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機動戦艦 ナデシコ IF

〜昨日よりも もっと 優しく〜

第二話 F パート

 

By かすい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐう……………っ、奴を止めなければ…………」

 

だが、自分に止められるのだろうか。

遠くなっていこうとする意識を、ゴートは頭を振って、現実へと繋ぎとめようとした。

どれほどの時間が過ぎている、と言うのだろう。

ほんの、僅かだったのかもしれない。

それとも、悠久とすら呼べる時を、自分は過ぎ去らせてしまったのだろうか。

流れすら理解しきれなくなる、思考の揺らぎの中で、思った。

しかし、あれだけの衝撃を受けながら気を失わなかったことは、かつて軍属として鍛えてきたこの男にしても、奇跡に近い。

恐るべきは、人ひとり、紙くずでも捨てるかのように投げ捨てた獣の力だった。

身体が、軋む。

 

ゴートは、気絶し続ける軍服を、払いのけた。

アキトの指先が食い込んでいたのか、男のこめかみの辺りから、僅かに血が滲み出ていた。だらりと四肢は弛緩し、世界への回帰を拒んでいるようにも感じられる。

それを、弱さとは言うまい。人として、当然の結果でしかないのだから。

男は、闇に触れのだ。確かに。

どれだけの恐怖を、その心に刻まれたのだろう。

どれだけの絶望を、その身に感じたのだろう。

何人たりとて、想像するだけで、耐え切れそうもない。

 

ゴートは、肩を震わせた。

 

コトン。

テーブルから、飲みかけのコーヒーの入った紙コップが落ちた。

 

気が付かない。

メグミは、己の指先がコップに触れ、倒してしまったことにも、気が付けない。

今尚、獣の相貌が襲い掛かる。

何処からか、視線を感じる。

考えたくは、なかった。

思えば思うほどに、死が擦り寄る感覚を、メグミは理解していた。人は、こうして死んでいく。最後には、いつも一人で。

胸がつかえるように、息苦しかった。

 

ひやり、と肌が乾いていく。

堕天使の乱舞。

 

食堂は、静かに風に包まれていた。集められていたクルー達は、誰も動こうとはしない。悲しいまでに、無力さを実感しているのだ。

生きてきた中、培ってきた全てを否定されているような。

それとも、動くことすら出来なかったのかもしれない。

ただ、現実として、安堵の吐息すら、漏らすものはいなかった。

獣は未だ、いるのだろう。

彼らの内に。

襲い掛かった初めての殺意に身をさらし、死神の微笑に五体を縛られ続ける。

 

カチリ、と何処かで音が鳴り、時の進みを告げていた。

 

その緊張の中で、嫌がる身体を叱咤するかのようにゴートは立ち上がり、懐から銃を取り出した。

視界の中に広がるのは、無残にも形を変えた扉の残骸。常識では、考えられることではない。どのような力があれば、あそこまで、特殊鋼により作られた扉を破壊することが出来るのだろうか。

人間ではなかった。

そう、その所業は最早、人の業(わざ)ではなかった。

紋様を浮かべし、人外の獣。

恐ろしい。

思った。

このままでは、アキトは全てを滅する。殺して全てを、無に帰す。

何故か、理解出来た。

少年が身に纏った、瘴気とも言える鬼気のせいであった。

 

「奴は、テンカワは何処へ行った?」

ゴートは、すぐ傍に立つミナトに振り返る。

唇が僅かに揺れているだけで、しかし、答えは返ってこなかった。

言葉が、あまりの恐ろしさゆえに、身体の中から外へ出ることを、拒否しているのだろう。

無理もない。

彼女達は、つい数日前まで、ただの民間人でしかなかった。戦いとは無縁の生活を送ってきていたに違いない。あれだけの狂気の中、思考出来る方がおかしいのかもしれなかった。

