風切羽




いつも通り買い物から帰ってきたアッシュは私の顔を見て一瞬驚いた顔をした。

すぐにその表情は掻き消えたが。

「あ、あれ?ユーリ?おかえりっス。随分早かったんスね。」

・・・・・・・・・・・・・・・?

先程からアッシュの視線は私から逸れて、宙をさまよってばかりいる。

「・・・ああ。予定より早く片付いてな。」

「そうなんスか。あ。す、すぐ夕飯にするっス!」

そういって後ろを向いてキッチンへ向かおうとした。

帰ってきてから一度もパーカーのポケットから手を出していない。

・・・・・・何か隠しているようだな。

本当に隠し事の下手な奴だ。

「・・・アッシュ。何を隠している?」

後姿の肩が大きく揺れた。














アッシュが鳥を拾って帰ってきた。

その鳥はある程度大きく成長したもので、足に少し怪我をしていた。

おそらく巣立ちに失敗でもしたのだろう。

どこでみつけたんだ と聞くと、

「えぇと、あの。か、買い物の帰りに見つけたんスよ。周りを見渡しても巣が見当たらなかったんで、その・・・つい・・・・・・。」

しどろもどろに喋るが語尾はだんだんと小さくなり、耳も垂れ下がっていく。

「・・・・・・すいません・・・・・・。」

ついにはうなだれて、消え入りそうな声で謝る。








・・・まったく。








「・・・ちゃんと面倒を見るんだな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「ちゃんと面倒を見ろといったんだ。できないのか?」

「い、ぃいや、できるっスよ!!!」

すごい勢いで首を振って答える。

その顔は言葉などでは言い表せないほどうれしさがにじみ出ていた。

本当にわかりやすいやつだ。





「本当によかったっスねぇ〜〜〜v」

嬉しそうに鳥に話しかける。

「ユーリ、ありがとうございます!」

満面の笑顔で私にそう言った。










その鳥は日に日に回復していった。

やがて怪我が治ってからもいつまでたっても空に飛び立つことはなかった。

「おかしいっスねぇ・・・。何で飛べないんスか〜?」

「もう怪我も治ってるはずなのに・・・。」

ここ最近、アッシュはこの台詞ばかり口にしている。

それほど心配なのだろう。

確かにその鳥は様子が少しおかしかった。

鳥は絶対に翼を広げることはなく、親代わりのアッシュの後を跳ねてついて行く。

最初のほうはアッシュも気に留めず、「かわいいっス〜♪」などと言っていたが、

こうも飛ぶ気配が微塵も無いとなるとさすがにそんなことは言っていられない。








ある日、私がリビングに入ると、床を跳ねる鳥がいた。

アッシュを探しているようだが、アッシュは買い物に出ていた。

このままでは踏みかねないので、とりあえず鳥を拾い上げる。

どこに降ろそうか周りを見渡したとき、ふと開け放たれた窓が目に入った。

ここから空でも見れば飛ぶ気になるのではないか そう思い、

窓の前に降ろしてやった。

鳥は窓の方に近寄り、時折首をかしげながら外を眺める。

不意に翼を広げた。






その場で必死に翼をばたつかせるが一向に飛ばない。

いや、飛べないのか?

溺れたようにもがいている。

めちゃくちゃな動きで必死に飛ぼうとする姿は見ているこちらが痛々しくなってくる。



もう別のところに降ろそうと手を伸ばした瞬間、



バランスを崩し、鳥は窓の外へと落ちていった。

小さく舌打ちをして私も身を乗り出し窓枠を蹴る。

幸い窓から地面までの距離は長く、鳥を助けるには十分だった。

落ちていく鳥を捕まえる。

手の中でなおも飛ぼうともがく鳥の羽を見てその異常に気がついた。




・・・・・・・・道理で飛べないはずだ。

2度目の舌打ちをした。







「ユーリ!なにしてるんスか〜?」

窓枠から身を乗り出し買い物から帰ってきたらしいアッシュが声をかける。

鳥を手に持ったまま部屋の中へと入る。

それをアッシュに手渡す。

探していた人物に会え、うれしそうに鳥は鳴く。

アッシュもうれしそうに笑いながら鳥に話しかける。

「ユーリに飛び方を教えてもらってたんスか?よかったっスね〜vそのうち飛べるようになるっスよ!!」









「・・・・・・アッシュ。」

「なんスか、ユーリ?」








「・・・そいつは、一生飛べない。」

「・・・え、なっ・・・!何でっ・・・?!」

「・・・・・・・・・・・風切羽を切られている。それを切られたら二度と・・・飛ぶことはできない。」

アッシュの前に見つけた誰かがいたずらにやったのだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」







「・・・・じゃあこの子は・・・。」

アッシュがつぶやくように喋りだした。

「・・・一生飛ぶことなく死んでいくんスか・・・?せっかく、飛べる体に生まれることができたのに・・・、
                  飛ぶことも無く、空の広さも知らずに地べたに這いつくばって一生を終えるんですか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺みたいに・・・・?」

飛べない俺みたいに。地上に置き去りにされて。

待つことしかできなくて。辛くて寂しくて辛くて。

飛べるならどんなにいいだろう。何度こう思っただろう。

空に憧れて憧れて。届くはずの無い自分の手を何度も伸ばした。

飛べないこの鳥が俺とだぶった。

不意に涙が頬を伝った。

純粋にこの子のために泣けない俺を怨んだ。






そんなことを言わないで欲しい。

気がつけば抱きしめていた。







いったいどれだけの時間こうしていただろう。







「・・・・・・空が飛べても、幸せにはならないんだ。」

抱きしめたまま諭すように言う。

別に気休めでいったつもりは無かった。

本当にそうだと思っている。

「・・・・・・あの広い空に一人きりで孤独をこれでもかと思い知らされる。」

上へ上れば上るほど。気温に比例するかのように孤独感が増していく。

地上に降りてお前の顔を見て、やっと。

やっと孤独感から開放されるんだ。その瞬間が好きで空へ飛ぶ。

いつでも幸せなことは地上にあって。












夜。

テラスの窓から三日月を眺める。

雲はひとつも無く月が銀色に光っている。

「アッシュ。ちょっと来い。」

「・・・?何スか、ユーリ?」

夕飯の支度がちょうど終わったらしく肩に鳥を乗せてアッシュが近づいてくる。

エプロンをつけたままだが。・・・・まぁいい。

「ぅわっ!!?」

「たまにはお前も空へ散歩と行こうではないか。」

アッシュを抱き上げて空へと飛び立つ。

「ユ、ユーリ!晩飯できたばかりなのにさめちゃうっスよ!」

「帰ってから温めればいいだろう」

「あぁ、もう・・・・・・・。」

そういうアッシュの顔は笑顔だった。

高度を上げて気温が下がっても孤独感が増えることは無かった。

むしろ、反比例するかのごとく暖かさが増した気がした。







これからは二人と1羽で行こうと思った。







「野生に帰せないのなら、名前を決めなくてはな。」

「あ、そうっスね!」

まぁ、鳩ではないからスマイルも大丈夫だろう。