僕になるためのエチュード


「むかし、シャボン玉に触った事があったんだ」
唐突に話を始めるスプーキーに、ランチは顔を上げた。
「透明で虹色のシャボン玉は、触ると割れて、その滴が目に入ってすごく痛かったんだよ」
まるでそこのシャボン玉があるように、手を伸ばしながら。
「触れてはいけなかったんだなぁって…すごく、良く解った」
宙に泳がせていた手をぎゅっと握って、その手を下ろす。
「触れると、壊れちゃうものだったんだね」
ランチはその下ろされた手を掴んで、まるで巻き込むように引き寄せる。
「あんたも、そうだって言いたいのか?」
しっかりと抱きかかえて、その存在を教えたい。
スプーキーが自分にとってどれだけの存在感を持つのか、教えたい。
そんな風に。
「…あんたはこうしたって壊れないだろ?」
「ううん。壊れちゃうよ」
くすくす笑って。
「君にこうされると、僕の中にある物がひとつひとつ壊れていくよ?」
背中から肩をぐるりと回るその腕に、うつむき、唇が触れる。
「ひとつひとつが壊れていって、最後に残ったのが、本当の僕なんだよ」
君の中にいる僕が、きっと本当の僕なんだ。
「君は、壊れないかもしれないけどね」
シャボン玉どうしがぶつかると、両方が壊れる時もあるけど、吸収される時もある。
「…でも君は、シャボン玉って感じじゃないなぁ」
「じゃぁ、なんだよ?」
「どちらかと言うと…」
そこまで言って、吹き出した。
「…なんだよ。言ってみろよ?」
急っつく風でもない、ゆっくりと言葉を待つランチに、ひどく落着きを感じる。
スプーキーは、少しもったいぶって喉を転がすと、
「どちらかと言うと、ひょうたんみたいだよ」
そう言って、もう一度吹き出し、そのまま笑い出した。
難しい顔をするランチ。
「だってそうだろう?いびつで、丈夫で、それから…」
自分の肩より後ろにある、振り向いても見えないランチに視線を向けて。
「名前を呼ばれたら、吸い込まれちゃうんだよ」
見えないランチがふっと笑ったのを、背中で感じて。
「じゃぁ、呼んでやろうか?」
声に少し、意地悪な感じがふくまれる。
「もう、遅いよ」
ランチの、胸と首の間に頭をコツンともたれて、回された腕を、引き寄せて。
「だってほら、僕はもう君の中にいるからね」



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