最終形態



「南条ってさ、最近優しくなったっぽくない?」
机に身を乗り出す…と言うか、半分座るようにして、軽い声色。
南条は本を読んだまま、
「何だ?突然」
と、おざなりに返事をする。
そんな南条にかまいもせず、上杉は、自分のペースで話を続けた。
「何かさ、丸くなったってゆーの?」
「丸くなった?お前に言われてもな」
小さく口の端だけで微笑むその顔が、やけに気になる。
はっとして、
「なにー?それ、どーゆー意味!?」
少しふてくされたみたいにおどけて、いつもと同じ「上杉」を装って。
「お前のように丸々とした角の欠片もない人間に言われても信憑性がないと言う事だ」
「え!?わかっちゃう!?そーなのよ俺様最近太っちゃってぇ!」
「…そういう意味ではない」
こんな会話が、やけに嬉しい。
「やだなーなんじょうくん冗談だって!」
疲れたように、大きくため息。
「………付き合いきれんな」
パタン。と、本を閉じる。
席を立つ南条を慌てて追いかけ、服のひじのあたりの余った布をつかんだ。
「えー?ちょっと待ってよ!じゃ今からお付き合い申し込んじゃうから!な?」
必死の冗談。
返される言葉は、ない。
メガネが光を反射して、表情が読み取れない。
「…どしたの?南条」
恐る恐る、尋ねる。
「あ…いや、何でもない。少し、風にあたって来る」
目をそらすように踵を返して、屋上への階段を上っていく南条。
「え…ちょっと待ってよ南条!」
足の早い南条に追いつくために小走りになって。
階段の踊り場のあたりで、ようやく捕まえた。
「オレ様、何かまずい事言った?」
目を、見ようとしない。
少し怒ったような表情。
恐い、感じの顔で。
「…なぜお前はそんなにも俺に興味を示すのだ?」
見下すような視線に、恐いと言う思いをはねのけて。
「決まってんじゃん!愛しちゃってるからでしょー?」
精一杯の強がり。
冷たい。冷たい沈黙。
「ちょ…南条!冗談なんかじゃないぜ!?ホントに!!…ホントに………」
ようやく、南条が目を合わせて。
急に追いつめられたみたいに恐くなって、うつむき、視線をそらす。
出かかった言葉の続きを、小さな音でこぼすみたいに。
「ホントに好きなんだから、気になっちゃうんだからしょーがないだろ!?」
やっぱり、言葉は返ってこなくて。
すごく、後悔する。
もう、二度と南条は俺の事見てくれないかもしれない。
もう二度と目を合わせることなく終わるかもしれない。
全くの他人として、関わりたくない存在になるかもしれない。
恐くて、ドキドキした。
もう、終わりなんだ。
そう思って、視界の端に映った南条の手にビクッとして。
ぎゅっと目を閉じたら、首の後ろを支えるようにして、触れるみたいな、キス。
「………!」
驚いて、目を開いて、南条の肩のあたりに手をつき体を離した。
南条も、驚いて手を放す。
「あ…いや、すまない。俺の…勘違いだ」
始めてだ。
南条のこんな顔。
こんな声。
少し、混乱して。
「えっ…?ちがくて………勘違い…な、ワケ?」
「こういう意味では、無いのだろう?」
まともに顔が見れなくて。
「こういう意味…の、つもりなんスけど…?」
やっと、意味が分かって、さっきとは違う感じでドキドキして。
「南条は、違うの?」
勝手に口から出て来る言葉に、後悔しながらも、止まらない。
「そういう意味でしてくれたんでしょ?」
度惑ったような、ようやく年相応な感じになった南条に、
こんな事を問える上杉ではない事は、南条も知っていて。
脅えるような彼の強さに、更に戸惑う南条。
「違うの?オレ様の事、好きって事じゃ…」
「うるさい」
ビクッとして、また、うつむいて。
「え…あ、ごめ……」
「この俺が、こんなにも一個の人間に固執している事を口に出せと言うのか!?」
固執…?
執着とか、気になるとか、もしかしたら、好きとか?
…南条とは無縁だと思ってた。
それが、自分に向けられるなんて、思いもしなかった。
冗談で言いから、好きって言っていたかった。
冗談でも言えなさそうな言葉を、言ってくれるなんて思わなかった。
でも、ずっと言って欲しかった…
「あーあ。言っちゃった…」
「…言わなくては、解らんのだろう?」
うん。言わなきゃ、わかんないもんな。
両方に付いていた手を、握り締めて、胸に、額を付けて。
そう言わなくても、言って欲しいって事わかっちゃう南条が、好きなんだ。
わかってるくせに言えない南条が。
「…大好きなんだゼ?」
照れくさいけど、言いたい言葉。
理解して欲しい言葉。
受け入れて欲しい言葉。
「何度も言うな」
少し、優しい感じの口調。
背中に、腰に、ぎこちない感じで手を回して。
「うん」
引き寄せられて、顔を上げた。
「南条、大好き!」
すみずみまで広がった笑顔に、呆れたように。
「言うだけ無駄か」
照れたように、困ったように、目を合わせられない南条に。
「おかえし」
唇の端に、キス。
少し驚いて、こっちを向いた隙に、もう一度。
「倍返し!」
いつもみたいに、笑う。
いつもみたいに笑える自分が好き。
そうしていられるこの場所が。
南条の側にいるのが、好き。
こんな風に、自分が好きになれるなんて、考えられなかったのに。
「…まったく」
呆れたように、でも笑ってくれる南条に、感謝したい。
「南条…」
「何だ?」
真っ直ぐな視線に、真っ直ぐに返してくれる。
「もう一回、言ってもいい?」
軽く、吹き出しながら。
「言うなと言っても、無駄なのだろう?」
こういう風に柔らかい喋り方をしてくれるのが、嬉しくて。
へへって感じで笑って。
「大好きだゼ?」
そう言って、背伸びをした。
空から降ってきた羽が唇に触れるような感覚に。
…ずっとずっと、こんな風になりたかった。
こんな自分になりたかった。
これが自分であって、よかった。
そう、思った。
自分が、自分でいられる場所。
ようやく見つけた。
…きっと、もう、今のオレ様には、ペルソナなんて、いらないって。
そういう事…だろ?



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