CALL




「とりあえず、ハイオク満タン入れてもらおうかな…」
 拓海は、自分が今夢を見ているのではないかと思った。
 以前自分が聞いたのと同じ台詞が、今、また自分の前で繰り返されている。あの時と全
く変わらない、白い綺麗な車。かけられた綺麗な声。そして、何よりも綺麗な、それらの
持ち主───
「…涼介…さん!?」
 思わず、何でここにいるんですか? などと口走ってしまい、ガソリンを入れに来たん
だが。と、相手の失笑を買ってしまった。
 確かに、ガソリンスタンドに来ている以上、その目的は一つであろう。しかし、問題は
どうしてこのガソリンスタンドにいるのかである。
 彼の家も、学校も、ホームコースも、とてもこのガソリンスタンドの近くにあるとはい
えない───
「バイト、もう終わるんだろ?」
 にこりと微笑みかけられ、あわてて腕時計をのぞき込んだ拓海は、一つうなずいた。
「終わったら、暇か?」
「もちろんです!」
 本当に予定はなかったのだが、たとえどんなに大切な用が入っていたとしても、ここで
忙しいなんて言うはずがない。
 自分よりもずっと忙しい彼が誘ってくれることなど、滅多にない。誘うのはいつも拓海
の方で、でも、誘えば付き合ってくれる涼介に、もしかしたら自分が彼の特別の仲間入り
出来たのではないかと、ついつい淡い期待を抱いてしまう。
「それじゃ、その辺で待ってるよ」
 給油を終えた白いFCが走り去っていくのを、すぐに会えるとわかっていながらも、拓
海は名残惜しげに見つめていた。
「拓海ー、高橋涼介、何の用で来たんだよ!」
 そんな拓海に飛び掛からんばかりの勢いで、親友のイツキが駆け寄ってくる。イツキの
後ろには、やはり興味津々と言った表情の池谷と健二の姿もあった。
「…プロジェクトのことで、話があるって……」
「そっかー。あの高橋涼介直々に話をしに来るなんて、拓海やっぱすげーよな」
「オレ、親友として鼻が高いぜ!」
 とっさについた嘘に、三人は素直に感動している。
 嘘、といっても、拓海自身今日の涼介の用が何だかわかっていないので、厳密な嘘とは
いえないだろう。
「それじゃ、オレ、時間だからあがりますんで」
 スタッフルームに駆け込み、急いで制服を着替えると、拓海はそこに置かれている公衆
電話ですでに暗記してしまっている涼介の携帯の番号を押す。すぐに出てくれた相手に今
いる場所を聞くと、駆け足でその場へと向かった。


