子供の正しい遊び方


顔に何かが張り付き、驚いた。
慌てて手で掴み取る。
…蜘蛛の巣
「すっげぇ…」
リアル…。
視覚に訴える物だけで、これだけの感覚を与える。
…何かヤバイ電波でも出してんじゃねぇの…?
現実に帰ってこれない人間を一方的に責める事など、
今のランチにはもう出来そうにないほどの。
「わ…」
足元で小さな声と共に、小さな衝撃を感じる。
見下ろすと、小さな子供がパジャマ姿のまま転がっていた。
じっとじっとじっと見詰められ、さすがに戸惑う。
その小さな顔が、見る見るクシャクシャになって。
「ふぇ…」
声とは言い難い泣き声が、静かで薄暗い洋館を響かせた。
へたり込んだままギャンギャン泣き喚く子供に、ただ唖然と立ち尽くすランチ。
どうすりゃいいんだよ…
…取り合えず…目線の高さをあわせて…。
スッとその場でしゃがみこんでみた。
が、長身のランチがいかに頑張ってしゃがみこんでも、目線を合わせる事は困難だ。
いきなりしゃがみこまれて驚いたのか、子供は脅えた表情で後ずさりをする。
「…ほら」
ポケットから取り出した、リーダーのご機嫌取り用のキャンディー。
小さくて丸くて甘ったるい匂いのするそれを、
しりもちをついた子供の目の前に差し出した。
その大きな目で、手のひらに乗っかっている物と、ランチの顔とを交互に見る。
いきなりこれは…まずったか…?
「毒なんか入ってねぇからさ」
包みを開け、自分の口に放り込んでみた。
…甘……
そのドロッとしたクドイ甘さに思わずよりがちになる眉を必死に整える。
「…な?平気だろ?」
取り合えず何とか自分なりに微笑んで、もう一つ、キャンディーを取り出した。
包みを開け、子供の鼻先に持っていく。
その匂いにつられたのか、小さな口を、少しだけ、開いてくれた。
半ば強引に押し込んだキャンディーが歯にあたり、カランと音がする。
「うまいだろ」
ためらいなく、コクンとうなずいてくれて、ほっとする。
その子の頭に、その大きな手を乗せ、撫でてやった。
「…お兄ちゃん、悪い人じゃないの?」
悪い人…か?
少し、困った。
ハッカーって言ったら、そりゃ、いちおう犯罪者だ。
だからって悪い人と言われてうんとうなずけるような事はしていないつもりでいた。
だけど、この小さな子にとって、
自分のしている事が犯罪ではないと言い切れる自信はない。
…考えてみろよ。
この子が大きくなった時、自分が正しいと思ってしている事が裏目に出る。
そう言った可能性を考えず、目先の未来ばかりに理想を押し付けていないと、
誰が言い切れる?
「…お兄ちゃん?」
難しい顔をしたまま黙ってしまったランチの頬に、立ち上がり、その小さな手を添えて。
「お兄ちゃんは悪い人じゃないよ。僕、わかるもん」
すごく一所懸命に、数少ない言葉を選んでいるのがわかる。
「悪い人はもっと嫌だもん。お兄ちゃんは嫌じゃないもん。お兄ちゃんは良い人だよ」
メチャメチャな理屈。
だけど、それはひどく優しい…。
あまり、あるとは言い難い、自信と、勇気を振り絞って、必死に、震えそうな声を出して。
「良い人だもん…」
今にもしずくがこぼれそうなほど潤ませた瞳で、サングラスの下の目を、じっと見据えて。
どうして…
やさしく抱き寄せ、小さな背中を、ポン…ポン…とたたいてやる。
こんな臆病な子供ですら、出会って間もない赤の他人を、ここまで信じてやれるんだぜ?
なのに、どうして俺は…
しゃくりあげる子供に、穏やかな声で。
「ありがとうな?」
そう、言った。
心から、そう思った。
どうして俺は、唯一となった肉親すら、信じてやれない?
…俺は、何に対して、そんなに、脅えてるんだろうな。
「男だろ?そんなに簡単に泣くもんじゃねぇぞ?」
少し固くて、でもさらさらした髪を、梳くように、撫でてやる。
指先に気持ちの良い髪。
何度も、何度も、抱きしめるように、撫でて。
背中から、くすくすと笑い声。
ぎょっとして振り返る。
「…いつもながら良いタイミングだな」
「そんなあからさまに嫌そうな顔しないでくれよ」
うつむき、タバコに歯形が付くほど笑いをこらえている。
ランチの肩に顔を埋めていた子供が、あれ?と言う感じで顔を上げた。
「あ!おじちゃん!」
「お…!?」
おじちゃん!?
「しんごくん、おじちゃんはやめようよ」
少し困ったような、でも、もう諦めたような感じで笑って、ポケットを探る。
「今日もおみやげがあるんだ」
小さくて丸くて甘ったるい匂いのするキャンディーを差し出した。
ためらいなく口を開けるその姿にささやかな敗北感を憶えるランチ。
「あれ?」
口の中にそれを放り込んで、
「もう貰ってたのかい?」
ちらりとランチを見る目が、嫌な形に笑っている。
ばつが悪い。
ワンパターンめ…そう言いたいのか?
しんごくんと呼ばれたその子供は、ランチの腕の中で大きく首を縦に振って、
「お友達なの?」
そう尋ねた。
「同じ味がする」
その偶然が嬉しかったのか、自分の判断が間違っていなかったのが嬉しかったのか。
顔中で嬉しくて仕方がないと言った感じに笑って、ランチの首に、ぎゅっとしがみついた。
「俺は、良い人なんだってよ」
しがみついた体を抱きしめてやりながら、少しおかしそうに言ってみた。
「ハハ…確認されちゃったのかい?」
まだくすくす言ってやがる…
スッと、視界の端に、スプーキーの前髪がのぞいた。
「しんごくん、このお兄ちゃんはね、ホントはすっごく意地悪なんだよ?」
その冗談めいた表情や口調に、
「ホントに?」
と、ころころと転がるみたいに喉を鳴らし笑うしんご。
「そうだよ?どうしよう!どこかに連れてかれちゃうかもしれないよ?」
奇声を発するみたいに声にならない声で笑って、ランチの首に回した手を広げる。
その短い腕を懸命に伸ばして、スプーキーも一緒につかまえて。
「わぁ!たいへんだ!おじちゃんも一緒に連れてかれちゃうよ!」
その「おじちゃん」と言う単語がおかしくて、思わず口の端が持ち上がる。
懸命に笑いをこらえるランチの耳元で。
「ね?ランチ」
…なんだよ。その、ね?ってのは。
………ったく…しょうがねぇな。
たぶん体重のほとんどをランチに預けつつあるスプーキーを背中に乗せる。
しんごを抱っこしたまま、おもむろに立ち上がった。
…さすがに重てぇよ。
「わぁ!お兄ちゃん、すごぉい!!」
「すごいねぇ!ちからもちだね!」
あー…頼むから暴れないでくれ…
純粋に楽しまれ、そんなに悪い気はしない。
悪い気はしないが…
俺はここに息抜きをしに来たんじゃなかったか?
何だか納得のいかない顔で、子供を抱え、おじちゃんを背負って…
ため息交じりに大魔神の如くそこいらを徘徊するドレッドのお兄ちゃん。
VRホラーハウスの楽しみ方を
根本的に間違っているような気がしてならない、ランチだった。


