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正中線


「振りかぶる時に、腹を突き出すな」
  やや苦笑混じりに、俺はそう声をかけた。大きく振りかぶろうとして、かえっ
て体を背中の方に持っていかれる。そうすると、前方に腹がせり出す形になる。
これはバランスが悪い。
  勿論、最初のうちはそれに目をつぶって、思いきりふりかぶる事を優先して
稽古した方がいいんだが、いつまでそうしていると、悪い癖がついてしまう。
「丹田、つまり下腹に力を入れて、腰を据える。そのつもりで、今までと同じよ
うに振りかぶってみろ」
  三人の様子を見ると、ようやく、きれいに止められるようになってきている
ようだ。だが、まだまだ、中心線から刃先がずれる。
「三人とも、ちょっと、表へ出ろ」
  俺は適当な枯れ枝をみつけると、差し添えの小柄を抜いた。小柄というのは、
大刀に添える小さいナイフのようなものだが、見本にするにはこれで充分だ。
「物を切る時、このように、刃をまっすぐに立てなければ、きれいに切れない」
  三人とも、真剣な表情で、俺が小柄の刃を枝に対してまっすぐあてがうのを
見つめている。
「たとえば、こんな風に、刃をあてる角度がずれると、どうなるか」
  今度は、枝に対して刃を傾ける。
「さっきよりも力をかければ、斜めに断ち落とす事だってできるが……」
  刃の傾きを更に大きくした。
「角度が大きくなればなるほど、刃は横滑りして、切る事はできなくなる。良く
て、表面を削るだけ、さもなければ、まるきり滑って別の方向へ刃が落ちてしま
うんだ」
  ゆっくりと角度を変えながら、刃の動きをなぞってみせた。
「わかるな。みんな、刀を操るだけの筋肉がまだできていないから、実戦で本身
を扱おうと思えば、最小限の力で、必殺の斬撃を繰り出さなくてはならない。そ
のためには、刃を傾けない事だ。正しい姿勢で、大きく、無理なく、振り下ろす」
  小柄を納め、今度は抜刀して、相手の面を断つ大上段からの一撃をやってみ
せた。
「これができるようになれば、何故必殺か、わかるか?」
  納刀しながらそう言って、十萌を前へ差し招く。あとの二人と対面して立た
せ、十萌の眉間から鼻筋、鼻の下、顎、脊柱に沿って胸、腹、鳩尾と軽く触れて
いく。
「これが正中線で、人体の急所はこの上に集中している。勿論、これ以外の急所
もあるわけだが、まっすぐ相手の脳天から下に斬り下ろせば、刀は正中線に沿っ
て相手を斬る事になる。必ず、急所に当たるわけだ」
  俺が今教えている三人は、全員巡回班士なんだよな。
「断固としてあたれば、一撃必殺となる理由は、そこにある。つまり、この構え
でためらわずに攻めれば、相手を殺せる。ていうか、死ぬな、相手が」
  ごくりと唾を飲み込む音がしたような気がした。
「抜いたら、殺す覚悟で斬れ。手加減しようなんて思ったら自分が負ける。刀に
手をかけた時は、その気構えを見せろ。覚悟ができなければ、抜かない事だ」
  俺は一息ついて、三人を見渡した。
「……怖いか? 怖いとか厭だとか思うなら、本身を腰にして歩くのは、やめた
方が良い」


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