ダイオードの海


シンプルな包装紙をビリビリに破き、箱を開ける。
「それ、土産じゃねぇの?」
ナッツの入ったチョコレートを箱から取り出しほおばるスプーキー。
「もう二箱あるから大丈夫だよ?これは僕の分」
…なんつー顔してんだよ。
オヤツを食べてるユーイチと同じ顔。
幸せで幸せでどうしょうもないって顔。
「ランチも食べるかい?」
そんな笑顔を向けられて、少し、力が抜ける感じで。
「かんべんしろよ」
微笑みを返しながら、眉をひそめ、そっぽを向く。
甘いものは苦手だと言うのを知っているくせに、こういった事を言う。
そのいたずら心が、人を安心させるのだろうか。
彼との会話は面白い。
その独特のテンポや、イヤミな言い回しが、人を傷つけることは、決してない。
そういう彼の言葉が好きで、だから携帯しているノートパソコンを出す事もなく。
「気に入ったのか?それ」
こんな風に、たいして意味のない言葉を問いかけにして、長い空の旅に飽きもせず。
「君には、わからないだろうけどね」
声を出して笑うスプーキーに、呆れたように。
「あんまり食い過ぎると、鼻血吹くぜ?」
そう言って、ふっと気付く。
「…それ、たぶん成田にも売ってんじゃねぇかな」
「ホントかい!?」
少し驚いて、でも笑顔で。
「じゃぁ成田でもう何箱か買って行こう」
…土産にするには不適当だったかもな。
そう言った意味合いで言ったんだが…。
着陸のためのシートベルトの着用を促すアナウンス。
スプーキーは慌ててチョコレートを口に詰め込めるだけ詰め込んで、
足元の鞄にその箱を押し込むと、シートベルトの金具を手に、悪戦苦闘しはじめた。
見回りに来たスチュワーデスが、
「大丈夫ですか?」
と声をかける。
「あ…あいりょうふえふ…」
本人はにっこり笑ったつもりだろうその顔に、固まるスチュワーデス。
金具のはまる音を確認した後、一礼して、早足で去っていったその足音に
反比例するように、笑いが込み上げる。
「…こっち向くなよ」
うつむき、肩を震わせ笑いをこらえるランチ。
同じようにうつむき照れた表情で口の中の物を必死に噛み、飲込むスプーキー。
「…ひどいなぁ。そんなに笑わなくても…」
ちらりと、横目でランチを見やる。
「…ランチ?」
「窓」
少し呆然としたような顔で、窓の外を見るように促す。
「え?今、夜だから真っ暗で何も…」
視界の端に、光が、見えた。
え…?
はるか遠くに立ち並ぶビルと、あれは…東京タワーだろうか。大きな鉄の塔。
そこからしばらく真っ暗な世界があって、たぶん、今から降り立つのだろう、光の道たち。
まるで…
「基盤…みたいだね」
「…俺も、そう思った」
苦笑混じりに、スプーキーの顔の横から窓の下を眺める。
光を放たない建築物の周りを幾つもの光が囲み、そこから伸びるたくさんの光の道。
今からそこに降り立ち、情報となって光の道を走る自分達の姿をイメージする。
「僕達は、自分達の手で作り上げた物の上で躍らされるために、物を創造している。って事かな」
そんな悲観的な事を言いながらも、瞳の輝きは止められることなく。
その、少年のような、表情。
「あんたらしいな」
「ん?君は、違うと思うのかい?」
明らかに、違う答えを答えて欲しそうに、微笑む。
「俺が物を創造するのは…」
サングラスに反射する、光の海。
「作りたいから、作ってんだよ」
ニッと細めた、優しい、目。
そう、答えて欲しかったんだ。
そんな風に、笑みを返して。
「…君らしい答えだよ」
着陸体勢に入ると言うアナウンスが聞こえる。
光の海は、もう近づきすぎて、ただの光りとなって。
大きな社会と言うコンピュータの中の小さな基盤の一筋の道に、僕らは降り立つ。
近すぎて、強すぎる光に。
その大きな社会と言う名のコンピューターに。
「……飲み込まれちゃいそうだよ…」
体に伝わる、タイヤが地に付いた振動。
呟きに答える呟き。
まるで、自分に言い聞かせるみたいに。
「…そのための、スプーキーズだろ?」
不安で、不安で、不安で仕方がない僕ら。
地に足をつけて、歩き出しても。
僕らが、僕らでいられますように。
僕達の、祈りの言葉。
「………そのための、スプーキーズ…だからね」



TOP Q小説跡地 裏小説跡地