最後の夢の最初の扉



「たいへんだジジィ! 海賊船が!!」
この船にバラティエと言う名が付いて、数日後。
それは、まだ名ばかりのレストランで、ウエイター兼コックが一人と半分。
開業しているのか否か解らないような、
いわば、それなりに食材を積んだ一隻の船でしかない状態での出来事だった。
今にも殺されそうな顔でオーナールームに飛び込んできたサンジは、
青ざめたまま、硬いベッドに腰掛けたゼフの前掛けを力任せにひく。
「海賊船が来た!! 早く逃げろよ!!」
「…てめェのアタマは虫食いか? 客が来て逃げ出すレストランがどこにある」
未だ歩くのに不都合の残る義足に身体を乗せ、窓から外を眺めた。
まがまがしい海賊旗の付いた船からは、
二階の欄干に鉤の付いたロープが投げられていた。
「クソ野郎が。そこは裏口だ」
吐き捨て、扉をくぐる。
「虫食いはテメェだろクソジジィ!? あんな大勢相手にどう戦う…」
語尾は、顔面と共に義足で凪ぎ払われた。
「接客もできねぇガキはスっこんでろ」
…何考えてんだよ…
今まで一般的な客船で働いていたサンジにとって、海賊船は脅威しかない。
海賊船の全てが、略奪を目的としてるわけではないことは知っていても、
大した武力のないこの船に客として迎え入れることが怖かった。
ようやく歩き始めた夢を、無惨に叩き潰されることが、怖かった。
…せっかく店が出来たのに…自分の足を食ってまで生き延びたのに…
こんな所で死んじまったら全部無駄になるんだぞ…!?
「ジジィ!!」
きしむあごを精一杯に開けて叫んだ。
返事はない。
立ち上がり、扉から頭を出して外を眺めた。
二階のデッキに飛び降りたらしいゼフは、ロープを菜切り包丁で全て切り落とし、
一階に飛び降りる。
そこにかけられた板きれを、いかにも荒々しげな男達が渡ってきた。
サンジは唯一自分の物である包丁の帯を解き、ゼフと同じように、欄干を二つ、飛び越える。
「ジジィ!!」
先頭の男が、手にした剣をゼフの首もとに当てた。
「大人しく金目の物を出せば、命は助けてや…」
海に落ちた。
「見て解んねぇのか。ここはレストランだ」
その義足のどこに、そんな重さが出るのか解らない蹴りの余韻を残し、ゼフは言う。
後ろで包丁を構えていたサンジは目を大きくした。
義足となって、始めて見た蹴りだった。
…すげぇ………
歩くのがやっとだろうと、ずっと思っていた。
デッキへ飛び降りたことすら、無理をしているのだろうと思っていた。
しかし、そうではなかった。
片足を失えど、その足技は健在だった。
…このジジィは、今でも、『赫足のゼフ』…なんだ………
「赫足のゼフ…」
誰かが、そう言った。
「クック海賊団の…」
「嵐にあって死んだハズじゃ…」
「でも、この足技は…」
ざわめきは、瞬く間に海賊船の甲板にまで広まる。
その甲板に、一人の男が姿を現した。
「…赫足のゼフ…か?」
良く通る、声。
この海賊船のキャプテンと思われる威厳が、そこにはあった。
「…海上レストラン・バラティエ、オーナー兼料理長のゼフだ」
言い終わると同時に、銃声が響いた。
続いて金属音、ガラスの割れる音。
「なるほど。ゼフ…だな」
義足の金具部分で弾丸をそらすその姿に、誰もが認めざるをえなかった。
そして、認めたがゆえの行動に出る。
「船を降りたとは言え、てめぇを殺れば、さぞかし名が上がるだろうなァ…!」
二丁目の銃が構えられた瞬間、ゼフはその場で上体を低くした。
「船は降りちゃいねぇ。戦場を変えたってだけだ」
板の上を駆け上がる。
障害物は次々となぎ払われた。
自ら海に飛び込む者もいるほどの勢いで甲板までたどり着く。
銃声。
その煙の上がる銃は、煙と同じように、宙に浮かんだ。
サンジの目からは、ゼフの姿だけがうかがえる。
声が、響いた。
「大人しく金目の物を出せば、美味いメシを食わせてやるぜ?」
波と、風の音だけが聞こえる。
静かだった。
「クックックック…」
静寂は、その声によって破られた。
小さな笑い声が次第に大きくなっていく。
「はっはっはっはっ!! さすがだ! 参ったぜ、完敗だ!!」
ゆっくりと起きあがる男の影…海賊船のキャプテンは、
上着やズボンに残された銃を全て甲板に落とすと、
「最高に美味いメシを食わせてくれるんだろうな?」
そう言って、胃のあたりに手を当てた。
「実のところ、腹が減って死にそうだったんだ。コイツらの分もあるのか?」
「あたりめェだ。ここは海上レストラン・バラティエだぜ」
ゼフは船上で振り返る。
「チビナス!! 何ボケッとしてやがる!! 客だ! 準備しろ!!」
いきなりの御指名に、サンジは飛び上がった。
「え…!? だって…」
「だってもクソもあるか!! 客にメシを食わしてやるのがコックだろうが!!」
板きれの上を降りてくる。
後ろを気にする様子は、微塵もなかった。
…もし、後ろから撃たれでもしたら…
サンジは気になって仕方がなかったが、海賊船のキャプテンと目が合った瞬間に
指で銃を撃つマネをされ、挙げ句に笑われ、慌てて目をそらした。
「なぁジジィ、あいつら本当に店に入れるのかよ。店の中で暴れ出したらどうすんだよ」
「暴れやしねぇよ。もし暴れたとしたら追い出しゃいいだけの事だ」
「追い出すって…急に戦ったりして大丈夫なのか? まだ動けるのか?」
ゼフは、驚いたように、しかしゆっくりとサンジを見下ろした。
小さな頭に、深くシワの入った大きな手を乗せて。
「バカ言ってんじゃねぇ。コックの戦場は、これからだぜ」
それはサンジが始めて見た、コックとしての笑みを含んだ顔だった。
なんとなく、嬉しくなった。
頭に乗せられた手で、軽く叩かれる。
「スープの準備と、前菜20人前だ。急いでとっかかれ」
「え!? 前菜とスープ、俺がやっても良いの!?」
「教えた通りにやれよ。不味かったら、てめェに食わすからな」
バカみたいに機嫌がよくなる自分に、サンジは気付いた。
それを誤魔化すように、すこし、ふてくされてみる。
「不味いワケねぇだろ! 不味いって言うなら、ジジィの舌がボケてんだよ!」
「チッ、クソチビが。調子に乗るんじゃねぇ」
義足で尻を蹴られ、お返しにと、足を振り上げた。
届くことなく身体が反転する。
視界に入った海賊船のキャプテンと、また、目が合った。
指を、銃の形に構えて。
「待ってろよ!! すぐにクソ美味ぇメシ、食わせてやるからな!!」
せいぜい、がんばってくれ。
そんなカンジで、ないがしろに片手をあげるその男に、引き金を引いた。
「バーンッ!!」
嬉しくて、楽しくて、心から笑いたくなった。
だって…だってさ、
襲われ、奪われることにビクビクしていた今までとは違う。
今まで怖いだけだった海賊が、俺のメシを食いに来る。
ガキって言いながらも、ジジィが少しだけ、一人前として扱ってくれる。
それに………
ジジィが見た最後の夢を、本当の意味で、理解できたような、気がしたんだ…!

「ジジィ! 俺、コックで良かった!! 同じ舞台で戦えるコックで、良かったよ!!」





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