EXIST


フラフラと流れ着いたこの町に、しばらくの間腰を据えることにした。
インターネットカフェがある。
理由はそれだけ。
このあたりでは、あまりその類の物が普及されていないらしい。
とりあえず手始めに、そのインターネットカフェで推薦しているページを見に行った。
ちょっと探せばすぐに見つかる貸出用IDとパスワード。
それを拝借する。
噂屋。
どんな情報が網羅されているのか気になって見に行ったが、本当にどうでもいい噂話ばかり。
はっきり言って、つまらない。
ようやく一般的になってきたPCもネットも、所詮は娯楽でしかない。
暇を持て余し、手元にPCがある。
そんな人たちが井戸端会議の場所を代えただけ。ってところかな。
繁盛しているのも、そう考えれば頷ける。
おかげで僕らのような仕事を生業としている者は、隠れる所に困らない。
ありがたい話だ。
そのサイトは、結果的には面白かった。
別に噂の内容に興味はない。
ただ、そのページの作りとか、管理人の口調や話の内容…。
言ってしまえば、その管理人に、興味を持った。
【よう、また来てくれたか】
始めて噂屋を覗いて、現れたその文字。
いつものことだけど、なんだかおかしくなって、それから、寂しくなる。
結局それはIDに対する挨拶であって、本来の持ち主に対してでも、ましてや僕に対してでもない。
どこのサイトだってそれは当たり前で。
だけど、彼は違った。
【違うヤツだな?】
それには流石に、驚いたよ。
僕はまだ、何もしていない。
ただ、そこのTOPページにアクセスしただけだ。
興味だって、持つだろう?
【すぐに、止めた方がいい。それも一応、犯罪だ】
挙げ句のお節介。
たぶん初心者が面白半分に他人のIDを使って遊んでいると思ったのだろう。
でも残念ながら、僕は初心者と呼ぶにはあまりに色々なことを知りすぎている。
ネット上によくいる、正義を振りかざしたお節介な人種も山ほど見てきた。
あまり、好きなタイプではないな…。
それにしても、何故IDの持ち主が違うことが解ったのか。
それが気になる。
【ご忠告、ありがとう。何故、違うと解った?】
彼の返答は早かった。
【パターンが違う】
…パターン?
たぶん行動パターンの事だろう。
【何か、合い言葉でもあるのか?】
茶化して、返答を返した。
少し、間が空く。
【そっちのプロか?】
【打ち込みが早すぎたかな?】
【ひやかしなら止してくれ】
ずいぶん肝の座った男だ。
相手がプロだと解って、なお、そんな態度をとる。
よほどセキュリティに自信があるのか、ただのケンカ好きか。
【質問には、答えてくれないのか?】
とりあえず、何故解ったのか。
その答えは聞きたかった。
他のことは追々調べることが出来ても、人の観察から得られたパターンの違いは、調べようがない。
なにより、彼の目で見たパターンというモノを、知りたかった。
【噂の交換は人間相手にするモノだ。普通、挨拶くらいするだろ?】
…挨拶?
笑いが、こみ上げてきた。
そうか。
結局、誰よりも僕が、人をIDとしか思っていなかった。
そう言うことか。
挨拶をされてそのたび変な気分になっていた僕が変だったんだ、と。
【はじめまして】
笑い、震える指で、打ち込んだ。
この向こうには、彼がいる。
初めて、人に挨拶をした。
【いまさらか?】
返答。
彼が答えた文字。
もちろん、ネットを使って交わした会話の向こうには人がいるって事くらい知っていた。
でも、感覚で理解したのは、今。
【面白かった。また来るよ】
【今度は、自分のIDで来てくれよ?】
【そうするよ。ありがとう。おじゃましました】
回線を切って、ブラウザを閉じ、自分が使った形跡を掃除する。
それから、カウンターにいる、やる気のなさげな店員に代金を払った。
「あれ? お客さんID自前だから接続料はいらないよ?」
「すいません。前の人の貸出用IDを使ってしまったみたいで。
 お手数ですがこれで帳尻合わせておいてもらえますか」
「あぁ、それはかまわないけど…あれ? きちんと消しておいたはずなんだけどなあ」
悩む店員に背を向けて、それから、思い出した。
「さようなら」
定員は、聞いてはいなかった。
まるで、PCに向かって挨拶をしている感じに、苦笑する。
たぶん返事をされても、同じ感覚を味わうのだろう。
でも、彼は違った。
そこに人がいることを意識し、そこに人がいることを教えてくれた。
彼は別のIDの僕でも、僕と気付いてくれるだろうか。
PCの中でしか生きられないような僕を、現実に存在させ、形付けてくれるだろうか。
また、遊びに行こう。
そう思った。
口にするには少し恥ずかしい、そんな思いを、手近なキーボードに打ち込んで、外に出た。
【人と言葉を交わすことが、こんなに楽しいとは思わなかったよ】
ヤケに浮かれている自分がおかしい。
幾度もこみ上げる感謝の言葉は、彼に直接伝えよう。
いつか、会えるような気がするから。
その時にでも。



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