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イライラする… 「こうなる事を恐れたんだ」 それはつまり、あの人がアルゴンソフトで働いていると聞いた俺達が間違いなく、 あの人を疑う事を予想していた…いや、確信していたと言う事。 自分一人の思い込みだったと? 今までの信頼関係が!? …イライラする… 信じていた俺が馬鹿だったと? 疑ってかかるのが当然だと? …何よりも、あの人が俺の事をこれっぽっちも信用していなかった事。 そして俺が、何も気付かず馬鹿みたいにあの人の事を信用していた事。 それだけが、事実。 …イライラする…! 力いっぱい蹴り飛ばしたそびえる建築物。 伝わった振動でガラス窓が震える。 くっきりと残った大きな足あと。 そしてその音に総毛立てて驚いているシックス。 「らっ…ランチ!?俺達今、指名手配中なのよ!?あんま目立つ事やってると…」 「うるせぇ」 自分の感情が自分で制御できない苛立ち。 苛立ちにより感情が制御できない自分。 悪循環。 「と…とにかくさ!俺んちでしばらく様子見よう?あ、それともユーイチの… あ、あれ?ユーイチは…?」 「…さぁな」 イライラする。 でも、この地平線まで続く絡まった空間の真ん中に巨大な虚無がある事。 そこに今まで何があったのかを、彼は知っている。 ………だから、イライラするんだ……… 「最初にアルゴンNSビルに捕まった時から、奴らとグルだったのか!」 …そんな事はもうどうでもよかった。 口が勝手に、彼が傷つく言葉をあえて選んで、吐き出した。 「一人で言っていろ。俺は抜けさせてもらう。」 そう言って傷付いた顔をしたあの人を見て、ことさらにムカついた。 自分に?それともあの人に? ………すべてに、だ。 シックスの住んでいるマンションの屋上で、ランチは一人、壁にもたれていた。 突風に体温を奪われていく事を、自分を苛める事をあえて選んでいるような、 自虐的な行為、思考。 まるで思春期の子供みたいに不安定で。 自分で自分を認識する事すら困難な精神状態に、疲れを感じた。 昔は、それが当たり前だった。 日常茶飯事だった不安定が、いつのまにか安定して、それが当たり前になって… 過去に克服した事が、今となっては出来そうに無くて… …克服…?当時俺はどうやってこれを克服した? 克服したのか?見て見ぬふりをしたのか? ………………………………………ちがう。 …………………あいつが、たすけてくれたんだ…………………。 ふいに、携帯が音を立てる。 まさか…? 慌てながらも慣れた手つきで携帯を持ち替え、それを操作し、耳にあてがった。 「ランチ!いつまでそんなトコいんのよ。ユーイチから連絡があってさ…」 鬱陶しい声に思わず携帯を切った。 …降りるか… どうせこのままほっといてはくれないだろう。 ………あともう一歩で、何かが見えそうだった。 あともう一歩で何かが……… でもその一歩を踏み出した時、必ずしも自分に足場が有るとは限らない。 今となっては、何が見えそうだったのか、見当もつかないのだけれど。 「シックス、お前はそっちの階段から上に向かってくれ。俺はこっちから行く。」 ランチの言葉に対して、抗議の声はなかった。 だが明らかに「うそだろぉ!?」と言いたげな表情で ランチを見あげるシックスが、そこにはいた。 たった二人しかメンツがいない現状で、効率の良い方法… と言ったらそうするのが当然だろう。 「…最初の渡り廊下で一度落ち合った方が良いな。 何かあったら携帯に連絡しろ。 …だからって四六時中かけてくんなよ?」 じゃあな…と背を向け、借り物の銃器を頭の横で挨拶代わりに一振りすると、 それをベルトに差し込み、コートを羽織り直しながら階段へと姿を消すランチ。 シックスは、「モノリスに…何かあるみたいだよ?」