静かな倉庫跡。 更地となった思い出深い場所を、ランチは眺めていた。 一年ぶりの召集があったのは、今から24時間ほど前。 皆がどこに引っ越したのか詳しいことは知らなかったが、 日本国内にいれば、そう遠い所でない限り 集合時間に集まることは可能だろう。 しかし、そこには未だ、誰もいない。 「まぁ、遅刻する連中ばっかりだったからな…」 そもそもにしてスプーキーが遅刻の常習犯。 彼が来なければ話は進まない。 それを見越して、他の連中も遅れてくるのだろう。 それにしても… 「…いったい…何があったんだ?」 そればかりが、気になっていた。 『重大な事実を発見。深夜0時集合。時間厳守。spoky』 一年ぶりの見慣れたメール。 意味深な短文に、気になるのも当然のこと。 ちらりと、携帯の時計を眺めた。 0:05 「何が時間厳守だ」 寒い冬の夜、吹きっ晒しに待ちぼうけでは、 文句の一つも言いたくなる。 二の腕をさすりながら、大きな溜息。 「………?」 冷たい空気を震わせ、二つの足音が聞こえてきた。 「あーランチー! ヤッホー!」 ブンブン手を振りながら、かけてくる、小さな身体。 そして、その後ろから自慢げな声。 「ほらな。やっぱランチが一番じゃん」 ランチは、寒さに固まった顔を嫌味に笑わせ言った。 「二人とも、珍しく早いな」 「でしょ〜! 今日は早めに来ようって思ったんだ!」 「バーカ。嫌味だっつーの」 そして、三人同時に。 「リーダーは?」 少しの、間。 それから、三人同時の笑い声。 「見ての通りだ。もうしばらくすれば来るだろ。それより…」 「ヒトミちゃん達…でしょ」 「珍しいねぇ〜。いっつも早めに…」 そこまで言って、ユーイチは言葉を止めた。 「…来たのかなぁ?」 聞き慣れた音が聞こえる。 トレーラーの… 「妙だな…ずいぶんスピード出してる音だぜ?」 「遅れてきたから焦ってんじゃないの?」 「そのくらいの遅刻で焦るか? あのリーダーが…」 建物のない由良島倉庫跡。 過去に見えるはずの無かった距離から、小さなトレーラーが 曲がり角を大きく膨らんで左折し、姿を現す。 みるみる大きくなるトレーラーに、 ランチは、元から難しい顔を更に歪めた。 「…すぐに乗り込め。ヤバそうな雰囲気だ」 よく見れば、トレーラーの扉は開いたまま。 そこから、人影が見えた。 「みんな! 急いで乗っ…」 「あぁ! ヒトミちゃ〜んっ!」 人影の名を呼び、誰よりも先に反応を示したのはユーイチ。 かけより、走るトレーラーなど関係無しに飛び込み、抱きついた。 「きゃぁ…!」 「わぁ〜久しぶり〜! どうしてたのぉ? メール出しても返事…」 「ジャマだっつーの!」 後頭部に飛び込んできたシックスの蹴り。 「いった〜い! 蹴ることないでしょぉぉぉ〜!」 「ジャマだっつったのに退かないヤツが 蹴り入れられたって文句言えねーの」 「蹴ったから退けなかったんだよぉ! シックスが悪いんじゃないかぁ!」 「…どっちが悪くてもいいから ケンカは俺が乗り込んだ後にやってくれ…」 声の主を見れば出入口に手足を引っかけただけのランチ。 風邪の抵抗もあり、さすがに辛そうなその体勢に、 「うわぁぁ! ランチがおっこっちゃうよぉぉ!」 叫びながらユーイチが慌てて助けに入る。 「手助けはいいから退いてろ。また蹴られるぜ」 「う…うえぇぇぇ〜! ランチまで蹴るって言うよぉ〜ヒトミち〜ゃん!」 「え…うん大丈夫、私は蹴らないから…」 「…ヒトミ…それ、ツッコんだ方がいいワケ…?」 微妙にすれ違う会話に厳しい体勢を更に厳しくさせたランチは、 一度外に身体をしならせ、その反動で車内へ飛び込み扉を閉める。 同時に、トレーラーの加速が感じられた。 「運転してるのはリーダーだな…アイツは? あっちにいるのか?」 コートを羽織り直しながら運転席へ続く扉を眺めるランチに。 「………あれから、ずっと帰ってきていないの。 みんなと別れた後から」 柔らかな眉が僅かに下がる。 「それでリーダーに相談したら…」 「今日の召集か…」 「それと、皆が集まったら、これを見せておいてくれって」 デスクの上から一枚のCD−ROMを手に。 「話して聞かせるよりも、見せた方が早いだろうって。 私も、そう思う」 「ヒトミちゃんは、もう見たのぉ?」 「見たわ。だけど… 何が本当なんだか……私には、説明できないの…」 全ては、ヒトミちゃんから届いた一通のメールから、始まった。 サマナーとなった彼の、その後の行方が解らない。 