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トレーラーハウス内で雨が降る。 そんな事はありえないはずなのに、ユーイチの帽子に何かが落ちてきた感触。 触れると、水だった。 「えぇ…雨ぇ?」 だけどトレーラーハウスの中で雨が降ることはありえない。 上を見上げると両目と鼻の間あたりにもう一粒。 さすがのユーイチにも、事の重大さが理解できる。 一瞬青くなって、 「ら…ランチぃぃぃ〜!!!」 どこに居るとも知れないランチの名を大声で呼んだ。 「買ったばっかじゃなかったか?これ」 滴のしたたるエアコンの水滴を応急処置ていどにタオルで拭き続けているが、 一向に回復の兆しは見えない。 「スプーキーズが結成されてまだ一度も夏を越したことが無いんだよ? 買ったばかりも何もないだろう」 ジャンク屋でパーツ探しをするのは得意でも、中古セールでエアコンを選ぶのは話が違うらしい。 ちょっと屈辱を感じるのだろうスプーキーは、 ガスの切れたジッポライターを何度か擦って、火のないタバコに歯を立てている。 「なんだよ。珍しくライター持ってると思ったら、ガス欠か?」 左後ろのポケットから、ちゃちで半透明な100円ライターを取り出して、火を付けてやる。 「あ…ありがとう」 そう言って、でもライターをしまい再度手を突き出しているランチに、不思議そうな顔をする。 「…お駄賃でも欲しいのかい?」 「馬鹿かあんた。オイルの無いライターじゃ火は付かないだろ。入れといてやるよ」 「そうか。ありがとう」 たぶん解っていたのだろうスプーキーは、悪戯っぽく喉を転がし、 くすんだシルバーのライターを、その大きな手の平に乗せた。 「これ、なおせるかい?」 ランチと、その後ろのエアコンを見上げて。 「僕の部屋、エアコンついてないんだよ。暑いのは嫌だなぁ…」 「誰かの家にでも泊めてもらえよ。 修理は…取り付けぐらいなら何とかできるんだけどな。 下手に中身いじっても責任持てねぇよ。 知り合いに家電関係専門の奴がいるから、そいつに頼んでみる」 「…ランチはどうすんのよ?」 話の仲間に入りきれず銃の手入れをしていたシックスが、ここぞとばかりに声をかける。 その表情を見れば言いたい事は聞かずともわかった。 「ランチだってここに寝泊まりしてるんでしょ?だったら…」 「よかったなスプーキー。シックスんとこにでも行ってろよ」 「えぇぇ〜!?ずるいよぉ!オレもお泊りする〜!!」 ランチのジーンズのベルトにつかまってエアコンを見上げていたユーイチが、 小さな身体を自己主張するようにぴょんぴょん跳ねさせた。 「何でユーイチまで来んのよ!?だからランチはどうすんのって…」 「ランチも一緒にお泊りするんでしょぉ?」 「いや、俺は別に…」 「わーい!!みんなでシックスのおうちにお泊りするっておうちに連絡して来るねぇ〜!!」 脱兎の如くトレーラーハウスを飛び出すユーイチ。 まるっきり人の話を聞く気の無い後ろ姿を見送って、スプーキーはシックスをながめた。 「…大丈夫なのかい?みんなでおしかけちゃって」 そう言いながらも、遠足前夜の子供のような顔になっているスプーキー。 「あ、部屋数あんのよ。俺んち。 親が経営してるマンションだから空き部屋使っちゃってもいいし」 まるで言い訳をするみたいに必死に言葉をつづるシックスの頭に、優しく手を乗せた。 小さく、微笑んで。 「…君たちと一緒にスプーキーズでいられて、良かったよ」 有能なハッカーを探していた。 でも探し当てた物は計算外の子供たち。 