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機動戦艦 ナデシコ IF

〜昨日よりも もっと 優しく〜

第二話 C パート

 

By かすい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナデシコの目的地は、火星です」

 

集められたクルーを前に、プロスペクターは己の傍らにゴートを従え、迷いもなく断言した。

当然だ。

ナデシコ自体、そのために建造されている。今更、違うと言われた方が、逆に困ってしまうだろう。

眼鏡を指先で押し上げ、奥から純粋とは言い切れぬ瞳で、周囲を軽く見渡していく。

向かって艦長を中心に、幾人かのブリッジ要員、つまりはナデシコを動かしていく上で、どうしても外すことの出来ないメンバーを、一纏めにしてある。恐らくは、自分達の立場と言うものを良く理解していないのか、緊張と呼べるものはそこに、まったくと言って良いほどなかった。

 

僅かなざわめき。

 

足にギプスをつけたままのヤマダ ジロウまでもが、しかし、この場にいるのは何故だろう。

通信士であるメグミに、呼ばせたなぞ、プロスの記憶の中には欠片も存在していない。

邪魔だと言う訳ではなく、ただ、あまりに偉そうな態度に何をしたいのか考えてしまう。その程度のことだった。

 

「では、現在地球が直面している侵略に対して、何も手は出さない。そういうことなんですか!?」

アオイ ジュン。

意気込みながら、プロスペクターに詰め寄る。声を荒げて、言った。

元々、軍に属している人間だ。意見したくなるのも、無理はなかったのかもしれない。

プロスもそれぐらいのことは、予測している。

落ち着いた表情のまま、ジュンと対峙した。

 

「我々を含むこのナデシコは、あくまでも一民間企業の保有する艦でしかありません。おわかりの通り、給料もネルガルの方から出ていますしね?………戦艦として建造されたのは、戦闘力が今回、火星に行くためには、必要不可欠であっただけに過ぎず、戦争をするために作られた訳ではありません」

 

諭すように、返した。

無敵とも感じられるほどの、理論。

今一度、眼鏡を押し上げた。

「しかし、これだけの艦を…………」

ジュンにしてみれば、プロスの説明は理路整然として、納得のいくものだった。しかし、だからと言って、それを認めてしまっては、軍そのものが立場をなくすことも、わかってしまう。

歯軋りするかのように、表情を顰めた。

先の戦闘自体、小規模なものであったとは言え、ナデシコの持つ力は窺い知れる。

言ってしまえば、今現在、軍にナデシコを超える艦は存在しない事実が問題であった。

そのような力を、民間が保有してしまえば、軍自体が揺らぎかねない。

 

「この艦は、ネルガルの保有する民間船。そのことは契約の時に、すでに教えられていたはずよ?」

 

エリナはいつものように腕を組みながら、先を続けようとするジュンの言葉を遮り、口を挟んだ。今更、何を言い出しているのか。顔に浮かんでいる呆れは、何処かジュンを馬鹿にしていた。

契約の折に、目的までも教えていたはずはない。

しかし、軍ではなく、あくまでも民間として運用されていくことは、前もって伝えられていたはずだ。ましてや、ナデシコは戦艦であっても、軍艦ではない。

サインまでしておいて、何故軍に協力しないのか、などと言うこと自体、常識を外れていることだろう。能力があったところで、所詮は社会に出たことのない、青二才に過ぎない。

戦争が、と言うのなら、軍に残って戦いつづければ良かっただけの話だ。

ジュンの考え方は、いや、軍の考え方と言えばこの場合良いのだろうか、何処までも勝手な理屈だとしか思えない。

戦っているから、戦争をしているからと、何でも軍を第一にする必要もないはずだ。

 

(若すぎるわね?)