サマナーネットの情報から、シーアークへ行った可能性が高かったが、 連絡のあった時点で、シーアークは取り壊されていた。 彼の立ち寄るサマナーのための施設で唯一、僕が介入できる場所。 僅かな足がかりを求めて、EL−115へと向かい、 そして、事実を知った。 そこで渡された1枚のCD−ROM。 トレーラーに戻れば、エミュレーターの添付されたメール。 CD−ROMの中身は、ゲームだった。 見覚えのある景色と、見覚えのあるキャラクター。 愕然としたまま、レティキュリアン達を問いつめれば、 それはネット上で手に入れたデータだと。 ここでは決して、手に入らない物だと。 そして、神は一人で十分だと言い残し、消えた。 姿を眩ませた。 「ダイジェストは、見終えたようだね」 いつの間にかトレーラーは停止し、 いつの間にかスプーキーが後ろに居た。 「ゲームとしてもプレイ出来る。やってみるかい?」 「…これは、どこで手に入れたんだ?」 怒り出す寸前のような声で、低く呻るランチ。 「さあ? ここでは、手に入らないシロモノだそうだよ」 その反応を既に予測していたのか、スプーキーは軽く流す。 「ちょっと待ってよ! なんで俺達の個人情報がここまで漏れてるワケ!?」 「えぇ〜こんなのヤだよぉ! なんでオレ、主役じゃないのぉ〜!?」 二人の不満の声に、ヒトミは困った顔をして、 スプーキーに説明を求めた。 スプーキーは小さく笑って、手にしたタバコを一息吸うと、 「これは、ゲームなんだ」 煙と一緒に、それ一言だけ吐き出した。 「そんなの見りゃ解るって! そうじゃなくて…」 「結論から先に言ってくれよリーダー」 モニターに向かっていたランチは、 シックスの言葉を遮り、振り返る。 「そんな、簡単な話じゃねぇんだろ? あんたの言いたい事は」 「いや、結論だけなら簡単な話だ。 それを認めるのは、難しい事だけどね」
「…そのゲームのキャラクターが、僕達なんだよ」 僕達が、そのゲームのキャラクターなんだ。 「な…なにワケ分かんないコト言ってんの!? リーダー大丈夫!?」 ヒステリックに声を荒げるシックス。 それとは反対の穏やかな声で、スプーキーは問う。 「君達は、ここまでどうやって来た?」 「どうやってって…電車で…」 「しっかり、思い出してくれ。 この街にのどこかに、駅があったかい?」 「駅…? そんなの…」 シックスは、頭の血の気が引いていくのが解った。 覚えていない、なんて…そんなはずはない… この辺についたのはついさっきで… 何年ものあいだ、ここに住んでいて… 忘れたワケじゃ… そうだ…たしかに……… 「…駅なんて…なかった…」 「僕も、こんな事を考える前の記憶は、とても曖昧だったよ」 与えられた記憶に、疑問を持たなかった。 それが当然だと、盲目的に確信していた。 皆が皆… 「…どぉして…そんなこと言うのぉ…?」 「ユーイチ…」 泣き出すユーイチに、皆が目を向ける。 ヒトミが差し出したその手を眺めて、ユーイチは顔を上げた。 「そのゲームが終わったって、オレは終わらないよぉ… オレの主役は、オレだもん…」 その言葉に、スプーキーは微笑んだ。 「そうだね。ユーイチの言う通りだ。 ゲームは終わっても、僕達はここに居る。 僕達のデータの真ん中にいるのは、僕達だよ」 「じゃぁさ、リーダー。俺達は何なのよ? ゲームのキャラクターだって言うなら、今居る俺達は…」 「扉を、開けてごらん」 スプーキーはシックスにそう促すと、話を続けた。 「このトレーラーは、今、街の果てにいる。 ゲームの中で明記された街の、一番端に居るんだ」 扉を開く音と同時に、冷たい空気がトレーラーに流れ込む。 外には、光を失った過去の都市があった。 「果てって…まだ道があるじゃん」 「道はあるけど、行く事は出来ない。 それは、ここがまだゲームの中であることを意味する。だけど…」 風に煽られ散らばるタバコの灰を、目で追って。 「僕らは、プログラムにはない選択肢を、選んだみたいだ」 それが偶然なのか、あえて残されたバグなのか。 キャラクターである僕達に、知る術は無いけれど。 「…だから、皆に知らせたかった」 「知らせてどうすんのよ!? 俺達になにが出来るって!?」 「少なくとも、アイツみたいに消えることは無くなるだろうよ」 今まで黙って話を聞いていたランチが、ようやく口を開いた。 スプーキーが言わんとしていることを 理解したかのような表情、落ち着きで。 「あのゲームの視点は、アイツだった。 