 まだ湯気の出ているコーヒーカップを前に、涼介はブックカバーの掛かった本を開いて
いた。
「お待たせしました」
 そっと声をかけると、すぐにぱたりと本を閉じて、拓海に笑顔を向けてくれる。しおり
を挟まずにそのまま本を鞄にしまう姿を見て、この人は自分が何ページを読んでいたのか、
きっと覚えているのだろうなと、変なところで感動してしまう。そんな彼の些細な部分を
知るのが、とても嬉しい。
「どうした? やけに嬉しそうだな」
 そんな拓海の様子を見て、涼介が面白そうに問い掛けてきた。
「涼介さんからのお誘いですよ。これが嬉しくないわけがないでしょう」
 そうか。と答える涼介も、何だかいつもよりも上機嫌なように見える。
「藤原、お前、今日誕生日だったよな」
 席に着いた途端、唐突にそう切り出され、拓海は唖然と涼介を見つめた。
「そう…ですけど、どこでそれを?」
「俺がそんなことも知らないと思ったのか?」
 涼介がくすりと笑う。そして、先程本を入れた鞄の中から、きちんとラッピングされた
包みを一つ取り出した。
「ほら」
 机の上に差し出されたそれを、拓海はただ呆然と見つめることしかできない。
「どうした、藤原?」
 少し怪訝そうにのぞき込まれ、拓海は驚きでカラカラになった口の中をコップの水で潤
すと、ようやく言葉を紡ぎだした。
「涼介さん、これ……」
「誕生日のプレゼントのつもりだったんだが…」
今日で間違ってないよな。と続ける涼介に、ただひたすら、何度もうなずいてみせる。
「本当、驚きました。まさか涼介さんからプレゼントもらえるなんて、思ってもみなかっ
た……」
「開けてみてもらえるか?」
 震える指でリボンをほどき、テープで止められた包装紙を開いていく。包装紙の中から
は、拓海も良く知ったメーカーの名前が印刷された、携帯電話の箱が出てきた。
「お前、電話持ってなかっただろ」
「はい」
 少し複雑な表情で、拓海はうなずく。
 涼介の携帯の番号をもらって以来、絶対に自分も携帯かPHSを持とうと思っていた。
そうしたら、誰にも邪魔をされずに涼介だけに電話をかけられる───
 けれど、それは自分の力でやりたかった。相手に恵んでもらうのではなくて、自分の力
で彼に一歩でも近付きたかった。
「使用料のことなら、心配しなくていい」
 拓海の表情を誤解した涼介が、安心させるように言う。
「俺が勝手に持たせたものだし、俺が払うさ」
「だけど…」
「プロジェクトの事とかで、色々連絡取るときとか、携帯ないと不便だろう」
「プロジェクトの為、ですか?」
 我ながら、少しきつい声になってしまったかもしれない。涼介が、驚いた顔で拓海のこ
とを見つめていた。
「オレ、いつかは自分で携帯持ちたいって思ってました。そうすれば、好きなときに涼介
さんに電話できるし……。だけど、必要だから持たされるんじゃなくて、自分の力で追い
つきたかった」
 ぐっと机の下で両手を握りしめる。
「必要だから。じゃ駄目なのか?」
「オレ、早くあなたに追いつきたいんです。早く大人になりたい。あなたに庇護される立
場じゃなくって、涼介さんを守れるくらい大人になりたい───」
 握りしめた指の爪が、手の腹に刺さって鈍い痛みを訴えていた。
「プロジェクトの為というのは、理由付けだ…」
 ぽつりと、涼介が呟いた。
「俺が、いつでも藤原と話が出来るようになりたかった。と言ったらどうする?」
「……本当ですか?」
彼の言葉を疑いたいわけではない。だけれど、あまりにも自分に都合の良い展開に、つ
い疑わざるを得ない。
 真っ直ぐに拓海を見つめてくる涼介の視線は、それが演技とは思えないくらい真剣で、
白い頬がらしくもなく、うっすらと紅に染まりかかっていることに気が付いた。
「オレ、涼介さんを信じますよ。──期待、しちゃいますよ」
 言外に後で後悔しても知りませんからね。と伝えると、涼介は無言で微笑みを浮かべて
みせた。
「だけど、使用料は自分で払います」
 それでいいのか? と問い掛けられ、バイトしてますから。と答える。
「わかった」
 涼介は一つうなずいた。
「ありがとうございます」
 拓海はにっこりと微笑む。そして、その時初めてその携帯電話が涼介の物と同機種の色
違いであることに気が付き、笑みの度合いを深くした。
「涼介さん、メモリの入れ方教えてもらえますか?」
 真っ先に、この人の番号を入れたい。正直言うと、他の番号なんて入れなくてもいい。
「それはいいんだが…、新しい携帯は、まず充電しないと使えないぞ」
 苦笑混じりにそう言われ、拓海はぽかんと携帯電話のセットを見つめた。
「どうする? すぐに家に帰って充電するか?」
「しません。後にします」
 意地悪っぽくそう言われ、むっとして言い返す。拓海の視界の中で、涼介が満足げな微
笑みを浮かべていた───。

〜fin〜







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