 

エリナは、鼻で笑いながら、思った。

甘すぎる、と。

「だからと言って、何もしなくて良いとは…………」

「何かをしなくてはいけないのは、軍よ。私達は企業に雇われただけに過ぎないの。地球にのみ防衛ラインをひいたのも、火星を見捨てたままでいるのも、あなたの言う軍よ?」

もしも、火星を捨て置かなければネルガルがナデシコを作る必要すらなかった、と言外に言い切る。

自分達は、一般市民に過ぎない。

まして、協力しない訳ではなく、あくまでもナデシコは、火星に向かうと言っているだけのことだった。ネルガルからは、多大な協力費が動き、さらにはいくつかの新技術が手渡されている。

「………………」

ジュンは、言葉をなくした。

苦渋の色だけが、優男と呼べるくらいに整った顔立ちを、染めていく。

会長秘書として、数多くの修羅場を経験して来たであろうエリナと、優秀とは言え、理想のみを追ってしまったジュンとの差が、確かにあった。

 

「でも、何故今更、火星なんですか?」

 

ユリカが、ジュンを庇うように一歩前に出ると、プロスに聞いた。

これは、クルー全員の疑問だったのかもしれない。すでに火星が敵の手に落ちてから、十数年の年月が過ぎている。あの星が目的地であったとしても、その地へ行くための目的がわからなかった。

何人たりとて存在しない、することが出来ない死の惑星。

火星の一般に与えるイメージとは、何処までも地球にあっては非現実のものと映っている。

 

ユリカにしても、アキトが火星にいたことは知っている。しかし、それはまだ、地球側が火星から撤退するまでのことだ、と理解していた。

恐らくは、ルリにしてもそうであろう。

戦場で生き抜いてきた。

アキトの言葉も火星を脱出してくるまでの間だ、と思っている。

火星もまた、すぐに見捨てられたわけではなかったのだから。

少なくとも、しばらくの間は軍も火星の防衛に努めてきていた。

そして、その間に幾ばくかの火星の人々も地球に逃げ延びてきたはずだった。

もう、あの星には誰もいない。

それが、地球にある火星であった。

 

しかし。

ネルガルより派遣されて来た男は、思いを否定するかのように、続ける。

現実だけが、風を運ぶかのよう。

 

「簡単です。これは今まで世間には公表されていないことでしたが、ネルガルは僅か一年前まで、火星に対し、援助を続けてまいりました。あなた方が考えるように、火星にはすでに生きているものはいない。そのような信じている事実自体が、間違っているのですよ、艦長?民間のみでは火星までのラインを維持しきれず、今援助、補給を行うことは出来ません。ですが、一年前、確かにそこに生きるもの達がいたのです」

 

今尚、生きているかもしれない。

助けを待っているのかもしれない。

確かめなくては、いけない。

プロスペクターの真剣な眼差しに、言葉を挟むものはいなかった。

 

静寂だけが、ブリッジを漂う。

あまりにも、無知な風だった。

 

「軍は……………そのことを知っているんですか?」

ジュンは、説明がある程度終わると、顔面を蒼白にしながら、言う。

誰もが、呆然としているのが、わかる。

多分、自分と同じ感情を、ある程度の疑いと困惑を胸に抱いていることが、理解出来た。

言い知れぬほどの、虚脱感。

生きる者が、そこにはいる。

信じきれることでは、なかったのかもしれない。

「当然です。でなければ、どうしてたかだか一民間企業であるネルガルが、十何年間もそのような行動を取れてきたとお思いですか?」

その通りだ。

秘密裏に行うには、動きが大きすぎた。

「……………」

「まぁ、人命のみではなく、ネルガルとしても火星に重要な研究所があるからなんですがね?」

言葉を括る。

 

「でも、それが本当かどうかは…………………」

 

メグミが初めて、口にした。信じてきた事実が、いきなり違うと言われても信じきれないのは、当たり前のことだったのかもしれない。

思わず言ってしまった、と言うのが本当のところだろう。

ジュン同様に、言葉が震える。

「ネルガルが、あなた方をだましているとでも?」

「そうじゃありません。ただ、………私達は木星蜥蜴のものになっているって、そう教わって育ってきたんです。軍は救出をして、その上で火星を放棄したって。………なのに」

嘘だとは。

すぐには、納得出来なかった。

「簡単には、ネルガルの言葉を信じることが出来ない。そういうこと?」

エリナが、視線を向け、言った。

 