舌打ちをしながら、動き出そうとする。

恐らく、あの獣を止めることはかなわない。

悟った。

ならば、別の道もある。

アキトよりも先に全ての要所を、こちらが占拠してしまえば良いだけだ。

出来る、出来ない、の問題ではなかった。しなくては、いけないのだ。

 

「テンカワ………さん?」

 

その時、小さな呟きが食堂内を漂った。

ルリだった。

「ルリ?」

「駄目です………、テンカワさん。……………駄目」

何処か呆けるように、天井に視線を向け、ふらふらと身体を左右に揺らしながら、ルリは首を微かに振っていた。

言い聞かせる。

だが、誰に。

金色の瞳は尚も宙をさまよい、零れるように、声を届けようとしていた。

 

「…………殺しちゃ駄目〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

ルリの叫びが、木霊した。

弾かれたように、食堂にいた誰もが身体に込められていた力を、緩めた。

呪縛が、霧散していく。

心が、戻ってくる。

 

「ルリルリっ!」

ミナトが、弾かれたかのように、ルリが立ち竦む部屋の片隅へと走り寄った。動く。動ける。何と言うことのない、当たり前であった現実を、これほどありがたく思ったのは初めての経験だった。

崩れ落ちそうになるルリを、胸に抱きとめた。

「大丈夫、ルリルリ?」

声をかける。

しかし、返事はなかった。

ただただ、小さく。

 

 

 

 

「………そんなの、誰も望んでなんかいないんです」

 

 

 

 

儚いまでの、呟き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

アキトは、誰もいない廊下の先を睨み付けると、歯軋りしながら唸り声を上げた。手に掴んでいた男を、捨てるように壁に叩きつける。

声を漏らすことなく、沈んでいった。

 

滴る。

 

足元には、自身の血で赤く染まる男達が、倒れこむままになっている。すでに意識はなかった。

四肢の何処かが考えられぬ方向へと曲がり、その上で、身体中の幾つもの個所が切り裂かれていた。

致命傷ではないものの、流れ出る血は傷の深さを物語る。

微かな呻きが、周囲に流れていた。

咽返るような、臭い。

返り血すらも、獣にとっては心地良く、鼻を擽った。

しかし。

 

「誰だ………。邪魔をするなよ………………」

 

怒りに満ちた、その形相。浮かび上がる緑の紋が、満ち足りるかのように、光を増す。

忌々しげに、アキトは声を絞り出した。

―――駄目です。

耳の奥で、震えるように囁かれる何か。

染み渡る。全身を侵すかの如く、ゆっくりと鼓動に合わせ、波打っている。

 

「殺すな、だと?ふざけるなっ!!…………………俺の中に、入るんじゃねーーーーーーーーーーっ!!」

 

咆哮だけが、響き渡った。

意識を失っている者達ですら、あまりの気迫に身体を振るわせる。血の流れまでもが、憚るように流れを止めた。

にい。

獣の微笑が、浮かび出た。

 

「貴様……………」

呟く。

 

聞こえる声は、誰の意思なのだろうか。

アキトには、どうでも良いことだった。必要なことは、自らの行動を阻もうとする光に対し、黄昏のような影を伸ばすことだった。

光もない。闇もない。

全てが混沌の中にあってこそ、火星の流儀はまかり通る。

しかし、妖精は心の中で、悲しげに微笑み続けていた。

 

「しつこい…………。良いだろう、ここにいる奴らは殺さない。こいつらの上を喰らってやるよ………………」

 

ミシリ。

右の腕が、音を立てて形を変化し始める。

喜びに打ち溢れるかのように、紋様が広がっていった。最早、腕を埋め尽くさんばかりに、浮かび上がっている。

変わる。

変わる。

魔物の腕へと。

 

アキトは、上体を屈めると、場から消え去った。目的は格納庫、エステバリス。

走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと、チューリップが生きていただとっ!?」

 

