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啓介は、軽くガードレールに寄りかかり、不機嫌そうに闇に包まれた峠を見つめていた。 口の端にくわえている煙草から立ちのぼる紫煙が、不規則なリズムを刻んでいるのが、そ の不機嫌さを如実に表している。 「随分、思い入れているようだな」 「負けなくてもいい負けが〜」いう啓介の言葉を横で聞いていた兄──涼介──が、微 苦笑とともに彼の方を向いた。 「別に、思い入れてるわけじゃねえ」 返ってくる声は、やはり機嫌の良いときのそれとは違う。 「そうか? そのわりには、しなくてもいい勝負でハチロクが京一に抜かれた事をかなり 気にしているように見えるが?」 涼介は啓介の正面に回り込むと、自分よりも少し淡い色をした弟の瞳をのぞき込む。 「何か気にかかる事でもあったのか?」 啓介は、つと視線をそらした。 「…別に、大した事じゃない」 「それは、大した事じゃないって顔じゃないな」 話してごらん。というように、片方の肩に手が置かれる。 「本当に、しょうもない事なんだ……」 「それでもいい、話してごらん?」 啓介の言葉を促すように、涼介が軽く肩をたたく。深い闇色の瞳は、「俺にも言えない 事なのか?」と問い掛けているような気がして、元から兄には隠し事の出来ない啓介であ る。僅かな躊躇はあったものの、その唇は、ずっと考えていたことをつむぎだしていた。 「…ハチロクが、しなくてもいいバトルで抜かれた。もちろん、あれはバトルなんかじゃ ねぇ! だけど、皆が皆そう思うとは限らないし、抜かれちまったっていうのは事実だろ。 だから、抜かれた以上は「負けた」って言われちまう」 そうだな。と、涼介はうなずく。 「俺も、アニキも、あのハチロクにバトルで負けた。で、そのハチロクが今日須藤京一に 負けた。て事は、あの京一って奴がアニキより速いって言い出す奴が出てくるじゃねえ か!!」 言葉を続けるうちに、それと相成って感情が高まり、啓介は激高する。彼にとって誰よ りも速く(たとえ一敗したとはいえ)、そして誰よりも何よりも大切な兄に不当な噂が立 てられるというのは、絶対に許し得ないこと─── 「杞憂だな」 涼介は肩に置いていた手で、くしゃりと啓介の頭を撫でた。 「言いたい奴には言わせておけばいい」 「だけど…」 「そんな噂など、俺と京一のバトルが終わるときには、誰も口にしないさ。 それとも、お前は俺が負けるとでも思っているのか?」 「アニキが、あんな奴ごときに負けるわけないだろ!」 その言葉を聞いて、涼介が満足げにくすりと笑う。 「京一には、絶対勝つ。自分のために。そして、そうだな…」 そこで涼介は再び啓介の髪を撫でると、 「啓介、お前のためにも───」 頂上の方から、二人を呼びに来た声が聞こえてくる。 啓介から離れ、歩き始めた涼介 は、最愛の弟だけに見せる兄の表情から、レッドサンズのリーダー高橋涼介の表情に変わ っていた。 「啓介、行くぞ」 そして、後に行われた涼介VS京一のバトルの結果は、既に周知の通り───。 〜fin〜 |