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雑踏の中の静かな空間。 それは数年ぶりの再会だった。 「ひさしぶり」 彼は目を細め、 「大きくなったね」 そう言って笑うと、カウンターの隣の席に腰を下ろす。 「…背は伸びてねぇよ」 ランチは喉の奥で小さく苦笑を響かせた。 音響によって小刻みに波打つ、カウンターの奥のボトルを眺めたまま。 「タバコ、吸うようになったのかい?」 「…昔、いっとう気に入ってたヤツの匂いが忘れられなくてな」 紫煙を吐き出し、傾けたグラスで唇を濡らす。 彼は、ランチが眺めるボトルのラベルに描かれた曲線を目で追って。 「大人の発言だ」 肩を震わせた。 「じゃぁ、僕もマーキングに協力してあげようか」 ランチの前にある灰皿の横に置かれたタバコと、シルバーのジッポライター。 それを滑らせ、彼の前に送る。 「格好良いね」 小さく笑われ、ランチは僅かに眉をしかめた。 慣れた手つきでタバコを振って、飛び出した一本を口に含む。 「火は、つけてくれないのかい?」 「…甘ったれてんじゃねぇよ」 そう言いながらも、ライターを手に取るランチに。 「変わってないね」 表情をゆるめる。 「ありがとう」 火を点されたタバコを深く吸い込む。 「催促しといて、よく言うぜ」 指の間にタバコを挟んだ手の甲を額につけ、ランチは笑う。 その手に触れる前髪。 ふと、手を伸ばせば届く、背を丸めたランチの髪に、触れて。 「…?」 「思った通りだ」 満足そうに。 「思った通り、柔らかい。…ドレッドは、やめたのか」 「あぁ…」 彼の方に、灰皿を押しやって。 「欲しがってた物のカタチが、変わったってだけだ」 彼は片方の眉を上げる。 「freedom…か」 「…かもな」 肩をすくめるような仕草。 見慣れた、仕草だった。 目前に置かれた灰皿に、乾いた唇から剥がしたタバコを押しつけて。 「このタバコの方は?」 彼は問う。 「生きてるのか死んでるのかすら、わからねぇよ」 「…そう」 意地の悪い笑み。 「音沙汰無しだ。…ずっとな」 目を、合わせた。 彼は静かに目を伏せて、笑みを隠すようにうつむいて。 未だ手元にあるタバコを取り出し、それをくわえる。 火は点されて。 「ごちそうさま」 煙の立ち始めたタバコを掲げ、彼はカウンターを離れた。 その背中に。 「…あんたの名前…いや、ハンドルネームを、教えてくれないか?」 彼は首だけ振り返らせて。 「そんなこと、とてもじゃないけど恥ずかしくて言えないよ」 そう言って、背中で手を振った。 胸の奥の熱に、ランチは一気にアルコールを煽る。 広がった熱で溶けそうな身体。 その手のひらを、触れられた髪に差し込んで。 感触の余韻が、熱でじわりと吸収される。 アルコールの熱は、すぐに冷め。 しかし、いつまでも熱い体に、苦笑を漏らす。 酔っているせいだ。 そう言い聞かせて。 タバコを消し、席を立つ。 ライターをポケットにしまって。 バーテンダーに挨拶をして。 空のタバコのケースはそのまま。 止まらない苦笑を隠そうともせず。 紫煙の染みついたカウンターを、ランチは後にした。 |