まるっきりの計算外は、スプーキーにとって新しい物で。 計算外だから、こんなにも嬉しい。こんなにも楽しい。 予想できない展開が、ひどく、待ち遠しくて。 だからこんなに、きれいな気持ちになれるんだとしたら…? 「さて、僕もお泊りの仕度をしなくちゃ…!」 今にもスキップでも始めるんじゃないかと言うほどウキウキした感じで、 大量のフロッピーをアタッシュケースに詰め込むスプーキー。 はっきり言って、これから外泊する大人のする事じゃない。 「…スプーキー。ここにあるデータ、ほとんど俺んちのPCにも突っ込んであんのよ?」 「えぇ!?そうなのかい?…どうしよう…何持っていったら良いのかな…?」 いつになく真剣に悩んでいるスプーキーに、呆れたような苦笑をもらすランチ。 その声にぱっと振り返り、シックスは、 「…ら…ランチも、来るん…でしょ?」 そう、恐る恐るたずねた。 ランチは口の端を歪め、両肩をすくめて見せる。 あからさまな安堵の表情で。 「じゃ、俺、部屋片して来るから!」 やはりどこかウキウキしたように、トレーラーハウスを後にする。 「…もしかして俺もウキウキしなきゃいけねぇのか?」 片手を上げ、自由の女神のようなポーズでエアコンから滴る水滴を押さえながら、 「スプーキー、エアコン切るぜ?」 そう断って、取り外し作業に取り掛かった。 「なぁ。ちょっと手伝って…」 振り返ると、すでにそこにスプーキーは立っていた。 手にはゴム手袋やら靴下やらマウスパッドやら歯ブラシ、CD、シガーケース、 インクリボン、変換器、等等等…。 思わずランチは吹き出して。 「仕度、あとで手伝ってやるから、ちょっとここ押さえててくれよ」 気持ちのいい風はいつだって偶然に、どこからともなく吹いて来る。 「ねぇ!スプーキー。パジャマ交換しよぉ?」 三組の布団と毛布が積み重ねられたその上にちょこんと座って、 自分が着ている、短パンが隠れるほど大きなTシャツの裾を引っ張って見せるユーイチ。 「オレ、スプーキーが着てるみたいなパジャマ、着た事ないんだもん!ね?いいでしょぉ〜?」 ずるずると布団の山から滑り落ちてきて、スプーキーのストライプのシャツを引く。 「え?これ、ユーイチにはちょっと大きいんじゃないかなぁ」 何とかして断ろうというのが見え見えの少し腰の引けたスプーキーの前で、 有無を言わさずシャツを脱ぐ。 「はい!これ着て!」 しばらくまじまじとそれを眺めて、それからしぶしぶ、シャツのボタンに手をかけた。 嫌な考えが頭を過って、ぴたっと手が止る。 「…もしかして、ズボンもかい?」 「うん!」 それを当然のように言うユーイチの常識に逆らえるスプーキーではなく。 乾いた笑いをこぼすしかなかった。 「よく布団三組もあったな」 コンビニで買ってきたジッポライターのオイルを注入しながら、 ささやかな疑問を口にするランチ。 たぶん両親に頼み込んだだろう苦労を、労うかのよう。 そういう心遣いが、シックスには嬉しい。 「まぁね。これでも頑張ってんのよ?」 理解してくれているだろうから、それ以上は言わない。 その返答に、ランチは顔を上げて、それからふっと、口元だけ笑わせた。 「ランチぃー!シックスぅ〜!!みてみて〜」 布団の置いてある部屋からとてとて駆けてきたユーイチの姿。 二人同時に吹き出した。 ズボンの裾を幾つも折り曲げて、袖なんか指先すらも見えない。 「何やってんのよ!?」 「スプーキーと交換したのぉ〜!似合う?」 くるんと回ってニコニコしているユーイチの後ろから、 扉に隠れて、スプーキーが顔を出した。 「…って事は、ユーイチの服は…?」 「じゃーん!!