と言う実に曖昧な情報を提供した 張本人であるユーイチが、あの覇気のない声で「オレは行かないけどね…」と 一方的に通話を終了させた事に再度腹を立てながら、 「……俺だって…行きたかないのよ…?」 そう震える声で呟き、 一刻も早くランチと再会すべく、もう片方の階段を駆け登って行った。 …前に進んでないと、後ろを振り返っちゃいそうな気持ちも、 わかんなくはないんだけどさ。 ランチは考えていた。 あの時、マンションの屋上で踏み出し損ねた一歩の先にあったものの事。 表面的なロックが無い、しかし開かない真っ赤な扉に手のひらを付けたまま。 …そう言えば、昔、まだリーダーと出会う前、 このタイプのセキュリティロックがかかった扉を前に立ち往生していた時があった。 その時は確か…あいつが先回りをして……… あいつ………ディナー………。 そうか…ディナーが助けてくれた事を思い出していたんだっけ。 不安定な自分。イライラしていた自分を、ここまで引っ張りあげてくれた事。 イライラ…リーダー…ディナー…過去の自分…。 どこか、すごく深い所で繋がった何かが見える。 …なんだ?…それは………。 「…!?」 突然視界に入ってきた人影に、顔を上げた。 その後ろに幾重にも見える化け物の大軍。 とっさに銃を構え、的のでかい化け物に照準を合わせながら、ランチは叫んだ。 「避けろ…!!」 言葉より早く引かれた引き金。 照準の中の化け物は一瞬動きを止め、 しかし再度人影に襲い掛かろうとしたその体制のまま、倒れた。 「弾丸の中に強烈な毒素が含まれてるものだから、化け物相手にも効くって!」 そうシックスが言っていたのが、はったりでもなんでもなかった事に、安堵する。 しかし、少し距離を置いた先には廊下の先が見えないほどに大量の化け物が迫っている。 「おい!大丈夫か!?」 そう言って、しかし化け物達から目を離さず、人影の腕を掴み、立ち上がらせようとした。 とにかく、一刻も早く安全な場所へ非難させなければ…。 気が焦る。 しかし、その冷静な行動も、思考も、 助けられた人影が発した謝意の言葉にすべてがブッ飛んだ。 驚愕の表情。 「………リーダー………!?」 「ハハ…奇遇だね…」 「…奇遇だねじゃねぇだろ!?何バカやってんだよこんなとこで!!」 素っ頓狂な声を上げながら片手で彼を立ち上がらせ、もう片手は2度目の発砲を行う。 この走りつかれたと思われる体力のない男と共に逃げる事は不可能だ。 と判断したのだろう。 「君と…同じ理由なんじゃないかな」 何バカやってんだよ。 その問いに答えているのか、そんな事を言いながら目線を化け物どもに移すと、 ランチの腰のまわりをコートの上から2、3度触れて、手を差し出した。 「…あんたにゃ無理だよ。自分の足、撃ち抜くのがオチだぜ?」 そう言って、少し銃身の長い、しかし手に持つとたいした重さの無いそれを 差し出された手に乗せる。 「君の足は、撃ち抜かないように気を付けるよ」 銃声。 地に足…それが足かどうかはわからないが… とにかく宙を浮いているあまり大きいとは言えないそれを連続で打ち落とすと、 上目遣いにランチを眺め、さらりと微笑む。 ランチは、銃を構えた腕の上から覗き込むように大きくした目を彼と合わせると、 次の瞬間それを細め、 「やるじゃねぇか…」 と、心底楽しそうな声を出した。 視線を戻し、引き金を引く。…二度。……三度。 まるで、夜店の射的を楽しむように、実弾の込められた銃を撃つ。 とても残酷で、しかし無邪気なその重なり鳴り響く銃声に思わず笑みがこぼれる事を、 不謹慎だとは理解しつつも止める事が出来なかった。 べつに、殺戮行為が楽しい訳じゃない。 自分のとなりに、自分を意識してくれている人がいる。 お互いを意識して、競い合ったりしている事。 ただ、それだけの事。 その充実感を共有できる幸せが、前方への極端な集中力を生み出していた。 と、その時。 くぐもった声を発して、視界の端に映っていたスプーキーがしゃがみこんだ。 