「パラダイムXやってたんでショ?何でそんなに疲れてんのよ」
PCの前で固いイスに体を預け、ぐったりしているランチ。
「ちょっとどいてよ。俺も遊びたいんだけど」
「………うるせぇ」
あっと言う間にふくれるシックス。
「なっ…なによそれ!態度わりーの!」
そのふくれっ面のままランチのひざに座り込む。
「いいよ!このまま遊んでやるから!」
「………ちょっと、こっち向いてみろ」
急に起き上がって来たランチに少し驚いたものの、逆らえるはずもなく、
しぶしぶ言う事を聞く。
「…なによ」
そう言って、あれ?と言う顔になる。
「何か俺、こんな感じ、知ってる…?」
「…?」
「…何だろ?」
二人で、難しい顔をして。
「シックスとランチは、いっつも仲が良いね」
後ろからヒョコっと、スプーキーが顔を出した。
「…?」
「…あ?」
「………んー?」
今度は三人で、難しい顔をして。
「何か…変じゃねぇか?」
「………デジャヴってヤツ?」
「三人そろってかい?」
「あぁーーーー!ずるいーーー!!オレも一緒に遊ぶぅ!!!」
思い出しかけていた何かが、ユーイチのダイブで粉々に飛び散る。
椅子が倒れ、リーダーが笑い、シックスが怒って、ユーイチの下敷きに、ランチ。
ランチに馬乗りになって足をばたつかせているユーイチを尻目に、
…何か俺、最近こんなんばっかじゃねぇ?
ひじをつき、上体を起こしてため息を吐く。
なんとか、自分に言い聞かせるみたいに。
…まぁ、こういうカタチの幸せもある…って事に、しとこうぜ?



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