スプーキーが着てるのぉ〜!!」 スプーキーの腕を掴んで、扉の影から引っ張り出した。 むせはじめるランチ。 普段しっかりと着込んでいるスプーキーからは想像できない姿に、 シックスの開いた口は塞がらない。 五分袖の長いTシャツに、それに隠れて見えない短すぎる短パン。 そこから伸びた細すぎる真っ白な足。鎖骨が全部見えるほどに開ききった襟元。 「…あんた、正気か?」 いまだむせ続けるランチの呆れ返ったような声に、 ハハハ…以外の言葉を喋ろうとはしないプーキーは、 困りきった眉をさらに困らせる以外、なす術もなく。 シックスは未だ口を開けたまま。 ユーイチ一人が、いつまでも上機嫌でくるくると回り続けていた。 「だから何で俺までこっちで寝なきゃなんないのよ!?」 ユーイチに無理矢理引っ張られて、四人、並んで寝かされるハメになっていた。 「お泊り会なんだから、みんなで寝るんだよぉ?」 結局、その後ランチに着替えさせられたユーイチは、スプーキーとシックスの間で、 二人が逃げ出さないよう二人の腕を掴んだまま、放さず横になっている。 ランチもいづれ、ここに連れ込まれる事になるだろう。 「…オレ一人っ子だから、みんなで寝るの、すっごい楽しみだったんだ!」 そんな事を言われては、むげに断る訳にも行かず。 「シックスも一人っ子でしょぉ?ランチも、そうだよねぇ」 そこまで言って、ふと気が付く。 「あれ?スプーキーは?」 その問いに、閉じていた目を薄く開いて。 「兄弟は、いるよ?………ここに」 そう言って、ユーイチの頭を撫でてやる。 ユーイチは、少し驚いたように目を大きくして、それから、へへ…っと言う感じに笑った。 「そしたら、スプーキーは長男?」 「そういう事になるかな?」 「じゃ、リーダーだね!」 そう言われて、今度はスプーキーが目を大きくする番。 「長男だと、リーダーなのかい?」 「スプーキーは、リーダーだよ」 ユーイチのむこうから、シックスがぼそりと。 「ずっと、そう思ってた。おやすみ」 照れくさいのだろうシックスは、そのままユーイチに背を向けて、身体を丸めた。 小さく聞こえ始める寝息に遠慮して、小さな声で。 「オレも、そう思ってたんだよぉ?」 そう言って。 「オレね、お兄ちゃんいっぱい欲しかったんだ」 鼻の上まで毛布をかぶって。 糸みたいに細めた目を、ゆっくりとつぶった。 小さな寝息が二つになって、スプーキーは、見上げた天井に、微笑んだ。 「…リーダー…か…」 負担よりも、嬉しさが大きくて。 込み上げて来る可笑しさが、愛おしさに変る。 大好きで、大切な弟達を、守ってやりたい。 こんな気持ちになったのは、始めてだった。 「やぁ、お邪魔だったかな?」 しばらくしてから布団を抜け出したスプーキーは、冷房で冷えた身体を夏の夜風に当てようと マンションの屋上へ足を運んで、ランチとはち合わせをしていた。 「いや、かまわねぇよ」 決してキレイとは言い難い濁った星空を眺めていたランチは、壁に背を付けたまま、 「寝かしつけてきたのか?」 と、苦笑する。 「うん。ユーイチなんて、はしゃぎ疲れちゃったみたいで、ぐっすりだよ」 同じように笑って、同じように壁に背をもたれ、空を見上げた。 「…なぁ、リーダー」 そう言って、そう聞いて、二人同時にぎょっとした。 「…今…何て…?」 「いや、あ…そうじゃねぇんだよ!」 珍しくあわてたように、いいわけにならないいいわけをして、 「あー…くそ…今のは忘れてくれ」 首の後ろのあたりをさすりながら、あさっての方向を向くランチ。 「…君はずっとここにいたんだろ?」 「ん?