仕方ないことなのだろう。

自分ですらネルガルに入社し、仕事に携わるまでは知らなかったことなのだ。

クルーの気持ちは、理解出来た。

理解できることと、しかし、認めることとは意味合いが、確実に違う。

知ろうと知っていなかろうと、現実だけが襲い掛かる。

エリナは、アキトとの交わりから事実だけを見据える力を、手に入れていた。事実を受け入れることにより、現実へと対応していく。ある意味、強さとも呼べるだけの、力。

手放したくは、なかった。

 

「本当かどうか、判断しきれない。それだけのことです」

 

ルリが、言った。

唯一、落ち着きを見せている。いや、そう見えると言った方が、正解かもしれない。

この、金色の瞳の少女ですら、メグミ達とほぼ同様の知識しか持っていなかった。

火星。

何処までも、負の想像だけが、心を支配するのだろう。

「ホシノ ルリちゃん?なら、判断しきれるものがあれば、良いのね?」

「え?」

誰もが、エリナに振り返る。

 

 

 

 

「テンカワ アキト……………」

 

 

 

 

たった、一言だけだった。

あまりにも、呟きは小さすぎて。

 

ルリは、身体を振るわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、美味い…………。麺に弾力があって、スープも飲みやすい。複雑なこの舌の感じがなんとも………、うんうん」

 

周囲の怪訝そうな視線を憚ることなく、アキトは食べ続けていた。

食堂の片隅のテーブルを陣取り、身に纏う一種異様な雰囲気は、誰も近づけさせようとはしない。本人も、そのこと自体、気にするところではないし、逆に静かな分だけラーメンに集中出来ると言うものだ。

スクリーンに映されるブリッジ内の様子には、まるで意識を払っていない。

まるで、子供だった。

 

時間的なものもあったのだろうが、すでに食堂内の人数はまばらだ。

その中で、見ていて気持ち良くなるくらいに、勢い良く食べるアキト。

すでに二杯目を、楽しんでいる。

話によれば、ナデシコ食堂のシェフとしてスカウトされる前には、自分の店を持って、尚且つ繁盛していたと言う。

自慢するでもなく、シェフのホウメイが笑っていた。

アキトは視線をちらり、とやると麺を口に頬張ったまま、何度もこくこくと頷く。

 

そんな風に、時は流れている。

それだけのことだった。

 

「おやおや、物騒だね〜〜?」

 

ホウメイは、一息つけると、カウンターの方からスクリーンへと視線をやる。そこには、しかし、武装をした幾人もの男達が、クルーに銃を構えて囲んでいた。

何やら言い争っているが、何を言っているのかまでは聞こえない。

音声を切ってしまっているらしかった。

火星に行くの行かないの、話し合っていたことを考えると、それに関連することなのだろうと予測もつくが、さすがにこの展開は思ってもいなかった。

とは言え、何かが今、出来るわけでもなく。

呟きを零すくらいが、精一杯だったのかもしれない。

それとも、別段気にもならないと言った方が、正解なのか。自分はシェフなのだから。

 

この位置からは、スクリーンに被さるように、アキトの姿も見える。

画面には背を向けているため、恐らく気が付いてはいないのだろう。妙にシュールな絵として、ホウメイの心に残った。

 

「どうしたんですが、ホウメイさん?」

厨房の中から、可愛らしい声が掛けられる。アシスタントとして食堂で働いている女の子の一人だった。ぱたぱたと足音を響かせ、小走りに寄ってきた。

「ブリッジの方で、何か始まったみたいだよ?」

「え〜〜?何ですか?…………………何、あれ?」

視界に入るのは、クルー達に突きつけられた数多くの小銃。

 

想像外のことだった。

当然だろう。

ホウメイも、そのことに関して、異論はない。

ただ。

 

「まぁ、とりあえずは………………」

ホウメイは、微笑を浮かべながら肩を竦めて、言った。

「はい?」

「ラーメン、もう一杯だね」

 

視線の先には、食べ終わったのか、じっと二人を見つめるアキトの眼差しがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルリちゃん。ちょっと頼まれてくれないかしら?」

 

エリナは、小声で自分の隣に立つルリに、話し掛けた。

ルリは、小さくエリナを見上げ、ちょいと首を傾げる。その仕種に何処か年相応のものを感じ、エリナは微笑ましくなってしまった。

可愛い。

瞬間、エリナは自分達の置かれた現状を、しばし忘れてしまいそうになった。

 

