針すら飲めない約束を


「あれ? リーダー!」
前方を行く後ろ姿に、ネミッサは声をかける。
「…ヒトミちゃん…? いや、もう一人のお嬢さんの方かな」
スプーキーは歩みを止めると、振り返りそう言って、渋い顔をして見せた。
「……どうして、此処へ?」
自分が死んでしまったことを、スプーキーは理解していた。
それなのに、死んでしまった自分が居るところに何故、彼女が居るのか?
まさか、彼女も…?
「どうしてって、帰るのよ。リーダーこそ、なんでまだこんなトコにいるの?」
「…帰る……? いったい何処へだい?」
「…っあっはは…! 何て顔してるのリーダー!」
ネミッサはその銀の髪が揺れるほど身体を前のめりにして、笑って。
うつむいたまま、体を起こす。
「帰るべき所に、帰るの。ネミッサは、道案内係…なんだって」
そう言って、目を細め、細い指を、差し出した。
「迷子になっちゃったんだったら、一緒に、来る?」
指先が、震えていた。
「…みんなが、好きだったんだね」
その思いは、共感できた。
「うん…大好き…」
「…そう…僕も、大好きだったよ…」
そう、大好きだった…
皆を守りたいと思った。
思い上がりだと解っていた。
それでも、守りたかった。
それが、守るどころか、彼らを傷つけ、人殺しという罪まで背負わせ…
「みんな…大好きだから………ネミッサは、帰るの。マニトゥと、一緒に」
彼女は、顔にかかった髪もそのまま、目元を擦る。
「…ヒトミちゃんとは、笑ってお別れできたんだけどなあ」
照れくさげに微笑んで、再び、その手をスプーキーの前に差し出した。
…ひどく、穏やかな心中に、スプーキーは驚く。
今までの混沌とした感情が嘘のようだった。
彼女の生き方が、彼女の、力…なのかもしれない…
「じゃあ…お言葉に甘えて、連れていってもらおうかな」
自然に漏れる優しい表情で、その手を掴んだ。
…しかし、そこには自分の手の感触。
「………?」
「……えぇ? なんで!? 何で触れないのよ!」
ネミッサは慌ててスプーキーの手を確認すべく、ブンブンと手を振った。
「…触れない…どうして…」
振った手を見つめて、考え込むように爪を噛む。
しばらく考え、
「………あ! わかった!!」
と、急に大きな声を出した。
「リーダーは、まだ帰っちゃいけないのよ! まだ死んでないの!」
「…え? でも僕の身体はもう…」
そこまで言って、しまったと思った。
ネミッサに、身体は…
「大丈夫! ネミッサ、身体なんて持ってないけど、みんなといられたでしょ?」
そう言って、首を傾けるように微笑む。
…根拠はないが、説得力のある言葉だと、スプーキーは思った。
「だからダメ! リーダーは帰っちゃダメ! だってリーダー、約束してないでしょ」
「…約束?」
「ネミッサね、ヒトミちゃんとまた会えるって、約束したの。
 でもリーダーは、みんなと約束してないでしょ?」
…スプーキーは、直感的に、ネミッサはもう皆と会えないだろう事が解った。
マニトゥの死と共に、彼女の存在も消えてなくなるだろう事…
「……じゃあ、僕とも、約束してくれないかな?」
心中を悟られないよう、今までと表情を変えることなく。
「僕が、また君と会えるように…」
「…いいよ! 約束してあげる!」
上目遣いに、悪戯っぽく口の端を持ち上げるネミッサに、
スプーキーは小指だけ開いた手を差し出した。
大きな目の、長いまつげを何度が上下させ、慌てたように一歩後ずさり両手を振るネミッサ。
「違う違う! ネミッサ、リーダーのオンナになるんじゃなくて…」
今度は、スプーキーが驚く番。
「…ハハ! ずいぶん俗っぽい事を知ってるね」
「え…違うの? …あの弱虫、ネミッサに嘘教えるなんて!」
「いや、そう言う意味で使うこともあるようだから、嘘ではないよ」
スプーキーは笑いながら、その小指をネミッサの目の前に持っていく。
「これはね、約束の印でもあるんだ。約束をする人と小指をからめて、こう言うんだよ」
指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます!
「…変な歌」
「針を飲まされたくなかったら、約束は守りましょう。って歌なんだ」
「ふぅん…何だか面白そう! 約束破ったら、リーダーも針飲むんだからね!」
ネミッサは、お互い触れることの出来ないその手に、透けそうに白く細い指をからめた。
「嘘ついたら針飲〜ます!」
「…OK。契約は成立だ」
彼女と同じように、悪戯っぽく口元を上げて、スプーキーは一歩下がる。
「じゃあ、僕はもう一度戻ってみることにするよ」
軽く片手を上げるスプーキー。
それを真似て、ネミッサも片手を上げると、
「うん。…また会おうね!」
そう言って、背を向け、歩き出す。
スプーキーは、しばらくその背を眺めて、それから、もと来た道を歩き始めた。
悲しさが、こみ上げてきた。
…最後まで、僕は嘘つきだったね………
息を吸うと、ヤケに冷たく感じる空気が喉に触れる。
それを吐き出すように、言葉を漏らした。
「針を飲む練習を…しておかなくちゃな……」

















「…ごめんね、リーダー。約束は、守れそうにないみたい」

ネミッサは知っていた。
マニトゥと共に死に、そしてもう二度と、ネミッサとして生まれてはこないだろう事。

…ごめんね、ヒトミちゃん…ごめんね……
でもこの子は、一人じゃ何もできないの。
一人じゃ、死ぬことすら、出来ない…

これが、最初で最後の、嘘…だから……

涙が伝う胸元に、手をかざして。


「行こうか、マニトゥ。ネミッサの、最後の、ともだち………」








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