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いきなりの雨だった。 御自慢のドレッドを頭に張り付かせて、明らかにご機嫌斜めな表情で トレーラーハウスへの帰路を急ぐランチと遭遇した事を、幸運と取るべきか否か…。 「ドレッドって、濡らしちゃまずいんじゃないのかい?」 広げても小さな折り畳み傘を高く掲げ、 「入るかい?」 そう尋ねた。 立ち止まるランチ。 ハイとも、いいえとも言わずただムスッと立っているだけ。 …すごい機嫌悪い。 「ハハ…ちょっと遅かったみたいだね」 「…そうだな」 少し乱暴な感じに傘を取り上げ、くるりときびすを返す。 「ちょ…待ってくれよ!僕を置き去りにするつもりかい?」 慌てて駆け出して、再度立ち止まってるランチに顔面から衝突した。 「冗談だよ」 そう言って振り返った顔が少し柔らかくなっている。 子供みたいにすねた顔が、急に大人のそれになって、 いつも、すごく、ドキッとさせられる。 「…まったく」 呆れたようにそう言っても、けっきょく口先だけで、終わっちゃうんだ。 見上げた顔にくぎ付けになってちゃ、説得力なんて無い。 「何ぼけっとしてんだよ。行くぜ?」 歩き出すランチを慌てて追いかける。 付いて来てるのを確認するみたいにチラッと振り返って。 「ぼけっとしてんのはいつもか」 ニヤッとした顔で、喉を鳴らす。 …笑ってくれると、すごく嬉しい。 急に、肩に手を触れる。 少しびっくりして、ビクッとして。 「肩、濡れてんじゃねぇか」 有無を言わさず引き寄せられる。 濡れたコートが冷たい。 それ以上に何だか気恥ずかしくて、 ランチの脇腹に手のひらをあて、グイッと突っ張った。 「ん?…あぁ、悪ぃ。冷たかったか?」 「冷たいのも、あるんだけど…」 こんなに近寄ると、見上げても表情がよく見えない。 …誰かに見られたら、さ… そう言おうとして、気が付く。 「ランチの肩だって、さっきより濡れてるじゃないか」 「あんたが近くに来ないからだろ?」 「だって…」 「だってじゃねぇよ」 コートの片側を広げる。 「ほら。内側は防水だから冷たくねぇし」 背中から肩に回されたコートに巻き取られるみたいに。 胸に、腹に、張り付くみたいなシャツが目の前に来る。 あまり厚みの無い、でも筋肉質な体のラインがはっきりとわかって。 それから、雨の湿気のせいか…すごく、ランチの匂いがした。 体の内側がぎゅっとなる。 …なんだか、苦しいよ。 鼻の奥の方が、喉の上の方が、じんわりする。 ランチが、軽く息を吸った。 「そこなら、恥ずかしくねぇだろ?」 びっくりして、慌てて顔を上げた。 恥ずかしいなんて一言も言ってないし、それに… 「君と…君と居る事が恥ずかしいとかじゃなくて…!」 「…そうじゃねぇよ」 コートの隙間から顔を出したその額に。 やさしい、キス。 「俺が、恥ずかしいんだよ」 …な? 子供に言い聞かすみたいな見え透いた嘘。 僕の方がよっぽど子供みたいで… ぎゅっと内側に収縮された冷たい体が、 緩やかに溶けて広がっていくみたいな。 安堵感。 訳も無く、涙腺がゆるむ。 こんなにも、僕は不安定だったのか? コートの中に、慌てて顔を引っ込めた。 回されていた手のひらが、しっかりと肩を包む。 肩から、熱が伝わってくる。 もう一度、強く引き寄せられて、 少し、温度の高い胸に、うつむいた頬を、もたれて。 そんな風にされて、こんなになってる自分が嫌で。 みっともなくて。 強がりたくて。 でも………どうしようもない。 だってすごく息苦しいんだ。 引きつったみたいな呼吸しか出来なくて。 どうしたらいいか…わからないんだよ。 …僕は、少し、おかしいのかも、しれない。 だって、ほら。 雨音が聞こえなくなって。 鳥がさえずりだしたって。 僕はここから、出る事が出来そうにないんだ。 |