呼び出されたブリッジで、コウイチロウは声を荒げて、言った。

押さえようとしても押さえきれない苛立ちが、状況を知らせ続ける周囲に対して、撒き散らされている。

スクリーンには、海底から浮上した木星蜥蜴の兵器に飲み込まれていく旗艦“トビウメ”の護衛艦二隻が飲み込まれていく様が、映し出されている。

粒子の中に、ゆるりと消えていった。

 

「第一級戦闘配置っ。チューリップを破壊するっ!!」

 

静かな決意が、響き渡る。

トビウメは旗艦として使われているだけに、純粋な戦闘力に関しては、最新のナデシコに譲るところもある。しかし、その規模、破壊力に限定しさえすれば、この艦に匹敵するものはないと言う自負もあった。

 

コウイチロウは、目の前に現れた敵に意識を奪われ、先程まで隣にいたユリカが消えたことに、まるで気が付かなかった。ジュンの姿があったがために、娘もいるのだろうと安心していたのかもしれない。

時として、子は親の予想を越える。

掌から飛び立つ時がきていることを理解し得なかった親の悲しさだけを、コウイチロウは、後に知ることになる。

 

ほんの、僅かな時間と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいわね?………チューリップまで動き出している」

 

エリナは一足先にナデシコへ戻ろうと、自分達が乗ってきたヘリの準備をしていると、トビウメが海面から浮上を始めていることに気が付いた。伝わり来る、振動。ふと、周りの兵士達の視線を探れば、先には木星蜥蜴の兵器が大口を開けて、護衛艦を吸い込もうとしている。あれでは最早、助かるまい。

どちらか一つだけであったのなら、まだ良かったのだろう。

アキトだけが心配であったのなら。

チューリップだけが、当面の問題であったのなら。

ここまでの不安は、心に思わなかったのかもしれなかった。

(最悪…………かもね?)

ナデシコには、艦長も未だおらず、マスターキーまでもが取り上げられている。ましてや、その中を軍の連中が闊歩しているのだ。

プロスペクターが恐らくは交渉しているのであろうが、状況の変化にコウイチロウはどのような対応を取るのだろうか。

力ずくでもナデシコを奪い、チューリップに対する戦闘を開始することになるはずだった。

せめて。

せめて、アキトだけでも無茶はさせないようにしなければ、とエリナはヘリに乗り込んだ。

少年が動き始めていることは、すでに確信となっていた。

 

カチャ。

ヘリの扉が、開いた。

 

「艦長!?」

エリナは、驚きの声を上げた。プロスと別れてから、それ程の時間が経っているわけではない。この短時間の間に、交渉が終わったなどとは、考えられなかった。

「良かった。間に合いました。私達もナデシコに戻ります。一緒に乗せていって下さいね?」

満面の笑み。

何処となく、しかし、呑気も良いところだろう。

ユリカにとって、いかなる場所であろうと、自分を変える理由にはなり得ない。

だからこその、微笑みだ。

羨ましいくらいだった。

「いやいや、まいりました。突然、チューリップが動き始めたものですから…………」

プロスペクターは、癖のように眼鏡を、押し上げる。つまらなそうな物言いに、交渉を行えなかった悔しさを、僅かに滲み出させていた。

こちらもこちらで、結構な余裕がある。

二人は、現状を把握しているのであろうが、理解までしていないのかもしれなかった。

「わかったわ。早く乗ってっ!」

エリナは、プロスの言葉を遮り、強く言った。操縦桿を、握り締める。

理由を聞いている時間など、今はない。とにかく、現状に対してのカウンターを打つことが、何よりも大事だった。

 

ユリカが四人のりであるヘリの後部座席へと移り、エリナとプロスが前に座る。

多少狭くも感じるが、サイズ的には仕方のないことだった。

だとしても、来た時よりは広く感じられるのは、気のせいだったのだろうか。

 

ローターが、ゆっくりと速度を上げていく。

 

