赤い花が咲いたよ

真っ赤な





僕は、今日、生まれた。









誰かが仕組んだ偶然を、僕は当然楽しんだ。
誰かに飼われている野良猫は、今日も自由を満喫していて。
僕はタバコをゆっくりとくゆらせて、君と悪戯を楽しんだ。
これが、バグであることを祈りながら。

「これは?」
スプーキーは、ソファーに置かれたバラの花束を、手に持ったタバコで指し示す。
未だ設備の整っていない、引っ越したばかりのような散らかったトレーラーハウスに、
それは不似合いな物だった。
「ディナーがな」
ランチはそう言って、片方の眉と、それと同じ方の口の端を同時に持ち上げる。
「珍しいね」
そう言って、スプーキーは口をつぐんだ。
実際に出会ってから一日しか経っていない状態で、
ディナーの通常がどんな物かを知るはずはない。
珍しいなんて言う言葉は、使うべきではなかった。
しかし、スプーキーは彼らの存在を数ヶ月前から知っていた。
正確には、ネット上での彼らの人格を知っていた。と言うのが、正しい。
尋常ではない、興味と、好意を持っていた。
気分はストーカーだ。
「珍しかねぇよ。いつもの事だ」
「いつも花束を買ってくるのかい?」
苦笑するランチに、スプーキーは言う。
明らかにディナーが作るキャラクターとは異なった行為であることに、違いはない。
「いや、花束じゃないが、いつも訳の解らねぇ物を買ってくるぜ?
 インド綿のタペストリーとか、銅製のてんとう虫の灰皿とか、木彫りのコヨーテとか。
買うだけ買って、でもいらねぇからって俺によこすんだ。これも、その内の一つだろ」
「貢がれてるのかな?」
スプーキーは肩で笑う。
「いや、こう言った物に興味を持って、手に入れることが楽しいんだろ?」
「そう。良い趣味だね」
「良かねぇよ。明らかに無駄遣いだ」
「だから、良い趣味なんだよ」
解らない。と言った感じで肩をすくめ、首を傾けるランチに。
「無駄でなかったら、趣味じゃないだろう?」
そう言って、スプーキーは短くなったタバコを、実用性しかない灰皿でもみ消した。
「無駄であればあるほど、良い趣味だって言えるんじゃないかな」









赤い花が咲いているよ

真っ赤な





今の君は、いつ生まれた?









リピートのかかったDCは、いったい何時止まるんだろう?
CDが壊れる時?プレーヤーが壊れる時?
それとも、電気が止まる時かな?
誰もが、その答えを知っている。
DCをかけた人が、飽きた時だ。

「やぁ、いらっしゃい」
「じゃまするぜ」
ランチは時々、話の流れ次第でスプーキーのマンションに来る事があった。
そんな時は決まってCDプレーヤーを持って来て、
部屋に上がり込むなりCDをリピートでかける。
それから、窓を開けた。
「タバコで空気がこもってる」
「そうかな?」
その部屋の住人には、そんな匂いなんて解らない。
「灰、落ちるぜ?」
「え?あぁ…」
言った矢先に、タバコの灰は、キーボードに乗せるために曲げた腕の上にこぼれる。
スプーキーは、その腕の上にある灰を少し眺めて、ばつが悪そうに笑って顔を上げた。
「ハハ…ちょっと遅かったかな」
「タバコくわえたままで喋るからだ」
やれやれと言った感じで肩をすくめ首を傾けるのは、ランチの癖なのだろうか。
ふかふかしたコートの襟に頬を付けるようにするものだから、
スプーキーは、ずっと前からその襟に興味があった。
いつか、触らせて貰おう。
腕にこぼれた灰を灰皿に捨てようと、腕を灰皿の上にのばす。
ふっと気が付いて、口にくわえたままのタバコを灰皿に置いた。
また灰が落ちないようにと言う配慮だろう。
そうしてもう一度腕を伸ばして、袖の灰を落とそうとする。
座ったままでは、巧く行かなかった。
仕方なく立ち上がろうとする。
「あ…おい!」
ランチが声をかけたが、間に合わなかった。
だらしなくズボンからはみ出たシャツの裾が、灰皿に乗せた吸い途中のタバコに触れる。
音も無く、フローリングにタバコが落ちた。
「…っ何やってんだよ」
あわてて近づいてくるランチより早く、そのタバコを拾おうと身体をかがめるスプーキー。
「あぁ…フローリングが焦げちゃったよ」
それをランチに見せようと、拾ったタバコを片手に体を起こした。
「…っま………」
待てと言おうとしたのだろうか、ランチはそこで言葉を止めた。
もう間に合わないことを悟ったのだろう。
体を起こしたスプーキーの肩が、灰皿にぶつかる。
「え…?」
スプーキーは、床に何かがあると思ったのか、もう一度床に顔を近づけた。
再度かがめられたその肩には、引っかかったままの灰皿。
当然、それは跳ね上がり、スプーキーの背中と、
今まで彼が座っていた椅子と、その向こうにいるランチと、
それらの無いフローリングに余す所無く吸い殻と灰を散りばめ、音を立てて着地した。
その輪を描くようにカラカラと回る灰皿の音が止まるのを待って、
スプーキーはゆっくりと体を起こす。
「は…ハハ………」
ランチのこれからの反応を怯えるように、ちらりと、灰まみれの彼を見やるスプーキー。
ランチはあきれたような顔をして、未だ脱いでいなかったコートの灰を払い、
ポケットに手を突っ込んだ。
そこからは、先ほどの空飛ぶ円盤から飛び込んだのだろう吸い殻。
ランチはそれをどうしようかと考えた挙げ句、諦めたように口にくわえた。
目は、座っていた。
冷たい視線にスプーキーは、手にした吸い途中のタバコを真似るようにくわえて、
「シンデレラだね」
と、力無く、笑った。
「…さて、今日は掃除でもしようか?」
口にしたタバコから、再度、灰がこぼれ落ちた。









