CONVENIENT



夢の中で、雨が降っていた。
目が覚めても、雨の音。
しかし体中にまとわりつく湿気に、
かすれた寝起きの声で呟いた。


「こっちが現実だ…」


「…寝言か?」
振り返るランチに、力無く手を振って。
「いや、今起きた」
降った手を額へ。
ベッタリとした肌の感触に、思わず顔をしかめる。
「夢を見ていたよ」
現実と大差のない夢。
PCに向かって何かをしていた。
何かをしながら、いつものように考え事を。
目が疲れたので少しソファに横になって。
目を瞑れば、雨の音。
目を開ければ、雨の音。
「夢とは、忘れる作業を垣間見ているものなんだそうだ」
一説のよれば。の話だけれど。
「考え事をしている夢だった」
「覚えてたんじゃ、忘れる作業の意味がねぇな」
ランチは何か作業をしながら、背中で小さく笑う。
「そうだね」
同じように、小さく笑った。
「タバコを吸えば煙が残るし、タバコを消しても匂いが残る。でも…」
僕が消えても、何も残らない。
「まだ寝ぼけてんのか?」
眉をひそめる気配。
「いや、夢の中の考え事の話だ」
煙も見える、煙る匂いも残る夢。
ほぼ現実と相違ない…
「ログが残る方が、現実っぽいなと思ったんだよ」
「そいつを確認するのは、現実にいる誰かだけどな」
仮想現実ではなく、現実にいる誰か。
「PCだって、現実にマシンが無けりゃ動かねぇ。…出来たぜ」
カチッと何かをはめこむ音。
「あぁ、頼んでおいた不良CPUか…さすが、やる事が早いね」
手にしたそれをデスクに置いて、ランチは立ち上がる。
「起きたならシャツ取り替えろ」
「え? あぁ、少し汗をかいているから…?」
「違う。襟のあたり、見てみろよ」
「………?」
不思議に思い、襟元を引っぱった。
黒い点が一つ。
それに続いて胸から脇腹に向かう斜めの黒い線。
…ちがう。焦げ後だ。
「寝たままタバコ吸うなって言っただろ」
「ハハ…またやっちゃったみたいだね」
笑って誤魔化しながら、シャツのボタンを外し、ランチに手渡す。
少し乱暴に投げられた新しいシャツを羽織って。
「夢の中では、落とさなかったんだけどなぁ」
独り言のように呟く。
「都合の良い夢だ」
冗談のように曲げた口元。
…そういえば。
「夢の中で、君に怒られたことは無いな」
「いつもニコニコしてんのか? 気味悪ぃな、それも」
「いや…」
口にして、しばらく、考える。
顔を上げて。
「君が夢に出てきたことはないよ」
ランチは、少し面食らったような顔をして。
それから、背を向けた。
「そいつは、どうも」
「………?」
礼を言うランチに、首を傾げる。
ランチは、背を向けたまま。
「夢ってのは、忘れる作業なんだろ?」
焦げシャツを丸めるように縛って、ゴミ袋へ。
「あぁ…だからか…」
「そこで納得すんなよ。灰皿取ってくれ。ゴミ捨てに行く」
少し照れたように、仏頂面で。
伸ばされた手に、灰皿を乗せた。
「…タバコの吸い殻は捨てちまうけど…」
ゴミ袋の口を縛って。
「あんたが消えたら、俺が探すぜ」
「…え?」
「あんたの、夢に見た考え事の話」
言い残して、ゴミと共にランチは出ていった。
しばらく、唖然として。
それから思わず吹き出した。
「なるほどね…」
サラサラのシャツで、再びソファに横になる。
抑えても漏れる含み笑いに隠して。
「やっぱり、こっちが現実だ」


彼のために買ってきた不良CPU。
照れ隠しに使ういつもの仏頂面。
汗ばんだ肌に真新しいシャツ。
帰りを確信できる広い背中。
全て、都合の良い現実。



TOP Q小説跡地 裏小説跡地