「ユリカ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

瞬間、ヘリの内部で大音量と共に、通信用のウインドウが襲い掛かるかのように、開かれた。

コウイチロウの顔が、フレームの中に納まりきらないくらいに、広がっている。

勢いに身を乗り出した状態のまま、正確にコミュニケは伝えてきているのだろう。眼が血走っていた。涎が飛んでこないだけ、マシだったのかもしれない。

エリナは、顔を歪めた。

 

「あら、お父様。どうなされたんです、そんなに慌てて?」

この娘、本気で言っているのであろうか。もし、本当に思っているのなら、性格を疑いたくなってしまう。

開いた口が、塞がらない。

屈託のない笑顔の裏には、天然なのか、それとも般若を潜ませていた。

「何をしておるっ、そんなところで〜〜〜〜。今は非常事態なんだぞっ!!」

コウイチロウが、言った。

「わかっています。ですから、これからナデシコに戻るんですけど?」

何を今更。

言外に、含まれている。

「そ、そんな、ユリカっ!ミスマル提督に艦を引き渡すんじゃ?」

声だけが、コミュニケを通して届いた。

ヘリの広さの原因がわかった。

ジュンがコウイチロウを押しのけ、ウインドウに顔を見せる。普段なら、考えられない行動だった。まさか、ユリカの父を邪魔扱いするなどとは。

それだけ、切羽詰っていたのであろう。

「え〜〜〜、何で〜〜〜〜?ただ、私はアキトのご両親のことを聞いてあげたかっただけだもん」

何処までも、能天気だった。

 

向こうでは、絶句している二人の姿が、情けないほどに。

 

エリナは、肩を落とし、泣きたくなった。

思い返すように、艦長の話の意味を考える。

聞いてあげたかっただけ、だそうだ。

ユリカの言葉が正しければ、今のこの危険な現状は、全てこの娘のわがままと言うことになる。

アキトのことを聞きたいためだけに、マスターキーを抜き、軍にナデシコを占拠させたまま艦を離れ、下手をすれば、アキト自身が艦内で暴れてるやも知れぬ。

無駄な時間を費やし、アカツキにはからかわれ、チューリップは動き出して淡々と獲物を狙い始めているのだ。

徐々に、怒りが込み上げてくる。

ユリカは、艦を預かるものとしての責任を、理解しているのだろうか。

 

「とっとと、行くわよっ!!」

 

エリナは、ヘリを飛び立たせた。

そうでもしなければ、ユリカを殴りたくなる衝動を押さえきれるかどうか、自信がなかった。

ユリカは、消えていくウインドウに、ひらひら子供のように、手を振ってさよならの挨拶をしていた。無邪気は、最大の邪気となり得ると言う、稀な例であったのかもしれない。

 

空に、舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だって言うのよ……………?あんなのが乗ってるなんて、聞いてないわよっ!!」

 

ムネタケは、ブリッジでただ一人、モニターに映し出される格納庫の様子に、眼を見張っていた。別のウインドウには、チューリップが捕らえられ、また、もう一つにはトビウメがあった。木星蜥蜴の兵器からは、奇妙な触手のようなものが揺らめき出で、威嚇するかのように、震えていた。

だのに。

ムネタケの瞳は、チューリップではなく、ケイジのモニターへと釘付けになってしまっている。

所詮は、戦艦のクルーとは言え、民間人に毛の生えたようなものだ。多少、悪あがきをしたところで、すぐに鎮圧出来る。

そう、思っていた。

間違いであったことに、しかし、気が付く。

 

愉悦だった。

心の底からの、歓喜であった。

ナデシコに潜り込ませていた部下達が乱射する銃の弾を、掻い潜るかのように動き、屈強な軍の者達の懐へと入り込む。

薙ぎ払うように右手を振り、いとも容易く身体を切り裂く光景だけが、ムネタケの思考を奪い続けていた。

あれが、人間であると言うのなら、サルですら、人を名乗っていてもかまうまい。

右の腕が身体に合わぬほどに、大きく膨れ上がり、指先の爪が鳥の足先のように鋭く尖っている。筋肉の肥大には見えなかった。無機質の鎧の如く形を変え、しかし、生物ような脈動すら感じられるのだ。