あぁ…エアコン苦手なんだよ」 だんだんとおかしさがこみ上げてきて、スプーキーは、こらえきれず声を漏らした。 照れ隠しに、むっとしたような顔をするランチに。 「いや、シックスやユーイチと、同じ様な事を言うからさ」 声を出して、笑う。 「はぁ!?あいつら、そんな事言ったのか!?」 少しイラっとしたように眉を寄せると、身体ごとスプーキーと向き合って。 ひどく、まじめな表情。 「…どうしたんだい?…ランチ」 「これだけは勘違いしないでくれ。 俺たちは、あんたに全ての責任を押しつけようとしてるわけじゃない」 「大丈夫。解るよ」 穏やかに、それから、思い出したように笑い出して。 「兄弟だからね」 当然ランチに、その笑いの理由がわかるはずもなく。 片方だけ眉を上げて、肩をすくめ、空を見上げた。 つられたように、顔を上げるスプーキー。 目にした物は、ひどく希薄な星だった。 ぼそりと、言葉をこぼす。 「僕は、星が見たくて空を見たのかな? それとも、空が見たくて、星を眺めたのだろうか…」 言ってる途中で、答えが見えてきた。 …ランチが空を見上げたから、顔を上げたんだ… 「…だから、両方手に入れられたのかな…?」 両手を、空にのばした。 指の間に瞬く星は、その手を閉じても、掴むことは出来なかった。 何も掴めず閉じられたそれを、大きな手が、 癒着した手のひらをはがすように、ゆっくりと、開かせる。 掴めなかった星の代わりに。 優しすぎるキスが、降ってきた。 気持ちのいい風はいつだって偶然に、どこからともなく吹いている。 エアコンは結局買い換えるハメになった。 不良パーツを取り替えるよりは、買い換えた方がマシな状態だったらしい。 ランチの知人は、「中も見ないで保証書のない中古の電化製品買うバカがどこにいる」と さんざん説教をした挙げ句、自社の製品を安価で譲ってくれた。 今後、もし故障したとしても、パーツのいらない修理なら無料でしてくれるらしい。 口は悪いが面倒見が良い。類は友を呼ぶ。と言う、あれだろう。 「リーダー!」 ランチの声に振り返ると、預けたままだったジッポライターを投げてよこす。 あわてて手を出すと、その中にスポっと収まった。 それをそのまま投げ返す。 「ラーンチー!」 振り返るランチの目の前に、先ほど彼が投げたライターが飛んで来て。 あわてて片手で叩くようにそれを受け取った。 「…なんだ?いらねぇのか?」 不思議そうなランチに。 「持っててくれないか?どうもなくしちゃいそうで…」 そう、答えた。 「…たくさんの物を一度に手に入れすぎたような気がするんだ」 …それが…少し怖いんだよ。 ランチは手にしたライターのふたを開けたり閉めたりして、 一度大きく天井に投げると、それを受け取った。 「…OK。わかった。これは俺が預かっとくよ」 どこまで理解しているのかわからない、意地の悪い笑顔で、スプーキーの横を通り過ぎる。 「でも…」 スプーキーの頭に、軽く大きな手を置いて。 「これはあんたの物だって事、忘れんじゃねぇぞ?」 スプーキーは、うなずくかわりにニッコリと笑って。 「君が持ってる限り、忘れないよ」 そう、言った。 気持ちのいい風はいつだって偶然に、どこからともなく吹いていた。 …何が「なくしちゃいそう」だよ… 細かい細工の掘られていただろうシルバーの、 今や無地となったジッポライターを、空に投げた。 太陽の光に反射して、一瞬だけ、消えてなくなり、 次の瞬間には、手のひらにあった。 喉の深くに潜めた苦笑が、風に乗って、どこか遠くへ、流れていった。 「スプーキーズでいられて、良かったよ………か…」 |