第1回 本構え
城崎先輩との稽古を、新堂が見ていたのに気づいたのは、再び攻守を替えて
打太刀を勤めた後だったと思う。
「武器術もやってみたいと思っていたんですけど、刀はあまりやる気になれなく
て」
杖に興味あるのか、という俺の問いに、新堂はそう答えた。
刀術が主体の俺としては、ちょっと苦笑せざるを得ない。でも、この間、悪
徳大路で新堂が真剣を相手にしてきた事を考えると、その気持ちは何となくわか
る。後で聞いた話だと、目の前で榊原先輩が敵を切り伏せるところも見たらしい
し。講道館柔道の新堂には、刺激が強すぎたのかもしれない。その点、刀術と違
い、杖術は基本的に相手の殺傷を目的としているわけじゃないからな。
「ちょっとやってみるか?」
「はい。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる新堂。俺はあんまり人に教えるのが旨くないし、神崎先
輩やかんちゃんみたいな事ができるかと言われれば、自信ないけどな。手ほどき
くらいなら、何とかならない事もないだろう。
道場備え付けの杖を二本持ってくると、俺は一本を新堂に渡した。
「まず、構え方からいこう」
杖(註1)というのは、特徴のない木の棒にすぎない。刀のように決まった形
をしているわけでもなければ、槍などのように、穂先と石突に先端が分かれてい
るわけでもない。という事は、刀や槍と違って、どんな風にも持つ事ができるっ
てわけだ。両端を持っても良いし、真中を握っても良い。
とはいえ、勿論、武器とした場合に一番自然に握るとすれば、どちらかの端
を両手で持つ事だろう。
「杖を提げる」
杖の中程を左手(註2)で軽く握り、拳の、指がある方を下に向ける。杖の一
方の端は左の脚に沿い、もう片方は、肩につくような感じだ。この時、腕に力は
入れない。手は腰の下に付けるようにする。
「力まなくてもいいぞ。そのまま調息してみろ」
得物を持つのが初めてだからか、新堂の体はちょっと緊張しているようだ。
「持ち手に対して、上、つまり指の向かっている側が杖先。反対側が杖尾だ」
自分の杖の先端を示して説明する。
「元の構え」(註3)
提げた杖を床に対してほぼ水平に近い形にした。勿論、完璧に水平というわ
けではなく、杖先は少し上を向く。
「左手は、まだ、体に付けたままでいい。あ、押しつけるなよ。自然体で持って
みろ」
説明が難しいな。……構えって言うからいけないのか?
「新堂、そのままでちょっと見てろよ?」
元の構えから、基本的な構えへの移行を幾つか実演してみせた。
「わかるか? つまり、元の構えっていうのは、実際の構えに移るための予備動
作だと思ってくれ。どういう形にも持っていける基本の姿勢だな」
屈まないように、と注意しながら、新堂の肩を少し起こす。体術の構えで背
をまっすぐに伸ばす事は、あまりないよな。でも、得物を持つ時は背中で支えな
いといけないから、しっかりと体を起こしてなくちゃいけない。
「では、元の構えから本手構えに入る」
新堂に解るように、手元を見せながら左本手構えを取った。
「右手で杖尾を握り、左手は拳三つくらい離して握る。杖に対して手首が直角に
ならないように、斜め下から持つような感じだ」
一旦自分の杖を下に置き、手を添えて新堂の握り方を直す。
「杖尾を握る方の手は、手首が返らないようにするんだ。常に、上から杖を持つ
ような感覚だな。右手はもうちょと下。杖尾ぎりぎりのところを持て。左手は、
引きつけないように。ん、そんな感じかな」
改めて自分の杖を拾い、元に構える。
「今、新堂が握っているのが、左本手構えの時の握り方だ。そのまま左足を前へ。
杖先は、相手の目の高さくらいが基準だ」
左足は、左肩より少し前くらい、と足位置を直す。
「できそうか? それじゃ、元の構えから左本手構えへ」
見本を見せた。元の状態から左足を出し、杖を持った左手も同時に前へ出す。
右手で杖尾を握り、左手を引いて定位置にする。杖尾はおおむねへそ下、杖先は
相手の目があるあたり。俺は背丈がある分、大抵、杖先が手元に対して低めにな
る。
「元へ」
右手を後ろへ引き、左手を杖のなかほどへ滑らしてから右手を離す。右足は
左足に付けて、元の構えに戻る。
二十回ほど繰り返して、新堂が慣れてきたところで、今度は右本手構えを教
えた。左手と右手の位置が逆、出す足が右になるだけで、基本的には左本手構え
と同じだ。元に戻る時だけ、右手を引いて一旦杖の両端を握るような形にしてか
ら、左手を杖の中程に滑らせるようにする。そこの違いがあるだけだ。
「杖の扱いに慣れないとな。まず、本手構えの取り方だけ、練習してみるといい」
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注釈
註1:日本剣道連盟では杖(じょう)の定寸を長さ4尺2寸1分(約128cm)、太さ8
分(2.4cm)と指定しているが、本来、長さは決まっていない。杖術と棒術も本来区
分されるものでなく、また、錫杖などのようにどちらか一方の先端に工夫を凝ら
したものもある。
註2:現代の杖道では、右手に提げる。但し古流では左。徹は杖道を学んでいる
わけではなく古武術の見地から杖を使っているため、ここでは左とした。
註3:杖道でいう「常の構え」にあたる。
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