S.B


横になり、寝息で胸を上下させるスプーキーに気付かれないよう、キスをする。
小さな幸せに目を細め、ソファベッドから立ち上がった。
後ろから、吐息だけの、笑い声。
「…めずらしいね、ランチ」
その声に、驚いた。
ギョッとした表情を隠すよう、苦い顔をして振り返る。
「寝たフリか」
「違うよ、そうされたら目を覚ますのが、おとぎ話の礼儀だ」
スプーキーは目をつぶったまま、口元だけを微笑ませた。
「どうしたんだい?」
「…ただの味見だ」
つられたように微笑んで、先ほど立ち上がったソファベッドに座り直す。
「それだけでは、僕の味なんて、わからないよ?」
未だ目を開けないスプーキーの額に手を乗せて。
かかる前髪を撫でるようにすくい上げ、もう一度。
「味がわかるほどしっかり食っちまったら…」
下唇を擦るように、キスをして。
そのまま頬を伝い、あごの骨に、音を立て。
囁くように。
「…病みつきになっちまうぜ?」
「そうか…良かった…」
髪を撫で、頭の下に潜り込んだ大きな手を枕にして、スプーキーは言う。
「しっかり食べたら飽きる。って言われるかと思ったよ」
「美味い物は、な。好きな物は、毎日食っても飽きないだろ?」
「…ふと、思ったんだ」
消えそうな声。
静かな世界に、小さく、小さく呟く声。
「…毒リンゴをくれた魔女は、実は王子様だったんだよ」
そう言って、喉を転がす。
「なんだ?そりゃ」
「王子様は白雪姫にキスをしたかったんだ。
 だから、毒リンゴを食べさせて、その後、解毒剤を持ってきたんだよ」
「………」
ランチは難しい顔をする。
「口移しで解毒剤を飲ませるつもりだったんだろう。
 白雪姫は優しいからね。だまされてくれたんだ。きっと」
「…わかった…!俺が悪かった」
両手の平をスプーキーに向け、降参のポーズで目を閉じるランチ。
「もう、あんたに無理に酒を勧めたりしない!…これでいいだろ?」
「あぁ、それは助かるね。ありがとう」
「だけど、そんな下心で酒を飲ませたワケじゃ…」
「目が覚めたら目前にランチの顔だよ?さすがにびっくりしたなぁ」
…言い訳のしようがない。
「悪かったよ。…あんた、いつまで目ぇつぶってんだ?あれじゃ目が覚めないとか…」
「目を開けるとね、地球が回っちゃうんだよ」
「………悪かった。水、持ってきてやるよ」
立ち上がり、歩いていくランチの音に、目を開けるスプーキー。
やはり、地球は回っていた。
…よく歩けるなぁ………
グニャグニャの地面にグニャグニャになって歩くランチの背中に、苦笑。
「…もうしない。って言わないんだね」
ささやかな、しかし大きな賭だった。
それがヤケに、嬉しかった。
ぐるぐる回る世界を、再び、遮断する。
ランチの背中の残像が、マーブル模様に、まぶたの裏を覆い尽くす。
こんな時だけ、地球は回る。
こんな時だけ、時を刻む。
足音。
「解毒剤は、口移しがいいのか?」
意地悪そうな苦笑を含んだ声。
ソファに腰掛ける。
スプリングが軋む音。
まぶたの裏には、いつものように、片方だけ口の端を持ち上げる、ランチ。
スプーキーは、至福の笑みを漏らす。
「…王子様に、おまかせするよ」



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