ブリッジには、大きくウィンドウが映し出され、ユリカの父、ミスマル コウイチロウの顔が大音量とともに、流れ出てくる。この親にして、この子あり。何故か、誰もが納得してしまうくらいに、この二人の間には、合い通じるものがあった。

誰が一体、止められようか。

プロスペクターは、交渉ですな、何故か喜びに両手を打ち、笑みを浮かべている。

それもそのはずで、軍の要求は、あまりにも簡単すぎた。

ナデシコを渡せ、だ。

何とか、思いと理屈を考えていたジュンの方が、まだマシな言い様だった。

 

「どうかしたんですか?」

ルリは、聞いた。

「どうやら、向こうに行って話さなきゃいけないみたいだし、ちょっとお願いしたいことがあって。良い?」

にこり、と微笑む。貧乏くじを引かせてしまうのかもしれないが、少なくとも、今のエリナにはルリ以上の適任を見出すことが出来ない。了承するかどうかは、別として、だ。だから、お願いと言う言葉を使った。

 

ユリカが、マスターキーを取り出そうとしている。

 

「艦長〜〜〜〜!!よせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

ヤマダ ジロウの叫びがうるさくて仕方がない。

正義正義と、ある意味、自身がその意味を知らずに口にしていた。

馬鹿は放っておこう。

 

「お願いにもよりますけど?」

「う〜〜ん、アキト君のこと、ちょっとの間頼まれてくれないかしら?………多分、食堂にまだ、いると思うんだけど………」

困った表情。

確かに、困る。

アキトのことを多少なりとも知っていれば、困らざるを得ない。

エリナは、身に染みて理解していた。

「テンカワさん………………ですか?」

僅かに、口篭もる。

「そう。アキト君が無茶しないように、傍にいてほしいのよ。ルリちゃんがいれば、そう無理なことはしないと思うの」

「………無茶、ですか?」

「ええ。…………さっき、少しだけ言ったわね?………アキト君はね、“火星”そのものなのよ。………悲しくなるくらいに、ね?」

エリナの言葉に、偽りはない。

思わせるだけの、悲しみが瞳の奥に嫌と言うほど、垣間見える。

 

―――喰らってやるよ。

 

アキトのかつての言葉が、耳に木霊した。

初めて聞いたのは、何時の頃だったのだろうか。例えようもないほどの、狂気があの時のアキトには、確かにあった。

悲しくて、泣きたかったのを覚えていた。

悔しかったのではない。

アキトにその言葉を口にさせたのは、他ならぬ自分。自身の取った勝手な行動が、アキトに銃口をエリナへと向けさせたのだから。

 

視界がぼやける。

 

この時、ルリはエリナを信頼の対象として、想いの中に入れた。

信じても、大丈夫。

そう、思った。

 

「わかりました」

だから、言った。

 

ゆらり。

風が揺れる。

とくん。

胸が鳴る。

 

ルリは、我知らず、頷いていた。

(火星から来た………王子様)

ユリカの笑みは、心の中で変わることはない。何処までも、優しくて暖かい。

ただ。

 

 

 

そう感じただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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かすいです。

 

今回、またいつもの短さに戻ってしまいました………………。

申し訳ね〜っすっ!。

もうちょっと書いても良かったんですが、どうにもバランス的に

ここでお話を切っておかないと、繋がりが悪くなってしまう、です。

ううっ。

考えずに書いているから、こうなるんですよね、ほんと。

かすいには学習能力は、完璧にないようです…………。

 

困ったもんだ。

 

感想、お待ちしております。

 

では、またの機会に。

 

 



艦長からのひとこと。

はい、かすいさんの投稿です。

・・・・またもや艦長の怠慢でCDパート同時公開になってしまいました。
かすいさん、申し訳ない。
待ってる皆さんも申し訳ない。

さて、ルリちゃんが絡んできましたねぇ〜
この先どーなるんでしょ?(いや、私はこの時点でDパートも読んでしまっているんですが(笑))


さあ、続きが読みたいんだったらメールだ!

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