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「どうしたんだよ!気でもふれたか!?」 引き抜いたコンセントを片手に、ランチは立ちつくしていた。 昨日、組み立てたばかりのPCから聞こえたエラー音が、耳に痛く残る。 差し込まれたフロッピーは、息絶えたようにアクセスランプを消滅させた。 「…ダメになっちまったんじゃねぇか…?」 PCにかけたその言葉に、僕は強く反応する。 「………そうだよ。駄目になったんだ。気がふれたんだよ」 プラスチックのイスが、音を立てて倒れる。 安っぽい響き。 その音を背に、僕はトレーラーを出ていった。 外は、冷たすぎる、雨。 雨が刺す痛みは、頭をクリアにしてくれる。 ゆっくりと歩いて、その痛みを体中に浸透させた。 それが唯一、人間的な感情だと思えた。 僕は、そのストーリーを知っていた。 …あと、数ヶ月で、僕は、死ぬ。 それを怖いとは思わなかった。 ただ、ここに存在することが、怖かった。 なぜ、僕は、ここに居る? それは、分厚い本の、とある隙間に押しつぶされた虫と同じ。 久遠の時の、過去と未来の狭間に押しつぶされた虫と同じ。 僕は、動かない。 動けない。 過去も未来も存在しない。 今この時しか、存在しない。 僕は、居ない。 …ただ、ここに存在することが、怖かった。 そうして、問う。 ………何が、怖いんだ? ランチが、立っていた。 雨の中を、髪も、顔も、コートも濡らした、ランチが、立っていた。 「………気のふれた、人でも、いい」 かすれた声が、小さく、地を這う。 「解らなくてもいい。装わなくてもいい。そのままで、いい、から…」 途切れた、音。 何も、動く物はない。 雨だけが、光の糸を、いくつも下ろしている。 どの糸を昇っていけば、地上にはい上がれるだろう… 線になれない、点でしかない僕は、その雫であるはずの光の線に、焦がれた。 過去も、未来も、今もある、彼に、焦がれた。 彼は、呪文を唱える。 「…ここに、居てくれ」 それが、点である、理由だった。 僕が、ここにしか居ない理由だった。 「最悪ですね」 「そうかね。何か不具合でも?」 「いえ。性能的には文句無しに良い出来です。器具が重すぎる事を覗けば」 「それらの大半は実験数値を計測するものだ。 最終的には視覚のみでのバーチャルリアリティが可能になる」 「ええ、今のは冗談です。しかし個人の深層心理に基づく具象化。と言うのは、あまり…」 「ハハ…あまり見たくはない物だったかね?」 「そうですね。著作権等のコストがかからず、よりリアルになる事は良いですが」 「たしかに、何らかのモデルと、具象化の統一性が持てれば、複数での遊技が可能になる」 「あぁ、今見た物に出てきましたよ。ネット上で疑似都市を作り、 会話や買い物、遊戯施設を楽しめるという…」 「それは素晴らしいアイデアだ。君は天才だよ桜井君」 「社長ほどではないですけど」 「他に、何を見たんだね?」 「そうですね。僕は最終的に死にましたよ」 「それで最悪だと」 「社長は悪役で出てきました。やはり社長でしたね。地球外生物に寄生されてました」 「ハハ…それが君の深層心理という訳か」 「あぁ、下手に喋らない方が良いですね、これは」 「皆、見知った人間ばかりだったと?」 「いえ、モデルとして心当たりのない人物も多数登場しました。 あまり話したくありませんけど」 「なるほど。他に、何かあるかね?」 「色々ありますが…一番の難点は、現実との境が曖昧になる。と言う事でしょうか」 「高性能すぎると言うのも、考え物だな」 「ええ、僕がここに居ることすらも、不思議に思うほどですよ」 |