倒れかけた体を支えるように動く黒い影。 「…おい…!?」 リーダー!?…そう言いかけて、言葉が途切れた。 鈍い痛みと、痺れたような感触と、真っ白になった視界。 電気が走ったようなその感覚に、両ひざが地面についた事すら、わからなかった。 携帯の音で目を覚ます。 きっと、シックスからの連絡だ。 ランチは携帯を取り出そうと、体をひねり、寝返りをうった。 「…っう」 後頭部のあたりに痛みが生じる。 …くそ…思いっきりやりやがって… ジーンズの後ろポケットから取り出されたそれの、 うるさく響く音を止め、耳元へと持っていく。 どうせまたあの耳触りでおしゃべりな声が頭を痛めるだろう事を考慮して、 少し耳から放し、 「…おぅ…」 と声をかけた。 「………よぉ。」 ぼそり…と、わざと音を殺したような声。 「………ディナー………か………?」 あの一件以来、ずっと聞いていなかった声。いつもの挨拶。そして遠慮のない言葉。 「………お前、何やってんだよ」 「…何って………お前、何で…」 「盗聴機。仕掛けといたんだよ。あのトレーラーと、あとPCにもな」 こともなげに言う。 「俺が付けたヤツ以外のモノも、付いてるみたいだぜ?」 まあ、俺がちょっとイタズラしておいたから、もう使ってないかもな。 そう言って、軽く笑う。 「それから、お前の居るとこ、天海モノリスだろ? 携帯の電波の受信地からして… この辺か…」 キーボードを叩く音が聞こえてくる。 「そこ、ちょっとヤバイぜ? 天海市のお偉方の取り引き…主に裏のヤツな… その大半が、そこでやってるみたいだな。 今は下手に首を突っ込まない方が良い」 書類を手にぱらぱらとめくっているのか、ペーパーノイズが気になる。 「それからもう一つ。」 バサッと書類をデスクに落とす。 「いまどき熱い男なんて、流行んないぜ?」 BGMには彼の好きそうな、けだるい感じのR&B。 彼の口からよく聞く言葉。 いまどき熱い男なんて、流行んないぜ? …どの面下げて「いまどき」なんて言ってるかは知らないが、 熱くなりやすいランチを、こうやって幾度と無くたしなめてきた。 懐かしい、記憶。 「お前、俺の奥歯にヒビ入れた時の事、覚えてるか?」 「忘れられるワケねぇだろ? お前、口の中からダラダラ血ィ流しながら大笑いしてたじゃねえか」 双方から少しづつもれてくる苦笑。 「てめぇが馬鹿力のくせに手加減無しで殴り付けたからだろ! しかも…なんだ?お前何か言ってたよな…」 「あー…何だっけな…それ聞いてお前爆笑してたんだよな。たしか…なんで………」 ………なんで信じてもらえないってわかったからって、信じなくなるんだよ……… そう言って、自分が過去に吐いた言葉に気付き、また苦笑をもらす。 今度は違った意味合いの。 「………またかよ」 「まただよ。お前、たまにはアタマ使わないと、あの人に見捨てられちまうぜ?」 あんな人、滅多に捕まえられるもんじゃないだろ? そう言って笑って、じゃあなって言って、彼は消えた。 あいつからは、教わる事ばかりだ。 俺はいつも、教わってばかりだ。 そんなちゃちな言葉にぶら下がって、振り回されて、痛みもないのに傷付いた気がして。 そうして、俺が傷付いたんじゃない。俺が傷付けたんだって、知らされる。 …そうだ。俺が裏切られたんじゃない。俺が裏切ったんだ。あの人を。 そう思って、ふと、気が付いた。 裏切られたって、そう思い込んでたくせに、 どうしてあの時、彼に銃を渡す事をためらわなかったのか。 笑いを、こらえきれなかった。 声を出して笑った。 そうして、また考えた。 次にあった時、あの人に、なんて謝罪しようか…と。 …謝罪の言葉を考えているのに、笑いが止まらないなんて、不謹慎だよな… それすらもおかしくて。 痛む後頭部など気にせずに、大の字になって、涙が出るほど、笑った。 次にあの人に会った時に…! …………………次に………あの人に………会った………時………に…………………。 |