鉤爪から、血が流れ落ちた。

緑の紋様を浮かばせながら、返り血の中、確かな微笑を浮かべている。

まさに、魔物であった。

 

「ば、化け物……………」

 

モニターの中の獣が、零れでた呟きに反応するかのように、ウインドウを通して、こちらを見る。あり得ない。

しかし、視線が確かに、絡んだ。

そして、血の微笑み。

 

(殺される殺される殺される殺される……………殺されるっ!)

 

狂気が、ムネタケを射抜いた。

軍人として、生まれて初めて理解した、死の恐怖だった。

獣は、コミュニケのフレームの中で、こちらに異形の腕を伸ばしてくる。求めるように、優しくゆっくりと、開かれていた手を握り締めた。

伝い落ちる赤き水に、己の首を締められているかのような、錯覚を覚えてしまう。

 

叩きつけられる殺意。

理屈でもなく、力でもなく、襲い掛かりくる鬼気だけが、全てだった。

闇を纏いて、純粋なまでの意志を行使する。

殺す。

狂気と恐怖。そして、垣間見える快楽。

 

「ひ、ひぃ…………。嫌、嫌…………来るんじゃないわよ〜〜〜〜〜っ!!」

 

目の前に迫る。

ムネタケは、そう信じた。腰が抜けたのか床に座り込み、眼の焦点は合わず、ブツブツと呟きだけを零している。

獣がエステバリスの傍に寄ったことに、意識を払うことはなかった。

 

僅かな風をおき、ゴートがルリやミナトを初めとするクルーを従え、辿り着いた時には、すでにムネタケは、心を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナデシコっ!聞こえる!?」

 

クルーが指定の席についたのを見計らったかのように、通信が開いた。エリナ、ユリカ、そしてプロスペクターが一つのウインドウの中に映し出された。

表情は、厳しい。

当然だろう。

普通に考えても、木星蜥蜴の攻撃を無防備な状態のままで、ナデシコは受けざるを得ないのだ。急がなければいけない気持ちが、顔に出る。

トビウメはすでに、攻撃態勢に入りつつあった。

 

「エリナさんっ!!」

ルリが、叫んだ。

約束を守れなかった後悔が、少女の身体を覆い尽くす。痛みだけが、心に走った。

震える肩。

「大丈夫。アキト君でしょう?無理なことお願いしちゃったわね?こっちで何とかするわ。………アキト君は、今何処?」

エリナの後ろでは、え、アキトがどうしたの、と前に乗り出そうとしているユリカがいるが、この際かまってはいられない。

片腕で制すると、ルリの言葉を待った。

「空戦式のエステバリスに乗ったみたいなんです。今出ます。」

何処をどうしたのか、アキトは閉じられていたハッチまで動かしていた。マスターキーのない今、直接格納庫から動かす以外、こちらからは止めようがなかった。

現在、ブリッジには多少の通信機能以外、全てがダウンしている。

「空戦フレーム?…………あれね?」

エリナは、聞くとすぐに視線をめぐらせた。ナデシコから飛び出してくるエステが一機、確認出来る。恐らく、あれにアキトが乗っているのだろう。

理解する。

チューリップに対する威嚇ではなく、トビウメに向かおうとしている、その行動。アキト以外に、誰だと思えよう。

「エリナさん…………、テンカワさんは一体………………?」

アキトは、何がしたいと言うのだろうか。何をしようと言うのか。

ルリには、想像だに出来なかった。

 

悲しいくらいの風が、小さな胸の中で吹いていた。

今なら少しだけ、わかった。食堂での、あの時の苦しみ、締め付けられるくらいの痛みは、アキトの持つ心そのものだった。闇にとらわれ生きてきたものの、奪われつづけてきたものの、拭い切れないほどの恐怖だった。

