抜き身(抜付)
新堂が刀術ではなく杖術を習いたいと言ったわけは、刀が怖いからだ……と
聞いた憶えがある。理由は知らない。聞こうと思った事もない。刃のついたもの
は厭だから、体術や、杖術をやりたいというのなら、それはそれでいいと思って
いたんだ。
それが、急に真剣の使い方をおぼえたいと言い出したのは、蛇蛟隊への入隊
資格を得るためだという事だった。つまり、実戦的な使い方を身につけたいって
事なんだよな。
「刀、持って来たな」
「はい」
新堂が巡回班の隊服姿なのは、まだ新鮮に映る。今まで帯刀した事がないか
らだろう、刀はやや落とし差し気味になっていた。それを直してから、俺は、自
分の刀に軽く手を添えた。
「では、これから抜刀術を教える」
「えっ……」
新堂が珍しく動揺した。
「まず、見本を見せる」
腰を少し落とす。いわゆる居合腰というやつだ。
左手で柄のあたりを握り、鯉口を切った。
息を鋭く吸い込みながら刀を右手で抜くと同時に右足を前へ踏み出し、正面
へ一文字に斬りつけた。
本来なら、この抜付から斬撃、血振り、納刀までが一連の動作になる。それ
に、そもそもは刀の扱い方から教えるべきなのかもしれない。でも、俺はあえて
新堂に「抜く」ところからやらせてみる事にしたんだ。
新堂がぎこちなく腰を落とし、刀の柄に左手を添える。右手が柄にかかる頃
には、もう、それが小刻みに震えていた。全身が、硬直しきっている。
「……どうした。抜かなければ何も始まらないぞ」
新堂の額に汗が滲み始める。顔色も、紙のように白い。それでも、俺は、新
堂から視線を逸らさなかった。
刀の柄に両手を預けたまま、次第に息を浅く、速くはずませて、今にもその
場に倒れるんじゃないかと思った瞬間、ふいに新堂の肩から力が抜けた。足を踏
み出すと同時に、刀が鞘走り、不正確ながら右へ水平に薙ぎ払う。
「……抜け……た?」
呆然としたその顔。
そして、ようやく頬に血の色が戻ってきた。
「……これで宜しいですか?」
ぎこちなく右手に抜き身を提げたまま、新堂が言う。
俺は、何と言うべきか、少し迷った。
勿論、新堂の抜刀は、平均からすれば到底褒められたものではない。でも、
刀を怖がっていた事情からすれば、一般的な基準を当てはめるのは気の毒だろう
とも思う。
「初めてにしては上出来だ」
結局、そう言って、俺は新堂に刀を納めさせた。
「今のを、抜付(ぬきつけ)という。まず、抜付だけ、自然にできるようになるま
で練習してみるか?」
もう一度見本を見せる。
刀の重みと、バランスと、それを握る感覚に慣れるのが一番いい。勿論、抜
けたからといってそれで闘える事にはならないが、何事も、一歩目を固めるのが
大事だからな。