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調息


  真剣で抜刀する。上段から振り下ろし、青眼につけて立法。同様に素振りを
する。これが、新堂と仁科、杉村が繰り返していた稽古だ。実戦を目指しての稽
古で、しかも、なるべく早く、少しでも実際に使えるように、変則的な教え方を
している事は否めない。本当なら、ある程度剣術の稽古をしてから巡回班に行く
のが理想的なのかもしれないが、こういうパターンもあるっていうのは仕方ない
話なのかもな。

  俺は、しばらく、三人が稽古するのを見てから、道場の一隅に全員を集めた。
百合にも声をかける。
「だんだん、みんな形が出来てきたけど、立法の時に体がぐらついたりする。そ
れは自覚してるか?」
  三人が三様に頷くのを見て、その場に腰を下ろすように言った。
「新堂は柔道をやっていたから、もしかすると、調息について習ったかもしれな
いな。仁科や杉村はどうだ?」
  俺は、膝の間に百合を座らせ、後ろから抱きかかえるようにした。
「今日は、調息について少し説明する。同じ女子の体で部位を示した方がわかり
やすいだろうから、百合に協力してもらう」
  耳元で、百合もやるんだぞ、と囁いた。
「武術をする時には、口から息を吸い込んではいけない。必ず、鼻から吸い込む」
  百合が息を吸うのを待ち、腹のあたりに右手をかざした。
「そうすると、自然に腹がふくらんだり引っ込んだりするのがわかると思う。ど
うだ? わかりにくければ、口で吸ったり吐いたりした時と、自分で比べてみる
といい」
  百合に鼻からの呼吸を続けてもらいながら、三人の様子を見守った。
「慣れてきたら、今度は、その呼吸をなるべく長くするように」
  軽く、百合の腹を押さえたまま、言葉を続ける。
「呼吸する時、息が鼻から入って、へその下まで巡るようにイメージしてみると
いい。それに慣れたら、もっと下まで。かかとから頭の先まで巡っているところ
をイメージする。しばらく、続けてみよう」
  百合を抱きかかえるようにしたまま、俺自身も調息した。
  基礎から全部やり直せと言われて、去年の一月から二月にかけて、道場の外
で調息しかやらせてもらえなかったのを思い出す。
  百合の呼吸が、次第に、俺の息の長さに合わさってくる。

  頃合いを見計らって、俺は木刀を手にして立ち上がった。
「調息したまま、全員、立って帯刀。抜刀して上段」
  俺自身は、左手に提げた木刀に右手を添え、三人に教えた抜刀動作を行って
から上段につけた。
「息を吐きながら青眼につける」
  鋭い吐気とともに、木刀が唸り、青眼の位置でぴたりと止まった。
「この呼吸を、『息を突く』と言う。斬る時は、必ず、息を突く。重心は、調息
した時に息が巡った一番底のところ、へその下に感じるといい」


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