君だけのVIPシート


「失礼するよ」
「あ?あんたもまた来たのか」
普段は「風呂に入りに行くぐらいだったらフロッピーの整理でもするよ」と言ってかたくなに拒否するスプーキーの本日二度目の入浴。
「やっぱり、露天風呂は良いね」
少し深めの湯船に、口にお湯が入りそうなほどつかって、大きく、息を吐いた。
「…オヤジくせぇな」
そのしぐさに。
「歌とか歌い出すんじゃねぇだろうな」
そう言って、意地悪くあごを引いて笑う。
「君こそ、今日何回目だい?ここに来るのは」
くすくすと、目を細める。
「そこまでお風呂好きとは思わなかったな」
「…気に入ったんだよ」
「露天風呂が?」
ランチが手招きをする。
少し不思議そうな顔をして、それでも黙ってお湯をかき分けランチの近くへ歩み寄る。
ランチは体を少しずらして、今まで自分が座っていた場所を指差した。
ここに座れ…と?
そういう風に問う感じで目配せをすると、それを肯定するみたいに視線を垣根の向こう側に移した。
移動したランチと岩壁の間に腰を下ろし、ランチの視線の先にあるだろう物を、垣根の隙間から覗き見る。
「…うわぁ……すごいな…」
目下に流れる川に映った沢山の光。
川のうねりに遠のいたり近づいたりする、呑まれそうで、でも呑まれない、大きさや形を常に変化させ、でも決して消える事のない光の大軍に息を呑む。
小さな鉄塔の連なった赤い光。
幼い頃学んだ一定の形を長い長い年月の間保ち続けている星々。
消えそうなほど細く鋭利に輝く月。
それらの個々の光を大きく包むように、向かいのホテルからもれる柔らかな明りが、本来流れているはずの水面を、まるで大判のシルクのように錯覚させる。
見た事のない、世界。
「すごい…きれいだよ」
「…だろ?」
スプーキーの肩越しに、ランチも同じ景色を眺める。
「夕日が落ちる時間なんて、もっときれいだったんだぜ?」
後ろから抱きしめるみたいに肩を抱いて、ならべた頬に、軽く音のするキスをする。
「それはぜひ、見てみたいな」
「後…2時間くらいで、日が昇るぜ?」
頬骨、耳たぶ、唇の端、輪郭にそって、あご、首筋、肩…。
「二時間もこんなとこにいたら、間違いなくのぼせちゃうよ」
笑って震わせたその肩に頬を付けて。
「熱くなったらその辺に上がってりゃいいだろ?」
言葉が熱になって首筋にぶつかる。
「今度は風邪ひいちゃうだろう?」
「そうしたらまた入ればいい」
…なんて、わがまま。
小さく、苦笑する。
「…君は、のぼせないのかい?」
果物をかじるみたいに首筋に歯を立て、舌でなぞり、吸う。
「元から…体温高いんじゃねぇの?」
腹を空かせた動物が、がっついて餌に食いつくみたいに、音を立てて。
…おかしい…
「体温が高いなんて、子供か、動物みたいだ」
おかしくて、震える声で、そう言って。
そう言って、こらえきれず、声を上げて笑った。
子供みたいに性急に、動物みたいな行為を促すランチ。
「…イヤミな言い方だな」
ちょっとムッとしたようにスプーキーの肩にあごを乗せる。
回した腕に力を入れて体を密着させ、肩を抱いていた手を腕の流れにそって滑り落とす。
「ねぇ、ランチ」
「…ん?」
一番下の肋骨のラインを指でなぞり、触れるか触れないかの感覚で、手のひらを腹部に這わせる。
「僕まで…のぼせさせるつもりかい?」
ギクッとする。
…シックスみたいに。
そう言いたいのか?
ちらりと、スプーキーの顔色をうかがう。
いつもと変わらず笑っている。
…笑ってはいるが………
………どこまでお見通しなんだ。
「さて…と、僕はもう上がるよ」
「は?…来たばっかしじゃねぇか」
「人間はね、長時間、自分の体温よりも温度の高いお湯に入ってると、のぼせる生き物なんだよ」
…何だよ、それ。
一つ、ため息。
………ま、いいか。
「朝日が昇る頃、また来いよ」
「えぇ!?それまで入ってるつもりかい?」
信じられないといった顔で。
でも笑って。
「わかったよ。お先に」
「…あぁ」
錆びた扉の閉まる音。
もう一度、大きくため息を吐いて、ゴロンと空を見上げ、星を眺める。
「まったく…」
普段から色々と気を使うランチには、こんな時間は貴重なんだろう。
ただぼけっと、朝日が昇る頃の事や、湯気でふやけたドレッドの事なんかを、考えて。
「…かなわねぇな」
……そりゃぁね。
たまには子供や動物にかえりたくもなるさ。
一本一本が必要不可欠なごちゃごちゃした配線ばっかじゃ、疲れちまう時だって、あるんだよ…。



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