イメージフィードバックシステム)によりエステバリスはパイロットの思い通りに動いてくれる。
はっきり言えば、戦闘になるまでヒマになるだけの話だ。
アキトはそんなものか、と頷いた。
この一年弱、テストパイロットとして働いてきたアキトには、どうにも違和感だけが漂う。
自分が乗っていた人型は、テスト機体であるが故に搭乗前には嫌になるくらいのチェックを繰り返してきたものだった。
火星で何度かエステバリスを扱ったこともあったが、その時はほとんど整備も何も行ってはいない。修理が出来るだけの人材もいなければ、予備のパーツ自体もなかった。ほとんどが壊れるに任せ、使い捨てのようにされていたのを思い出す。
電池が切れてしまえば、ただの棺桶にしか過ぎない。
(火星じゃ、ナノマシン処理をしていないのなんて、どこにもいなかったし、誰でも適当に動かすことだけは出来たからな。問題は図体がでかいからすぐに見つかってしまうくらいだったが…………)
誰も、火星じゃ乗りたがらなかった理由だ。
動く標的、と言ったニックネームまで付いていたくらいに。
そして、ふ、と気が付く。
「そう言えば、あれに積んであるのは旧式の人型だろ?この前までテストしてた新型の方はどうした?」
「まだ、無理よ。生産ラインにすらのってないのよ?いくらなんでも、そんなにすぐ持ってこれる訳ないじゃない」
「なら、アクセサリーの方は?あっちの方は旧式にも使えるはずだろう?あれがあれば、人型が戦力的にはずいぶんと伸びてくれる」
「それはこっちも考えたわよ、アキト君用にって。でも、あれは言ってみればアキト君専用みたいなものなのよ?ほかのパイロットじゃ、扱いきれなかったのは知っているでしょう?高出力にしたせいで、パワーバランスが嫌になるくらいピーキーになって。言ってみれば、その時点で商品としての価値がないのよ。つまり、あれ、一体分しかないの。それを調子に乗って壊したのは、どこの誰?」
エリナはぎろり、とアキトを睨みつけた。
妖しい光が、瞳の奥に揺らめいている。
怖い。
心底、アキトは思った。
「俺?」
声が、上ずる。
無意識のうちに、ジーパンの腰に突っ込んだままにしてある銃に、手が伸びていた。それ程の殺気が、エリナの視線からは感じられる。
「そうよ。アキト君なのっ!お陰で修理にどれだけの時間がかかると思ってるのよ!?」
まるで、般若だ。
肩を竦めて、小さくなる以外に何か出来るのであれば、教えてほしかった。
良く、アカツキはエリナを秘書として雇っているな、とも考えたが、それを言えば、確実にアキトは明日を迎えるとこは無理だろう。
アキト自身も、そう判断した。
懸命だ。
「良い?大体ね、アキト君は…………………」
まだまだ、続きそうだった。
こうなってしまえば、エリナはある意味、無敵モードに入っているに等しい。最早、誰にも止められないのは、目に見えている。
(しくったな……………。ん?)
エリナの叱責を、右から左に流しながら、アキトは肌に訴えてくる微妙な感覚に僅かな苛立ちを覚えた。
針に刺されるような、小さな痛み。
かつて慣れ親しんできた、力持つものの嘲笑。
何かが、来る。
それは、許されるべきではない。
風を感じる。
「………エリー?」
アキトは、ドック内の天井を見上げ、低い声でエリナに呟いた。
「こっちの忙しさも考えないで…………、え、何?何か言った、アキト君?」
エリナは、声に含まれた重みに、ぴくん、と肩を震わせる。アキトの表情を凝視した。
いつもの、飄々とした微笑はそこにはない。
「この艦には、お前も乗るのか?」
重い。
今のアキトは、普段のアキトではあり得なかった。
「ええ。とりあえずは会長から、そうするように言われているわ?」
「なら、早く乗れ。何か、来る。………奪いに来るぞ?」
「え?」
聞きなおそうとした瞬間だった。
ドン。
上方から、爆発音がドックに響き渡った。
ぐらり、と揺れる。
アキトはバランスを崩しそうになったエリナを、片手で支え、冷たい笑みを浮かべた。
「奪う?ははっ。………何も、くれてはやらんよ」
呟きは、何を意味しているのだろうか。
エリナだけが、アキトの言葉の意味を瞬時に理解し、そして、戦慄した。
出会ってから、すでに一年弱。ネルガルの会長であるアカツキと、テストパイロットとなったアキトとの橋渡しは自分を介して行われてきた。
アキトが、どのような環境で生活を送ってきたのかも知っている。
ネルガルの企業秘密に関わるテストパイロットであるが故に、いろいろな精神面に関するテストも受けさせてきた。
その結果を全て知り尽くしているエリナだからこそ、今のアキトの意志を十分なまでに、恐怖とともに知る。
目の前にいるのは、火星を生き抜いてきた、歴戦の勇士なのだ、と。
何ヶ月かまえ、ネルガルのシークレットサービスでさえ抑えきれなかった、獣の姿。
走り出した。
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…………全然話が進んでにゃい………。
ルリちゃんさながら、ため息をつくしかない、かすいです。
どうしてこう、話がすすんでくれないんでしょうかね?
(書かなきゃお話も進まない、と友人から突っ込みを食らったりもしていますが)
書きたいのに、頭がついていかないのが、例えようもなく悲しい。
あぁ。
しかも、短いし………。
もう、何がなんやら………。
日本に一時帰国をして、充電してきたはずなのにどうも力が湧いてこない。
漏電してきた訳ではない、と思いたいんですが。
どうなることやら………。
はぁ。
感想、頂けたら嬉しいです。
艦長からのひとこと。
はい、かすいさんから投稿第2弾でんがな。
TV本編、1話。
あまりここらへんは変化はないかなーなんて思ったんですが。
エリナさん、ここから乗っちゃうんですか?(笑)
元大関スケコマシも?(爆)
うむむ・・・ちょっとずつ、変わっているようです。
(アキトが一番変わってはいますが(笑))
さあ、続きが読みたいんだったらメールだ!
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