「向こう傷か…いっちょまえだな」
言いながら、頬を血で汚す傷口を拭う。
遠慮なく擦られた痛みに。
そして、その言葉に。
顔が歪んだ。
「それなりの場数は踏んでいるつもりだ。向こう傷なら…」
襟元のジッパーを下げ、裸の胸を露に。
「…数えたくないほど、ある」
自分のしてきた事、自分が選択した事が間違えているとは思わない。
恥じるべき傷跡は無いつもりだった。
幾つもの傷跡は、誇るべき物だと。
しかしパオフゥの冷やかすような口笛に、押し殺した不快さを吐き出した。
「…何がおかしい」
「いや、立派なモンだ。俺には向こう傷なんざ一つもありゃしねぇ」
傷を受けるような下手は打たない。
とでも言いたいのかと達哉が問うより先に、
パオフゥはタバコを取り出しながら呟いた。
「背中の傷は臆病者の証…ってな。…大人ってのは、たいがい臆病なのさ」
…いや、背中に傷を受けたから、臆病になっちまったのかもな…
語尾をかき消すように続くライターの音。
煙を吸い、吐き出す表情から、自分が知るはずもないパオフゥの過去を察した。
その背の傷の有無は知らない。
ただ、パオフゥが肉眼で認識できる傷の事だけを語っているのでは無い事は、理解できた。
達哉の変化に、パオフゥは静かに笑むと、歩み寄り、達哉が下げたジッパーを閉める。
その胸元を軽く叩き。
「こんなモンより、よっぽどデカい傷が、あるんじゃねぇのか?」
そう言葉と、煙る匂いを残し、達哉の横を擦り抜けていくパオフゥ。
振り返れば、広い肩から滑り落ちる湾曲した背にのしかかっているのだろう、大きな傷。
その背に、自分の背にあるそれを重ね、首を横に振った。

そこに見える物は、憎むべき敵。
それに頼る事も、共に歩むことも…。
廃退を美徳とできるほどの強さも、まだ、ない。


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