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ナデシコ

 

 

 

「だからって、俺がどうして殴られなきゃいけないんだ、エリー?」

 

とりあえず、悩んで聞いてみたりした。

 

叩かれたのではない。

殴られたのだ。

見事なまでに、握り締めたエリナの拳が自分の頬に叩き込まれるとは、アキトも考えていなかったのか、避けることさえ出来なかった。

言い訳させてもらうのなら、殺気自体はまるで感じなかったし、目の前にいる女性は、実際、見たこともないくらいににこやかな笑みを、満面に浮かべていたくらいだ。それがいきなり、だ。どうしてかわすことなど出来ようか。

アキトは眉を寄せ、エリナを睨みつけた。

しかし、効果はまるでなかったらしい。火星の女に限りなく近い、とアキトに思わせただけのことはあった。

 

(いかん、…………逃げ回ってた負い目があるだけ、本気になれん…………)

 

その上、逃げたくなるような形相が、アキトの眼前にはある。

頭の中で、警報が鳴り響いていた。

 

隠れに隠れ、ナデシコがネルガル月ドックを離れるまでは時間を稼ぐことが可能であったが、しかし、艦が動き始めてしまえばもう、無理だ。逃げ場かない。諦めて自室に戻れば、しっかりとエリナがベットで転がっていた。

しかも、薄暗い部屋の中で。

ぬっ、と起き上がられたときには、走って逃げ出しそうになったくらいだった。

何故、逃げなかったのか。

そうだ。あの時に己を信じ、逃げていれば良かったのかもしれなかった。今となっては、だがしかし、いくらなんでも遅すぎた。

 

エリナの笑顔に、アキトは騙された。

寄ってみれば、殴られてしまったと言う訳だ。

 

諦めるしか、道はない。

 

「アキト君がいなかったお陰で、私は手に入れることが出来なかったのよっ!!」

 

「うわっ………と」

「アキト君が、アキト君が、アキト君が、アキト君が〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

更に、きた。

突然に胸倉を掴まれて、ぐいぐいと引き寄せられ、そして押される。

凄まじい。

この細い腕の何処にこれだけの力が隠されているのだろうか。不思議で仕方がないが、今口にするほど、少年も愚かではなかった。

瞬時に、己の身の危険を察知する。さすがは獣、と呼ばれただけはあったのかもしれない。

 

「何が?」

アキトは、呆けた。

ただし、首がかくんかくんと、前後に揺れていた。

鞭打ちになってしまいそうだ。

「ワンピよ、ワンピっ!」

「ワンピ?」

「ワンピースよっ!!服っ!!アキト君が買ってくれるって言ってた、私が目をつけてたワンピっ!!月で購買用に仕入れたもののひとつっ!!」

まるで、般若だ。

余程恨みに思っているのであろう。アキトを揺さぶる腕の動きは止まるどころか、更に増していく。反動に、エリナ自身まで一緒に揺れ捲くる。豊かな胸まで、律儀に揺れた。

「ち、ちょい、まて……。だ、誰が買うなんて…………」

さすがに、首がきつくなってきた。

途切れ途切れになりながら、アキトは口を挟もうとする。

しかし、意味がなかったようだ。

 

泣き声とも唸り声とも言い切ることの出来ない声が、耳に突き刺さってくる。

 

「支払わないんでしたら、売れませんって、目の前で店頭に並べられて、速攻で売れちゃったのよっ!?しかも売れちゃった後に、倉庫にも限りがあるからあの一着しか用意出来なかった、とか言われたのよっ!?もうないのっ!!………どう、責任とってくれるの、アキト君!?」

 

決して、アキトのせいではない。

払わなかった方が、悪い。

 

「欲しけりゃ、じ、自分で………ぐぇ」

やっと、止まった。

最後の一押しで、しっかり喉元を締め付けられた。

何かしらの格技でも取得しているのだろうか、エリナは。

 

間。

 

ほんの僅かに、静寂が部屋の中に漂った。

 

(ん?)

 

エリナが、アキトの片腕の裾を握った。

 

(ん?)

 

ゆっくりと、残った手で、アキトの胸元の服を握り締める。

 

「こら、エリー?」

アキトは、あまりのゆったりとした動きに虚を突かれてしまったが、すぐさま気が付いた。

やばい。これは、充分にやばい。

 

瞬間、エリナが動いた。腰を落とし、身体を反転させながら、アキトの懐に潜り込む。腕を巻き込むことを、忘れない。まさに流れると言っても良いくらいに、素早かった。その上で、腰を跳ね上げる。

所謂、背負い投げだ。

重心を簡単に崩されたアキトは、教科書どおりに綺麗に投げられた。

 

「ぐはあっ!!」

当然だ。

床に叩きつけられれば、こうにもなろう。まして、ここは畳の上ではなく、硬いフローリングタイプの床だ。衝撃が全て、アキトの身体に襲い掛かる。

アキトは、うめいた。

 

戦闘において、アキトは“The Beast”と呼ばれた通り、本能に従って戦うタイプだ。技術を学んだ訳でもなければ、体術を修行した訳でもない。命をかけるのならまだしも、エリナを相手には、どうしようもなかった。

 