何故、などとは考えない。

考える必要もない。

ただ、確信していた。

ルリは、泣きそうになった。

 

「どうも本気で怒ってるみたいね………。狙いはトビウメ。ルリちゃん、そっちの被害状況は?」

エリナは、ルリに優しく、聞く。励ますような気持ちが、緩やかに届けられた。

「は、はい。クルーの被害は今の所、ありません。ただ、軍の方達が…………」

「死んだの?」

簡単な、確認だった。

「いえ…………。ですが、全員重傷を負っています」

移動中に何度も見かけた、傷にうめく男達の姿。

思い出すと、意識が途切れるように、記憶から消し去ろうとしていた。

生きてはいる。

だが。

 

苦しかった。

 

「そう」

エリナの答えは、僅かな安堵と共に。

 

「テンカワとは、何なんだ、ミスターっ!!」

ゴートが、強い口調で言った。

場合が場合だと言うことも、わかっている。しかし、聞かずにはいられなかった。

「何なんだと申されましても………。私にはわかりかねますが。何かあったので?」

プロスが、聞いた。

「ふざけてもらっては困るっ、ミスター!?テンカワは殺さぬまでも全ての軍のやからを再起不能と言えるほどまで潰したんだぞっ!ましてや、あれは人間ではないっ!!」

 

事実、アキトに倒されたのであろう者達が、廊下など、いたるところに血に塗れて倒れており、医療班が対応にあたっている。既に医療室には、全員を受け入れるスペースまでもが、なくなっていた。

表情には、痛みよりも恐怖だけが感じられ、近づくと狂ったように叫ぶのだ。

何をその眼に見たのだろう。

わかっている。獣だ。

 

「ほう?しかし、あの方に関しては私ではなく、エリナ女史の管轄ですので、良くわからないんですがね」

事実だった。

ただ、アカツキと命令の元、エステバリスのパイロットとして登録しておいたに過ぎなかった。

 

「エステで良かったわ。カノン砲を持っているとは言っても、あれならまだ、何とかなるかも?」

エリナは、二人のやり取りにほんの僅かも耳を傾けることなく、言い聞かせるように呟いた。自分自身を、奮い立たせているようだった。

本気で、そう思っている。

 

もし、アキトがエステではなく、ヘリでも使ってトビウメに行こうとするのなら、エリナにはもう、何も出来ることがないに等しい。トビウメに乗り込まれてしまえば、アキトを艦の中から探し出すなど、至難の業だ。

カノン砲を持ってでていることを考えると、外から攻撃を加えるつもりなのだろう。少なくとも、しかし、何処にいるのかだけは、限定出来た。

いかにアキトが優秀であり、獣としての力を持とうとも、機体のスペックを超えることは物理的に無理だった。ならば、今ならその力さえ把握することが可能だ。

エステバリスの能力がそのまま、アキトの今の能力となる。

エリナは、そう読んだ。

 

「どういうことなんだっ!答えてもらおう!?」

ゴートが、叫び続ける。

クルーの感情を、この男は代弁していたのかもしれない。

あれは、魔物だった。

だとしても、聞いた相手が悪かった。

 

「うっさいわねっ!!そんなこと言ってる場合じゃないのよっ!!知りたければ、後でしっかり教えてあげるわよっ!!大の大人が騒いでどうすんの!?………ルリちゃん、ちょっとそっちに戻るの、遅れるからよろしくしてくる?艦長をここから捨てていく訳にもいかないわ」

 

「え、は、はい。わかりました。皆さんがお戻りになられるまでに、こちらのチェックを全て終わらせておきます」

答えると、ルリは小さな両手に紋を浮かび上がらせ、掌を滑らせた。

ゴートの絶句する姿が、やけに悲しさを誘う。しかし、エリナの言う通りだったのかもしれない。生き残ることの方が、先であろう。

「いい子ね?…………艦長、プロスさん、悪いけど、付き合ってもらうわよ?」

返事も待たず、エリナは操縦桿を引いた。

 

