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「ありゃりゃ?ぼっちゃまったらこんな時間に こんなとこで何してんの?」 「………驚かせるな」 そう言った割にはまったく驚いた様子のない南条は、 その視線を上杉へと移すと、わずかに表情をゆるませる。 「お前も同罪だ。見逃せ。」 冗談めいた笑い。ひどく優しい。 「…山岡にも、この風景を見せたくてな。」 そう言って表情を元に戻した南条は、また、窓の外に目を向けた。 「お団子もナシでお月見?」 「月見とは月を見るものだ。団子は関係なかろう。」 戦いを終え、全てが…とは言い難いがその大半が元のレールの上を走り始めた今、 後は卒業を控えるだけとなった彼にとってそれは最後の、ささやかな願いだった。 「この夜桜を、山岡と見たかったのだ。」 夜の校舎への立ち入りは禁じられている。 それを破ってまで、見たかった風景。 しかし、上杉は口の端をおかしな方向に曲げ、片方だけ眉を上げると、 「…桜の木なんか見て、楽しいの?」 と、言葉を選ぶことなく尋ねた。 それを聞き、信じられない、と言いたげな南条の驚きの表情。 そして苦笑。 「お前に風流を理解しろ、というのは無理な話らしいな。」 そう言って、自分の背後に視線を流す。 「山岡は、こんなにも見惚れているというのに…」 ………え…? 「………山岡さん………そこにいるの………?」 「あぁ………ん?なんだ。見えないのか?」 ガランとした教室。 黒板。 ロッカー。 掃除用具入れ。 規則正しく並んだ机。 それに映る月の影。 冷たすぎる隙間風。 輪郭だけを浮き上がらせた、今にも消えそうな南条。 ………南条…? 「………ごめん…南条………オレ様には……ちっとわかんないや………」 視線をそらし、ぎこちない笑みを浮かべながら、声を絞り出す事しか出来ない。 南条と同じ物を、共有する事すら、できない…? 「………お前は…優しいのだな……」 やわらかな音。そのふわりとした甘い声で彩られた労いの言葉。 そんなに苦しいのに、どうしてそんな音が出せるの…? 「フ……………狂言だ。気にするな」 喉の奥で石を転がすように吐き出す。 どうしてそうやって自分を苛めるような事ばかり…。 …山岡サン…山岡サン、助けてよ…… …オレ様、どうしたらいいんだか、ぜんぜんわかんないよ…。 「………泣くな、上杉。…桜が散ってしまう…」 「…泣いてなんか…ないじゃんよ………」 鼻の頭を真っ赤にした上杉は、そう言ってちょっとふてくされたように笑うと、 南条と同じ物を見ようと窓のサッシに手をかけ、外の景色で視界をいっぱいにした。 「桜、きれいなんでしょ?」 「………あぁ」 「そっからでも、よく見える?」 「………あぁ」 「オレ様も一緒に見てていい?」 「………好きにすればいい」 月の光。 たった二つのシルエット。 ドサリと落ちる雪の音に耳を貸す者はここには居ない。 冷たすぎる2月の風は、花の香りを運ぶには、重たすぎた。 いつも、戦ってばかりの俺達だけど、 今夜だけは、 背中を向けても、 撃たないでいて。 |