しかし、エリナは止まらない。投げた体勢から、更に床に転がるアキトに攻撃の手を緩まることなく、覆い被さった。放すことのなかった片腕を引き寄せ決め、アキトの頭をわきに抱え込むように、体重をしっかりと、アキトにかけた。

見事なまでの、袈裟固めだった。

暴れるアキトを、逃さない。逃げようとする少年の先を読み、足を動かして制する。

 

むぎゅ。

 

「こ、こら、………ふごっ………放せ、………エリーっ!」

 

息苦しい。

エリナの胸が。

エリナの胸が。

 

アキトは、力任せにエリナを突き放そうとするが、顔に押し付けられた胸が、どうにも心地良い。

いや、違う。そんな場合でもないのだ。

 

(…………し、死ぬ…………。息が出来ん…………)

 

87cmの豊かな胸が、顔一面に押し付けられればこうにもなる。

 

当たり前の話だった。いくらアキトとは言え、呼吸が出来なければ、死んでしまう。もがけばもがくほど、身体の酸素が足りなくなってくるようだった。

ぴくぴく。

痙攣まで、始めてしまった。

 

エリナは、アキトの様子に僅かに身体をずらし、息継ぎさせる。だが、寝技から解放するでもなく、そのままにやり、と笑った。

 

少年の荒い息遣いが、室内に流れる。

 

「アキト君が支払わないと、意味がないでしょうが!?」

エリナが、ここぞとばかりに、咆えた。

叫んだのではない。これは、咆えたのだ。

まさに、うがが〜〜〜〜〜っ、と。

顔をぎりぎりまでアキトに寄せ、鼻先が触れ合うくらいの距離で。噛み付かんばかりの勢いだった。

 

アキトには、エリナの言葉の意味が、まるで理解し切れなかった。

耳も痛い。

 

「ぜぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、は、はい?」

「買ってくれるわよね〜〜〜〜〜〜、アキト君?」

「はぁはぁ、………だ、だから、どうして俺が金を出さなきゃ…………けほっ……」

 

むぎゅ。

じたばたじたばた。

 

「買うわよね?」

「じ、自分で買え、ば……………」

 

むぎゅ。

じたばたじたばた。

 

繰り返されていく。

ここまで来れば、すでに意地の張り合いだった。

 

「実は、もう三着ほど目をつけてるのが、あるんだけど?買ってくれるわよね?」

「ごほっ………誰が、……大体、さ、三着………って…………」

 

むぎゅむぎゅ、じたばた。

むぎゅむぎゅ、じたばた。

 

見事。

見事なり、エリナ。

 

「…………もう、何でも買ってください……………」

 

この言葉がアキトの口から零れたのは、十五分後のことだった。

 

 

 

 

 

月を出発して、初日。

 

概ね、ナデシコは平和だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起動戦艦 ナデシコ IF

〜昨日よりも もっと 優しく〜

 

第五話 A パート

 

By かすい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでエリナさんの機嫌が良かったんですね?」

 

ルリは、膝元に小さく映し出されているアキトの姿に、微かな笑みを浮かべた。

小声で話しているだけに、周囲は様子に気がついていない。

通信用のウインドウには、薄暗く狭い空間の中で、いじけるように膝に顔を埋めながら座っているアキトがいる。気に入ってしまったのか、それともそこ以外に行く場所がないのか、エンジンルームの片隅にある、アキト唯一の隠れ家。

月を出たからなのか、別に理由があったのか、アキトの服がネルガル支給の制服に変わっている。

 

駄目なのかもしれない。

本当は、いけないことなのかもしれない。

しかし、ルリはどうしてもアキトの姿に、笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。

 

くすくす、くす。

 

メグミが怪訝そうな表情を浮かべているのが、視界の隅に見える。

妖精は、少しだけ顔を引き締めるが、含み笑いはどうしようもなかった。

 

「何であんなのがラーメン百杯分もするんだ…………。一着あれば、服なんて充分だろ〜に……。何故三着も……………第一、何で俺が…………」

あまりにも悲しい、アキトの呟き。

元々、金銭感覚はない方ではあったが、さすがに食堂での食事には金を払わなくてはならない。自然と基本的な価値を、理解出来るようになっていた。

ただし、基準がラーメンである。

 

お笑いだ。

 

アキトが顔を上げた。

本気で悲しそうだった。

自分の胃に収まるはずだったラーメンに、思いを馳せているのかもしれない。

 

これがあの時の少年だとは、到底信じることが出来ないが、どちらにせよアキトはアキトでしかない。

裏表のないユリカの近くにいたルリには、極端な二面性が堪らなく不思議に思えてくる。

いったい、本当の少年はどちらなのか。

わからない。

わからないが、何故かわかる必要もないことなのだろう、と心に浮かばせる。

 

楽しい。

そう、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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かすいです。

 

随分と間があいてしまい、申し訳ありませんです。

まさか、こんなにあいてしまうとは、自分でも考えていなかった……。

これからは可能な限り、定期的に書かせていただこうと思っていますので、

許してやってください。(しかし、今回のは短いような………)

 

では、またの機会に。

 



艦長からのひとこと。

はい、かすいさんの投稿です。

うーむ。
羨ましいぞ、こんちくしょうめ(笑)
こーゆーのを俗に言う
「らぶらぶ」
っていうんでしょうか?(笑)

さあ、やっぱり幸せだと思うアキトが見たかったらメール!(爆)


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