獣を止める。

そのためだけに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、人のものに手を出した代償……………、支払ってもらうとしようか?」

 

アキトはエステバリスを駆りナデシコから離れると、すぐさま上昇させ、己を確かめるように、言った。

ある高度まで達するとエステを停止させ、気流に機体が震えるのを制御し、トビウメの正確な位置を確認する。距離は多少あるとは言え、目の前真っ直ぐに、青い巨体が見える。艦体を横から全て、見渡せた。

含み笑った。

緑の奔流は、止まるところを知らない。最早既に、紋様のみならずうっすらと肌全体が発光していた。身体を走る線はそのままに、全てが染まっていく。

右腕は、いつのまにか人のそれへと、形を戻していた。

だからと言って、この男をどうして獣ではないなどと言えようか。

コクピット内に漂う鬼の気に、耐えられるものは恐らく、世界広しと言えどもいまい。

 

「ここが、エンジンルーム。砲塔があって、あそこがブリッジ…………」

ウインドウに弾き出されるデータに、アキトは冷笑を浮かべ、IFSを走らせた。

意志を受け、エステは望みどおりのまま、自らの両の腕を持って、カノン砲を構える。狙いは真っ直ぐに、ブリッジ。

ターゲットが確定し、躊躇することなくロックした。

 

風に、機体が震える。

愉悦だけを持って。

 

「さぁ、死ねよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、ナデシコから出たエステが、こちらのブリッジをロックしましたっ!!」

 

トビウメのブリッジは、騒然としていた。

それは、そうであろう。ナデシコがいくら民間船であるとは言え、この状況ではチューリップの迎撃に向かうと、誰もが考えていたのだ。

だのに、発進したエステバリスは迷うことなくトビウメへとカノン砲を向けている。

この艦は、第三極東軍の旗艦“トビウメ”であるはずだった。まさか軍に対して、攻撃の意思を見せ付けてくるなどと、どうして思えよう。

彼らは、知らない。

 

「何だと〜〜〜〜〜っ?ナデシコと回線を繋げろ!」

 

時すでに、遅し。

閃光が、襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして?え?何でトビウメ、撃ったの?…………え?」

 

ユリカが驚愕に、言葉を漏らした。理解し切れない状況に、疑問を口にすることくらいしか、出来なかったのだろう。

身を乗り出すように、外の景色に視線を向ける。

当然だ。

あの艦には、ユリカの父親が乗っている。

 

「直撃してない?………かすっただけね。まだ間に合うっ!」

 

エリナは、すぐさま状況を見抜くとヘリを旋回させて、飛んだ。

トビウメのブリッジに攻撃が加えられたとは言え、直撃まではいっていない様子に、僅かの希望を繋げようとする。外装が剥がれていたが、内部まで破壊はされていないようだった。安心するよりも先に、アキトが外した事実の方が、怖かった。

 

「何をなさるおつもりですか?」

プロスが、エリナに声をかけた。エリナの気性を考えれば大体予想はつくが、せめて心の準備くらいはしておきたかった。

「アキト君の邪魔をするのよ?」

にこり。

迷いはなかった。

 

ヘリを、トビウメとアキトの乗るエステバリスの中間へと、移動させた。

通信を開く。

思いもよらず簡単に、ウインドウへと、アキトの姿が映し出された。

エリナのヘリの通信を介してナデシコへも届けられ、さらにはナデシコからトビウメへと回線が回されていた。

アキトは別段、着信の拒否をしていた訳ではない。ただ単に、アキトに通信を開こうとするものが、いなかっただけの話だった。

トビウメは、混乱のために。

ナデシコは、恐怖のために。

エリナだけが、獣を受け入れる。

「ナノマシン………。配置変換?ファーストステージからセカンドに移行し始めている?」

エリナの呟きを、ユリカもプロスも理解することは、出来なかった。

 