赤い花が枯れたよ

真っ赤な





僕は、今日、死んだ。









負数の存在を表す言葉を知っているのに。
なぜ負数の存在を意識しないのだろう?
意識してはいけないと、誰に教わった?
この偶然は、誰が仕組んだプログラムなのか。

ケンカ別れが、二人の最後のまともな会話だった。
そして、あの人の姿を最後に見たのが、先週の今日。
ランチは、そう認識していた。
死んだという話を聞かされて、頷いたものの、信じてはいなかった。
ランチはトレーラーハウスで待っていた。
一日、二日、三日。
それから、マンションを訪ねた。
そこには、何もなかった。
もの抜けの空。
ネット上でその生死を確かめた。
死んだという記録はおろか、生きていた記録すらも、存在しなかった。
彼の使っていたデータの処分を考えた。
信頼できる男から、彼は死んだと聞かされた。
信じたくないのは甘えだ。
そう思った。
著しく成長の早いコンピューター業界で、今のプロテクトがいつまでも保つとは思えない。
過去の会話で、すでにプロテクトの解き方は聞いていた。
「たいした物は入ってないから」
プロテクトの解き方を望む意志もなく聞いてしまい、渋い顔をしたランチに、
スプーキーはそう言っていた。
プロテクトを解いて。フォルダを丸ごと消去する。
莫大な量のデータの消去は、やけに時間がかかった。
その間に、生前のスプーキーが
「面白いゲーム会社のホームページを見つけた」と言っていたことを思い出し、
せめてそれを調べてからデリートすれば良かった。と、ランチは考えていた。
別に、たいしたことではないけれど、少し、気にかかっていたことは事実だ。
あらかたのデリートが終了し、エラーが表示される。
消去できないデータが、二つ、あった。
やたらとでかいプログラムと、あまりに容量の小さなフォルダ。
大きい方には「SPOOKY」、
小さい方には「FLOWER」と言うタイトルが付いていた。
「FLOWER」には、プロテクトがかかっていない。
フォルダを開くと、アプリケーションプログラムと、
それに必要なのだろう画像データが二つ、入っていた。
アプリケーションプログラムを実行する。
モニターいっぱいに広がるシンプルな白い背景に、
赤い、バラの花の画像が5つ、表示された。
どうしてこれがデリートできない物なのか、ランチには解らなかった。
一輪ずつ置かれたバラは枯れた映像で、
その根本には全て同じ負数のアラビア文字が記されていた。
その数字の横には漢字の「日」…日付を連想させる。
ランチは一瞬、体中の汗が引くような感覚を覚えた。
全ての数字は、マイナス7。
あの忌まわしき7日前を、表していた。









赤い花が咲いたよ

真っ赤な





僕は、この花園のキャパシティを、まだ知らない。









ハッピーバースディ・トゥ………












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