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振りかぶり


  剣術を。教えないと。いけない。それは、十萌と、かんちゃんと約束した事
なんだからな。それでも、剣道場を見回すと、つっと痛みを憶えるんだが、いつ
までそうしている事もできない。
  本身を使って素振りをしている十萌と杉村、仁科の方へ歩を進める。
「全員、納刀」
  各々が刀を鞘に納めるのを待った。
「個人的な都合で、続きを教える事を先延ばしにしていてすまなかった。三人、
とも、素振りがかなり形になってきたと思う。では、木刀を持ってくる様に」
  なるべく、本身を使って稽古をするという目的に反する言葉だから、三人が
三人とも、顔を見合わせるのがわかった。でも、俺が何も言わないから、壁に架
けてある木刀をそれぞれが手にして戻ってきた。
「十萌には一度教えたが、斬撃をもう一度教える。上段からの振り下ろしとは少
し異なる。最初から本身を使って稽古すると、怪我をするかもしれないから、ま
ず、木刀でやってみろ」
  俺が手にしているのも、木刀だ。
「丹田で呼吸をはかる。ふりかぶった刀は、頭を越して背中につくと思われるく
らいのつもりで」
  仁科が一番とまどった顔をしているか。剣道で教える上段より、もっと後ろ
に引くような印象を受けるのだろう。
「正面に敵が見えるつもりで切り下ろす。必ず、敵の脳天から股まで断ち割るつ
もりで一気に斬る」
  実際にやってみせた。
  木刀が風を切り、腰から右膝が前へ進む。青眼よりやや下まで切っ先が下り、
ぴたりと止まった。
「危ないというのは、いきなり本身でこれをやると、体が持って行かれて、自分
の足を切るはめになる場合があるからだ。刀は腰で使う事。棒立ちになって振る
な。実際の敵は、一撃必殺とはいかないから、切り下ろした後も油断せずに敵を
見る。これを目付という。刀で一撃したからといって、人間、そうそう死ぬもん
じゃないからな」
  欲を言えば、他にも敵がいるかどうかに注意をして、落とし目の目付だけで
なく、もうひとつやらせてみたいところだが、最初から何もかもはできないだろ
う。
「まず、これができるようになれ」


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