「アキト君?」

エリナは、いつもの口調で言った。しかし、内心ではアキトの顔に浮かぶ紋に、心震わせている。恐怖にも近い何か。

「邪魔だ、エリー。退け。調整も終わってないカノンを置きやがって。お陰で外した。…………次ははずさねぇ。退けっ!」

光が溢れる。

アキトの叫びはナデシコにも、トビウメにも伝わった。

この時ばかりは、誰もが、整備班の手抜きに感謝した。

 

「本気なのか、あの男は…………?」

コウイチロウの呟きに答えるものは、何処にもいない。

「テンカワ、さん…………」

ルリは、伝わるアキトの気迫に、身震いした。

 

「退く訳にはいかない。………艦長もこのヘリに乗ってるわ。マスターキーもある。これ以上の攻撃は必要なしと、判断するわ?」

ウインドウのアキトを、エリナは自身の持つありったけで睨んだ。

信じることが、出来ない。

あの獣に対し、何故、語れるのか。

 

ユリカはただ、今まで知らなかったアキトに、眼を奪われつづけていた。

プロスも口は、挟まない。何もすべきことがないことを、己に出来ることがこの場にないことを理解していた。

アキトとエリナの場なのだ、今は。

 

「ふざけるなっ!!こいつらは奪いに来た。だと言うのなら、生命をかけるのは当たり前だ。それなりの代償は支払ってもらおう」

「否。彼らは奪いに来たんじゃないわよ。あくまでも交渉よ、アキト?交渉は終わった。それ以上、必要ないわ」

「聞こえんな。そこを退け、エリナっ!!」

まさに、獣の咆哮。

耐えられるものが、この世にいようか。

 

しかし。

語るのは、誰でもない。

エリナだ。

 

 

 

退かないわよっ!!忘れないで、私はアキトがエリーと呼んだ女なのよっ!!

 

 

 

視線が、真っ直ぐに絡み合う。

エリナの瞳は、悲しいぐらいまでに優しすぎた。

 

「ちぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。なら、喰らってやるよっ!!!」

 

アキトは、叫んだ。

エステが反応し、カノン砲を撃った。

閃光がヘリに、向かった。

 

エリナは、微笑した。

 

 

 

 

 

アキトを。

信じていた。

 

 

 

 

 

全てをゆだねるかのように、風を想う。

 

 

 

 

 

―――アキト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

かすいです。

 

はぁ、第二話がやっと終わりました。

今回のお話は、今までで、最長となってしまいました。

これがどうなるかは、第三話の最初の部分に。へへっ。怒られるかもしれない。

さらに二つに分けて書こうかな、とも思ったんですが、さすがに長すぎです。

ははっ。困った馬鹿です。

展開が急な上、場面の転換が多く、読みずらいなと思いながらも、

まぁ、良いかなどと開き直っています。

アキト君、現時点では誰も殺していないし………………。

(やっちゃえのメール、たくさんありましたが(爆))

 

怒ってやってください。

 

感想、お待ちしております。

パート毎メールを下さる皆様。本当にありがとうございます。あぁ、嬉やと

毎回涙をちょちょぎらせていますです、はい。

はじめましてのメール。最高に嬉しいです。

質問に関しましては、出来るだけ答えさせていただきますので、お聞きください。

 

では、またの機会に。

 

 

 



艦長からのひとこと。

はい、かすいさんの投稿です。

アキト〜
殺しちゃっていいってば(爆)
死ぬ覚悟が出来ていない軍人なぞ死んでOK(不敬)

あ、でもイイ女は殺しちゃダメよ?(爆)

さあ、この先どうなるか、見たいんだったらメールだ!


PS:艦名、仰せのままに(笑)

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