ゲームを終えたプレイヤーは、当然、そのゲームの中にあった 自分の存在から離れる。だから、ここから消えた」 「…シックスも、ユーイチも、ゲームで遊んだことはあるだろう? 一度セーブし、電源を落としたゲームは、次にゲームが 再開されるまで時を止めるのが普通だ。それは、解るね?」 「あぁ…それは解るけど…」 理解は出来ても未だ腑に落ちないシックスの横で、 涙の乾いたユーイチが、小さく首を傾げて訪ねた。 「ねぇスプーキー、オレ達、何で今動いてるの?」 「それは、解らない。これが一時的なゲームからの離脱なのか、 それとも完全にゲームから脱したのか。もし後者なら、 僕らは今まで通り自分たちの生活を続けていけばいい。 そして、もし前者だったら…」 「ゲームの再開と共に、あの時に戻される。ってことか」 「そう。それを、防ぎたかったんだ…」 たとえ僕達がゲームのキャラクターでなかったとしても、 大きな何かに掌握されている可能性がある。 という事実には変わりない。 ならば、ゲームのキャラクターであっても、同じだろう? それは大した問題じゃない。 今を、今後を自分の意志で生きていたいのであれば、 現実を見据えることだ。 疑問を疑問と感じ、 記憶に残らないような曖昧な日々から脱することだ。 ここに自分が在ると、認識することだよ。 「…僕達の主人公は、僕達だからね」 シックスとユーイチは眠っていた。 シックスは、幾度となく街の果てを通り抜けようと七転八倒し、 結局、 「…続きは明日ね…」 と、疲れた顔で床についた。 ユーイチは、泣き疲れたのだろうか。 しばらく調べ物をした後、そのままの体勢でデスクに突っ伏し、 気が付けば寝息が聞こえてきていた。 ソファには、残る三人。 寝ている二人を起こさぬよう小さな声で、 自分たちの知りうる記憶を照らし合わせていた。 「そうだ。ランチ、僕は君に謝らなければいけないことがあるんだ」 スプーキーはそう言って、一枚のMOを取り出した。 「レティキュリアン達が居なくなった後、 彼らのデータベースを覗かせてもらったんだ。 そうして、思い出したことなんだけど」 「…なんだよ、まだ見せてないデータがあるのか?」 手にしたMOは、ランチに手渡される。 ヒトミに、僅かに目配せをして。 「僕はね、本当は今、生きていないはずなんだ」 「私達が、悪魔に身体を乗っ取られたリーダーと 対面したときのこと、覚えてる?」 「…あぁ」 あまり、思い出したくない話だった。 三人が、三人とも。 「その時、僕は一度死んだんだよ。 だけどゲームは繰り返されて、そして今、僕は生きている。 しかし、僕が生きているデータには、 君の大切なデータが存在しないんだよ」 「…俺の?」 ランチは胡散臭そうに片方の眉を上げて、次の言葉を待った。 「君には、大切な友達が居るんだ。 僕達が出会う前に、ずっと共に行動していた…」 「あぁ、ディナーのことか?」 「…な…っ!?」 スプーキーは息を呑む。 「ランチさん、覚えてるの!?」 ヒトミも、口元を抑え目を広げた。 「…そんなに驚く事か? さすがに忘れねぇよ、アイツの事は」 「そうじゃないんだ! そのデータは、僕が生きているデータには 決して入っているはずのないデータなんだよ!?」 「…声がデケェよ」 耳をふさぐそぶりをして。 「そういや、あのゲームには無かったな。 けど、しっかり覚えてるぜ? あんたは、覚えてないのか?」 「君に力一杯殴られたことは、知ってるよ。 だけど、この…君に見せていないデータを見て、 思い出した物だとばかり思っていた」 「…あ………!」 何かに気付いたようなヒトミの声に、二人は同時に視線を向ける。 「ねぇリーダー、もしかして…私達のこの記憶は、 ゲームのデータじゃないんじゃないの?」 その目の輝きように、スプーキーは察した。 「あぁ…なるほど…そうか………」 「…なんだ? 何がそうなんだ?」 スプーキーも、同じように目を輝かす。 「わかったよ。 本来、一つになるはずのないデータを一つにする方法が」 同じ事を考えていると言うことが解ったのか、 ヒトミは僅かに目を潤ませ、 「…良かった…無事なんだ……」 そう、呟いた。 そのヒトミの様子に、ランチもようやく理解する。 「…そう言うことか」 「そう言うことだ。 全ての情報を一個所に集結させ、 かつ、僕らに関与できる立場にある者…」
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