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第4回 基本の打撃


「十萌?」
  剣道場に入り、斬撃の練習をしていた十萌に声をかけた。木刀を納めた十萌
が振り返るのを待って、右手に持った杖を上げて見せた。
「久しぶりに、やろうか」
「はい」
  微笑する十萌が木刀を置いて杖を取ってくるのを待って、一通り、構えの復
習をさせてみた。本手、逆手、引落。最近は刀術中心になっているが、杖術もそ
れなりには稽古していたようだ。
「よし。それじゃ、今日は実際に打ち込んでみよう」
  最初は、俺と十萌と、左右に並ぶ。
「斬撃の稽古をする時と同じだ。正面に敵がいると考えて、その顔面を打つ」
  本手に構え、一旦杖を引いてから、一気に繰り出す。
「単に構えの練習をしているのとは、心構えが違うだろう。気合を入れて、打っ
てみろ」
  十萌の顔つきが、きりっと引き締まった。
  杖を引き、踏み出しながら一気に突き出す。最近は、得物を持った時に見せ
ていた微妙な躊躇いが薄れ、所作から隙がなくなってきている。
「同じく、逆手」
  本手と逆手は、簡単に言えば、握りの向きが異なるだけで、基本は同じ技だ。
「引落」
「はい」
  基本の三つの構えのうち、これが一番大きな動きとなる。
  単独での打ち込みをしばらくさせてみて、今度は俺が十萌と相対した。
「よし。今度は、俺に向かって打ち込んで来い。まず、本手」
  十萌の顔が、更に引き締まる。
  俺は杖を中程に構えているんだが、なかなか打ち込みに来られないらしい。
十萌の額にうっすらと汗が滲んだ。
「顔を狙え。来い!」
  言葉を投げると同時に、ごく僅かだが、杖先を右に動かした。隙を作って見
せたんだ。
  吸い込まれるように十萌が動く。
  まっすぐ、顔面に突き込まれてくる杖先を、外へ払った。
「まだまだ!」
  実際の人間を相手に杖をふるうのは、十萌は初めてだ。最初は緊張して動き
が固くなっていたが、繰り返し繰り返し、打ち込ませていると、だんだんその堅
さが取れてくる。
  本手、逆手、引落、いずれも、構えという形で積んだ稽古を、実際に打ち込
みへ持っていっているだけなんだが、単独で繰り返し型を稽古するのと、相対し
て同じ事をするのでは、自然と動きのリズムが違ってくるものだ。
「やめ」
  十萌に声をかけておいて、今度は俺が杖を置き、木刀を手に取る。そのまま
青眼に付け、十萌に構えさせた。
「さっき、俺の顔めがけて突いた呼吸で、今度は俺の構えを崩してみろ」
  一瞬躊躇った十萌が、思いきり、杖先を木刀に向けて叩き落として来る。俺
はそのまま打たれるにまかせて、青眼につけた太刀先を床へ落とした。
「その呼吸、もう一度!」


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