Grand...


自分のために、人の夢を奪うのは、もうたくさんだった。
分厚いダウンジャケットから滴るほどの傷。
当たり所が悪ければ、命だって落としかねない。
もう、自分のために夢を断念させるような事など、あってはいけない。
…守れなかった。
銃弾に倒れたその姿を、ただ唖然と見ていた。
熱い血が、一気に凍るような感覚に襲われた。
立ち上がり、額を地に。
マイナス10度の風が、湯気の立つ、落ちた血液を凍らせていく。
…俺が、流させた、血だった………。

「…どこか、痛むの?」
ようやく見付けた医者…魔女の元へ行くための身支度を整えたビビが、
消えてしまったタバコの火種に気付きもせず、一人甲板の樽に腰掛けた
サンジに声をかける。
「俺は、撃たれてないよ。痛いのは、ビビちゃんだろう?」
開いたジャケットから垣間見える、
包帯を巻いてもまだ血の滲んでくる肩に、目をやった。
我慢しているが、相当の深手だ。
傷痕も、残ってしまうかもしれない…
「ほら、また痛そうな顔…」
傷の深さを再認識し、表情の曇るサンジの頬に、手を触れた。
「大切な人を失った帰還兵と、同じ顔をしているわ」
冷たい頬を両手で包み、抱き寄せる。
「大丈夫よ…私も、ナミさんも…ここに居るわ。何も失ってない…」
柔らかな腹部に支えられた額。
切れそうなほど冷えた頬が、その腕に包まれ、温度を認識する。
…暖かい………
「王女様のやる事とは…思えないな…」
苦笑混じりに、そう言った。
「…力だけで、人は守れないわ…」
サンジの頭部に回した手で、ゆっくりと髪を撫でて。
「権力も、武力も。それだけで民を守ることは出来ないの」
民とは、民という個体ではなく。
王族も、また同じ事。
全て、小さな小さな、一己の人…。
とても、臆病な…
「あの銃を向けた人々も、大切な人たちを守ろうと必死だったのよ」
恐怖は人を凶暴にする。
そこに更なる恐怖を送れば、争いは避けられない…
「…国を守りたいと言う意志は、よく解るの。…許してあげて。あの人たちを…」
気が付けば、凍り、鋭利になった後悔も、発砲された憎しみも、溶けて消えていた。
「…だからアラバスタの連中は、ビビちゃんの帰りを待ってるのか…」
ゆっくりと流れる体内の血液に、鼓動に。
「立派な…王女様だよ。ビビちゃんは…」
目を伏せながら、そう言った。
目前にあった小さく華奢な身体は、目を瞑れば無限に大きく。
包まれた温もりに、その器を感じた。
自分の小ささを、認識した。
これほどまでに容易く、荒んだ心を癒せる力。
彼女が居れば、アラバスタの暴動も、鎮めることが出来るだろう。
そう、確信できた。
…こんな所で、時間を食うわけにはいかない。
「早く、帰らなきゃな。アラバスタへ」
もたれた上体を起こし、立ち上がる。
「ええ、早く、ナミさんの病気を治して…」
その言葉に、ビビの傷を思い出した。
「痕…残っちまうな…」
「傷痕くらい、気にしないわ」
軽く言うビビ。
「でも王女様って言や、肩の開いたドレスとか着なきゃならない時もあるだろ?」
女の子の肩に残る傷跡なんて、普通の子でも気にする。
それが、大勢の人前に出なければいけない立場。
大勢の人の目に触れる立場だ。
気にしないと強がったところで、やはり辛い思いをするのではないか…?
しかし、そんな心配は無用だった。
「大丈夫。私は、容姿で民を動かしているワケじゃないもの」
微塵の曇りもない微笑みに、思わず、目を細めた。
ケムリの出ていないタバコを噛むように笑って。
「おっしゃる通りです王女様…しかし…」
おどけるように、しかし真顔で。
「あなたの容姿にも心動かされた男がここに居るという事を、お忘れなく…」
すくった白い手の甲に口づけ、微笑んだ。
女性とは、不思議な力を持っている。
時として全てを包み込む大きさを見せる。
そしてそれとなく、人の心を動かしてしまう。
特に、彼女は………
偉大なる航路の、偉大なる王女。
その称号に続く彼女の名を耳にする日も、そう遠くはないだろう。
その為にも…。
「…まずは、魔女探し…か」
「ええ…!」
返事は、一面の銀世界よりも眩しい、幼さの残る笑顔から。


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