oneself



寝過ごした!?
飛び起きたベッドは、ベッドではなく。
見慣れぬ風景。
まだ、慣れない。
ハンモックには、うなされるウソップ。
その上にクロスするように、うつぶせに手足をぶら下げ、
猫を思わせる格好で眠る伸びきったルフィ。
壁を背に、刀を抱えて眠るゾロの頭の上には、うっすらと朝焼けを残した光が射し込んでいる。
いつもなら、とうに朝の仕込みの時間。
太陽が、わずかにも顔を出す前から騒がしい厨房で、ブイヨンの味を確認。
つけ込んだ肉の堅さを気にしながら、朝の一服と洒落込む。
寝坊して、朝っぱらから、あのキツイ蹴りを食らうのは、もう勘弁だ。
そんな、たいして賢くもない学習能力よりも、よほど現状を知っている自分が居た。
…あのクソジジィが居ないからって、このザマか?
甘ったれていると、自覚できた。
習慣ってヤツは、環境が変われば、案外簡単に忘れちまうんだな…
いつか、忘れちまうかもしれない。
あの、クソジジィの事も。
タバコをくわえ、火を点け、部屋を出た。
短い廊下の先にある甲板に続く扉は、風に押され、いつも重い。
起き抜けの寝ぼけた頭を掻きながら身体で扉を押し開けると、変わらぬ潮の匂いがした。
今日は空気が軽く、寒いと感じるほどに湿気もない。
「少し重たいスープの方が、良いかもしれねぇな…」
頭の中で、段取りを考える。
時間のかかる料理は、なさそうだった。
つい癖でキッチンへ歩みかけた足を、舳先に向ける。
風に当たるせいで、タバコの減りが早くなるが、それを帳消しにするほどの朝日が目に入った。
「日が昇るのを眺めるなんて、何年ぶりだ…?」
バラティエの朝に、朝日は存在しなかった。
気が付けば、いつも太陽は高い位置にあるか、まったく見えないか。
時間は、せわしなく流れていた。
何を考える暇も無いほどに。
「今日も早いのね」
あくび混じりの声に驚き、振り返る。
「ナミさん!? …寝てないんですか?」
その顔色は、決して良いとは言い難かった。
「まぁね。海図の描き直しに夢中になっちゃって」
「あぁ…疲れたナミさんも素敵ですけど、程々にして…」
「ホームシック?」
いきなりの話題の転換に、ポーズを付けたまま動けなくなるサンジ。
「もうそろそろ、レストランが恋しくなってきちゃったんじゃないの?」
的を射た問いかけに、ギクリとした。
「い…いえ、そんなことは。でも、ナミさんが心配してくれるのなら、それも…」
「そう。寂しいなら隣に来ても良いわよって言おうと思ったんだけど。違うならいいわ」
「はい! ホームシックです!! 慰めてください!!!」
ナミは、思わず吹き出す。
「なんか、子供みたい」
そう言って、声に出して笑った。
「いえ! 大人として慰めてくれるなら、それに越したことは…デデデ!」
良く伸びる薄い頬の皮を引っ張られた。
「何か言った?」
「いへ…らんれもらいれふ!」
サンジはおとなしく、ナミが肘かけた欄干の隣に、背をもたれた。
ふっと、口元が緩む。
吸った空気に、タバコの味が感じられない。
消えかけたタバコに、もう一度、火を点ける。
「…以前、店に来た女性に言われたことがあるんですよ」
自分でも驚くほどに優しい声で、自然に言葉が流れた。
「私みたいに、誰かが隣に居ないとダメな女を選んじゃいけない。
あなたには強い女性が必要だから。って」
「フラレた事に関しては、慰めないわよ? その通りだもの」
「いえ、そうじゃなくて…」
どうして、こんな話を始めたんだ…?
サンジは自嘲の笑みを浮かべ、目を伏せた。
「強い女性の意味を、今まで解ってなかったんですよ。ナミさんに逢うまで」
「……私は、もっと強い人を知ってるわ」
真剣な声だった。
ひどく、穏やかな。
「私が大好きな人。強くて、優しかった人よ。私じゃ、まだまだ、かなわないくらい」
言葉に含まれる一言の過去形に、その口調に、もう、この世の人では無いことを悟った。
「その人が居たから、一人で生きる覚悟も決められた」
「…ナミさんも、充分、強いですよ」
「じゃぁ、私も教えてあげる。本当に強い女を選ばなきゃダメよ。強がりな女じゃなく、ね」
照れたように笑って、首を傾けサンジを眺めた。
「でも、私も強くなったのよ? 今はもう、一人だなんて勘違いはしない。
強がって、辺りが見えなくなったら、それは本当の強さじゃないって知ったもの」
たくさんの人が自分を思ってくれていることに気付かない強さなんて、強がりでしかない。
一時の別れを告げた仲間達も、今、冒険を共にする仲間達も。
そして、自分の根源にあるその人も。
「俺は、一人でも平気ですよ」
サンジは、そう言って笑った。
「そうね」
同じように、目を細めて。
「ちょっと、説教臭かったかしら」
「いえ! もっとナミさんのことを好きになりました!」
「……会話、噛み合ってないわよ」

強いから、寂しさを知らないワケじゃない。
一人で平気なのは、一人じゃないことを知っている証拠。
強くなりたいのなら、たくさんの思いに目を向け、耳を傾けて。
そうして、一人で歩き出そう。
その思いは、海と同じように、必ずどこかでつながっている。
確かめる必要もないほど、確かに。


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