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長い指がキーボードの側面をたたく音。 真っ黒なモニターに現れる次の文字を待つ。 短気な彼には珍しく、待ち時間をウキウキした感じで。 …何を試すつもりなんだか。 後ろから覗き込んで、モニターに映るその表情を伺った。 「…解けたんだよ。パスワード」 自分から言い出すなんて、よっぽど聞いて欲しかったのだろう。 「今から試そうと思ってな」 それは解けたって言うんじゃ無いんじゃないのかな? 一つの方向に夢中になると、よく喋るようになるくせに言葉数が少なくなる。 ランチの癖。 たぶん、パスワードのパターンが解けたって事なんだろう。 モニターに文字が現れる。 過去に何度か彼の口から聞いた大手企業の名がローマ字で打ち出される。 「昨日の晩さ…」 そう言いながらフロッピーを差し込む。 …次の言葉はない。 password? そう問われた文字の下にプログラム実行コマンドを打ち込み、enterキーをたたく。 「…見てろよ」 17ケタの文字の羅列がすごい勢いで流れ落ちる。 …途切れた。 「OK…」 舌で、乾いた唇を濡らす。 飲み込まれた一つの文字の羅列が深く深く潜り込んでいく感触。 キーボードの側面でリズミカルに音を立てる指。 ゴクリと、つばを飲み込んで。 長い… 沈黙するモニター。 リズミカルな指の音。 指の音。 指の… ………動いた! タイトル… それから連なる数字。 箇条書きのコンテンツ。 そして、その内の幾つかに、 keep a secret a confidential document そういう類の文字が赤く記されている。 何度経験しても決して慣れる事の無い緊張感が、たまらなく心地良い。 細く、息を吐く。 二人同時に顔を見合わせ、喉で笑う。 「…リーダー、タバコ」 「あぁ…!」 忘れていた今にも落ちそうな灰を、慌てて灰皿に落とす。 ………? 軽いメッキのシルバーの灰皿に映るHDDのアクセスランプ。 まだ何もDLしてないにも関わらず、ひっきりなしに点滅している。 おかしい… ………!! 慌てて手にしたタバコをくわえ、コンセントを引き抜いた。 「おい!?…何すんだよ!」 ウイルスの侵入を知らせるエラー音は鳴っていない。 数ヶ月前から追いかけていた、パターンの読めないパスワードを持つ この大手企業に潜り込むには、かなり至難の業だ。 文句の一つも言いたくなるのが当たり前。 しかし、スプーキーは難しい顔のまま手にしたコンセントを元の位置に差し込むと、 フロッピーを別の物と取り替え、パワーをオンにした。 プログラムが立ちあがる前に、ファンクションキーを一つ、軽くたたく。 真っ黒いモニターに現れるプロンプト。 それに続いてコマンドを打ち込む。 日付と、ファイルネームがずらりと並んだ。 最も新しいファイルをフロッピーに移し替える。 「…何か、ヤバイもんでもあったのか?」 無言で作業するスプーキーに、少し声のトーンを落とし、尋ねた。 「………」 返事はない。 コピーを終えたフロッピーを抜き取り、再度、PCを立ち上げ直す。 リーダーがプログラムしたウイルスシュミレーターを起動させた。 「ウイルスなんて…まだ何もしてねぇんだぜ?」 「結構、古くからある企業だろう?」 フロッピーを差し込む。 「あぁ。かなりな」 だからパスワードも一筋縄じゃいかなかったんだ。 フロッピーのデータを過去のデータから検索する。 ………当たりだ。 「見てごらん」 ウイルスプログラムと、途中までそれとほぼ同じプログラムが 並んで、表示されている。 「1995〜6年代のウイルスだ。 最近のウイルスワクチン、監視ソフトにはもう入っていない」 急速に進化するコンピューター業界で、 ウイルスの種類なんて数え切れないほど生まれ、消えていった。 「…よく、今日まで生き残っていたよ」 いとおしそうな表情。 文明に、その存在すら忘れられた、過去に繁栄していたもの。 …こうは、なりたくない。 「こいつの始末、僕にやらせてくれないかな」 「かまわねぇけど…」 灰皿を軽くこずく。 「フィルター。燃えてるぜ?」 「わ…!」 もう掴む所の無いそれを灰皿の上で、唇から離す。 「ハハ…どうりで熱いと思ったよ」 笑いながら 「ちょっと、失礼」 そう言ってランチの横から手を伸ばし、片手で、 先ほどランチがアクセスしていたコンピュータを引っ張り出す。 「…ちょっと待てよ、パスワードはさっきのじゃ駄目なんだろ?」 「…そうだね」 password? ***************** error. password? ***************** error. password? ***************** …難なく開いた。 「なっ…どういう事だよ!?」 スプーキーは、少し申し訳なさげに笑うと 「…ここ、何年も前からよく出入りしていたんだよ」 と、プログラムファイルをあさりはじめた。 「あー、あったあった」 唖然とするランチを尻目に、実に楽しそうなスプーキー。 「まさかこんな所にこんな骨董品が埋もれているなんてね」 フロッピーへのコピーを促す手つきも、心なしか軽い。 「こういった古いウイルスは、レティキュリアンの所に持っていくと 高く買い取ってくれるんだ」 コピーを終えたフロッピーを取り出す。 「しかもこいつはまだ生きて…」 ランチの目つきは冷たい。 「ハハ…すまなかったよ。騙すつもりはなかったんだ。 ただ君があまりにも楽しそうだったものだから…」 「…くそっ…」 大袈裟にほおずえをつくランチ。 そのふてくされたような表情に、思わず苦笑する。 「…一緒に、来るかい?帰りに美味しいご飯でも食べてさ」 「………」 無言で、席を立った。 どうしても笑ってしまう口元に、取り出したタバコを挟む。 いつも通りランチがごそごそとポケットを探っているから、 本当は持っているライターを、出さずに待って。 無言で差し出されたそれに、 「ありがとう」 そう言って、顔を近づけた。 大きく、煙を吸い込む。 と、そのタバコを急に取り上げられた。 「…?」 これでもかとばかりに思いっきり煙を吸い、吐き出すランチ。 「ランチって、タバコ吸うのかい?」 「…吸わねぇよ」 まるで自分よりも先にゲームのエンディングを見られてふてくされてる子供のよう。 「ふ…っハハ……」 こらえきれず、声を出して笑ってしまう。 「…くそっ…笑ってんじゃねぇよ」 照れるか、ふてくされるか、どっちかにして欲しいものだよ。 おかしくておかしくて… EL−115にたどり着くまで、その笑い声が絶える事は、なかった。 「…っこれを…かっ…買い取って…くれないかな?……ハハハ……!」 「ちょっとランチ…どうしちゃったんだい?この子は…」 「…くそっ…知らねぇよ!」 |