未知なる病



「ランチぃ…どうしよう…」
深刻な顔とは裏腹に、ホテホテと子供のような歩き方でランチに近寄り
コートを掴んだスプーキーは、言いにくい事なのかうつむいたままで、
しかし視線だけは頭一個と半分ほど高さの違うランチの顔を覗き込むようにして、
でもまた視線をそらして、口ごもった声で、
「…僕は、不感症なのかもしれない…」
と、とんでもない事を言い出した。
同時に吹き出すランチ。
「あ…悪ぃ…」
ランチが吹き出した物を浴び、びっくりしているスプーキーの顔を、
コートの袖口で拭ってやる。
「…あんた、意味わかって言ってんのか?」
「ぼっ…僕は25歳なんだよ!?そのくらい…」
焦ってるんだか怒ってるんだか解らない感じのスプーキーに、影をかぶせる。
額に、軽く唇を触れて。
「それとも、誘ってる…とか?」
少し口の端だけ持ち上げた、いつもの笑い方に、顔が熱くなる。
思わずうつむいて。
「ち…ちがうよ!」
コートを握り締めたまま、固い胸をドンっと叩く。
ケホン…と、小さくむせるランチに、罪悪感のためか慌てて上げたその顔を、
大きすぎる両手で覆う様に掴んで、いきなりのキス。
開きっぱなしだった唇の隙間を舌が撫でる感触。
歯に触れて、脅えるように縮こまった舌に舌先が触れ、緊張をほぐす様に絡め取られる。
その感触と、緊張と、そう言った過去のイメージがない交ぜになって、熱でまぶたが重い。
息苦しさとは違う呼吸の荒さに、舌を開放してやるランチ。
喉の奥で2、3度笑って。
「どこが不感症だって?」
意地の悪い声色。
「ちが…そうじゃなくて…」
心底困ったような顔をする。
「そうじゃなくて…さ。……ランチじゃないと、駄目なんだよ…!」
「…は?」
「ランチ以外の人だと、こういう風にならないんだ」
…何言ってんだ?
理解できないと言った顔を隠しもせず、遠慮無く眉を寄せるランチ。
「…だからっ!」
何だか、やたらと必死なスプーキー。
「ランチじゃないとこんな風にならないんだよ!
 …それとも、こんな風になるのがおかしいのかい?
 僕は男で、25歳で、それなのにランチじゃなきゃ駄目なんて…
 僕は…病気なのかな…?」
潤ませた目で、真剣な顔で、じっとじっとランチの返答を待つ。
「…それ………って…………」
そう言いかけて、ランチは一度口をつぐみ、しばらくスプーキーを眺めてから、
もう一度口を開こうとして、でもやめて、手のひらで、自分の顔を半分覆った。
少し視線をそらした感じで。
「…その病名を俺に言えって言うのか?」
「やっぱり…病気なのかい?」
冗談を言っているようには見えない。
…どう、答えろって言うんだ?
見上げるスプーキーを見下ろして、しばらく、睨み合いが続く。
根負けしたのはランチだった。
スプーキーを引き寄せて、上半身を丸めて、自分の内側に抱きしめて。
「そりゃ、病気だよ。一種の熱病だ。
 あんたか俺のどっちかの熱が冷めるまで、治んねぇヤツ」
「え!?」
二人の間で、スプーキーの声が響く。
「…っ君も、そうなのかい!?」
「そうだよ」
頭の上でする低い音に、安堵のため息を一つ。
ランチが、小さく笑う。
「…安心したか?」
「………うん」
「じゃ、安心したついでだ。怒らないから正直に答えろ」
ちょっとピリッとする声で。
「俺以外の人って、どこの誰に何されたんだよ…?」

その後ランチのちょっと恐い一面を垣間見たスプーキーは、それでも、どこか幸せそうに、
「そっか…ランチと一緒なんだ………」
そう言って、しばらくの間、ご機嫌に微笑んでいた。



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