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「僕は、星が見たくて空を見たのかな? それとも、空が見たくて、星を眺めたのだろうか…」 言ってる途中で、答えが見えてきた。 …ランチが空を見上げたから、顔を上げたんだ… 「…だから、両方手に入れられたのかな…?」 両手を、空にのばした。 指の間に瞬く星は、その手を閉じても、掴むことは出来なかった。 何も掴めず閉じられたそれを、大きな手が、 癒着した手のひらをはがすように、ゆっくりと、開かせる。 掴めなかった星の代わりに。 優しすぎるキスが、降ってきた。 何となくそれが当たり前のような気がして、 軽い、触れるだけの感触から、遠のく骨張ったシルエットに、はっとなる。 ランチが、わずかに眉を寄せた。 「…悪い」 何もかもが予想外すぎてわからなかった。 ランチがした行為も、それに対して何の疑問も持たなかった自分も、ランチが謝る理由も。 「…どうし……」 そう言葉を発して、初めて息苦しさに気付く。 すごい勢いで、体中が熱くなった。 見る見る真っ赤になっていくスプーキーに、ぎょっとするランチ。 「あ…いや、悪い…マジで…!」 何かをしようとさしのばされた手を、何かに気付いたように、急に引っ込めて。 ことさらに、何がどうしたのか理解できない。 急に上がった体温にくらくらして、その場で壁にもたれたまましゃがみ込んだ。 それでもまだふらふらしていて、とっさに何かを掴もうと手を伸ばす。 その手を、ランチが力強く掴んだ。 見上げると、何となく辛そうな顔をしていて、思わず 「…どう…したんだい?」 と、訪ねてしまう。 ランチは何かを言おうと口を開き、でもまた閉じて、それから、 「…いや、悪かったよ」 とだけ、言った。 …ランチの辛そうな顔を見ていると、何だか僕まで辛くなっていくよ… 「…らしくないね」 少し熱の冷めた、でもまだ赤い顔を微笑ませる。 「どうしても気になるんだけど…」 穏やかな声。 「答えたくなかったら答えなくて良いから、ひとつ、聞いても良いかな」 「ん?」 「どうして、悪い事もしてないのに、そんなに何度も謝るんだい?」 言葉の意味合いがどうも喉に引っかかるらしく、しばらく、眉をひそめるランチ。 「…嫌…だろ?…ヤローにこんな事されたら」 「こんな…?」 急にさっきのイメージが大きくなって、ぶわっと、血が上る。 さっきから変色の激しいスプーキーを心配して、 「大丈夫か?」 と、うつむき気味な顔を指先で持ち上げ、遥か上から覗き込んだ。 目が合う。 「や…嫌じゃないよ…?さっきのは…何だか、それが当たり前だと思えたし…」 ランチは、少し驚いて、でも、ひどく安心したように、笑う。 見たことがないほど優しい顔が、今までにないほど近くにずっといて。 わけなんて解らないまま、どきどきした。 どきどきして、でも、目が、手が、放せない。 ささやくほどに小さな声が、問いかける。 「…さっき…だけ…か?」 「え…?」 「今は、もう…当たり前じゃねぇの?」 笑った形のまま軽く目を伏せて。 言葉が、温度をもって肌に当たる。 「今…は…」 「…今は?」 もしかしたらもう触れているのかも知れないほど近づいた唇が、音をこぼして。 低くて重たい声が、唇からあごへ、喉を伝って胸元まで滑り落ちる。 掴んだままだった手を、ギュッと握りしめた。 「…どきどき……する…」 自分で動かした唇が、動かす事によってランチに触れてしまって。 「…イヤ…か?」 触れて熱くなるその熱を喋りながら擦り取るように。 まるで口移しで言葉を交しているみたいで。 きっとそうすればより理解できる。 その、実距離とは関係の無い近さに、ひどく苦しい切なさを感じて。 だから自分から、キスをした。 軽く触れて、それから離れて、じっと目を見て。 「嫌だって言われたら…どうするつもりなんだい?」 意地悪に笑ってやる。 グイッと掴んでいた手を上に引かれた。 「わ…!」 急に立ち上がらされて、立ち眩みを起こす。 引き寄せられて、彼にもたれた。 一回り広い肩幅から伸びる長い片腕が、ぐるっと包み込む。 「嫌だって言ったら、嫌だって答える」 「…え?」 「嫌だ。なんて言ったら嫌だって、言ってやるよ」 そんな言葉で、こんなにも嬉しくなれる。 …初めて…かもしれない。 こんなにワガママになってくれるランチは…。 「…嫌じゃないよ」 空いた片手で、ゆっくりと背中に触れてみた。 「もっと欲しいとすら、思えた」 何だかとんでもない事を言っているような気がして、 また熱くなる顔をランチに押し付けて。 抱かれた背中を、さらに強く引き寄せられる。 「…もっと言ってくれよ。欲しい物は欲しいって」 上体を丸めて、覆い被さるみたいに。 「何かを掴みたかったら、それの力になりたい。 握った手のひらに、何かを掴ませてやりたいんだ」 「…うん」 「何でも…一人で背負い込まないでくれよ」 「うん、でも…」 ランチの背中に手のひらを広げて。 「大きすぎて手のひらに入りきらないよ」 星が見たくて空を見上げたら、空がきれいな事が見えなくなってしまう。 空が見たくて星を見上げたら、星がきれいな事が見えなくなってしまう。 君が空を見上げてくれて、だから僕も空を見た。 星も、空も、きれいだと思った。 喉か渇いた僕の手のひらに、溢れるほどの水を注ぐ。 でも君だって、喉が渇いているのに。 |