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「たった二週間でこれかよ…」 ランチのあきれたような声に、スプーキーはニコニコしながらタバコの煙を吹き出した。 スプーキーとの会話の中で、数々の惨事を聞いている内に、 いてもたっても居られなくなったのだろうランチは、 その調子で月に2、3回はスプーキーのマンションに来るようになった。 二週間前に見事なウサギ小屋を人の住めるような状態にまで回復させて、 今日来て見ればこの有様。 その、実に見事なウサギ小屋の復活に、大きな肺から溜息が漏れる。 「ずっとトレーラーに居るくせに、いつの間にここまで汚したんだよ」 「すごいだろう?」 「…褒めてんじゃねぇよ」 とりあえず窓を開け、空気を入れ換えながら ジャンルの統一された専門書を本棚に片付ける。 そこには先客が居た。 「ゴミは捨てろよ」 本棚には何故かコンビニのビニールに入ったゴミが、きれいに並んでいる。 「捨ててるよ。順番に」 「順番?」 ゴミは溜まる前に捨てるランチに、順番の意味は解らない。 「そう。左の方が古いんだ。だから左から順番に捨てるんだよ」 「全部捨てろ」 ランチは、その大きな手でも持ちきれないほどのゴミをまとめようと、ゴミ袋を探す。 「何を探してるんだい?」 「ゴミ袋。これをまとめようと思ってな」 「え?ゴミ袋なんて無いよ」 スプーキーは驚いたように言う。 「買ってきた袋に買ってきた物のゴミを入れる。ゴミ袋なんていらないだろう?」 言われてみれば、合理的な方法だ。 買ってきた物よりも大きなゴミなど発生しない。 仕方なく、ビニールの取っ手に他の取っ手をひっかけて、一つにまとめ、玄関先に放った。 帰りがけに捨てに行くつもりだろう。 ここのマンションのゴミ捨て場は、ゴミを回収する前日の3時から ゴミを捨てても良い決まりになっている。 1日おきにゴミの日があるので、捨ててはいけない時間にゴミを捨てる方が難しい。 便利なマンションだ。 テーブルの本類を片付けると、今度は口の開いた菓子類が目立つ。 たぶん、すでに時化ってしまい、食えた物じゃないだろう。 「これ、まだ食うのか?」 「食べられるよ」 「不味くねぇ?」 「味付けをするからね」 そう聞いてランチはキッチンを覗く。 そこは案外片づいていて、普段から使われてないだろう事が伺えた。 流しにマグカップがあるだけで、他に食器らしい物はない。 調理器具は、ガスコンロ以外何もなかった。 素晴らしく徹底している。 しかし、その見通しの良いキッチンに、調味料など何処にも無かった。 「味付けって…どうやってだ?」 当然のその問いに、スプーキーはにっこり笑って、 「これ」 と、手にしたタバコを軽く持ち上げた。 ランチは頭を抱えしゃがみ込む。 「どうしたんだい?頭でも痛む?」 「………信じらんねぇ」 「あれ?ランチ、タバコ嫌いだっけ?」 慌ててタバコを消そうとするスプーキーを、片手で制するランチ。 「そうじゃねぇ…けど…あんた、味覚ねぇの?」 ランチはしゃがんだまま膝にひじを乗せ頬杖を付く。 あきれっぱなしの顔は、片方だけ目が閉じられていた。 「いや、美味しい物は美味しいと思うよ?」 ランチに制されて止めた手の中のタバコはすでに短く、 スプーキーはその手のタバコをそのまま灰皿に押しつける。 ランチは、閉じていた目を細く開けると、その様子を眺めながら、考えていた。 確かに美味そうに物を食う姿を覚えている。 もしかしたらこの人は、美味い物以外の味は認識しない 便利な舌を持っているのかもしれない。 もしくは、タバコが主食なのか…。 ここ二週間の間に家に帰ってきた回数を考えると、確かにゴミの数が少ない。 本当にタバコを食事代わりにしている可能性もあり得る。 「あんた、腹減ってねぇ?」 「うん。たぶん」 「たぶんってなんだよ」 ランチは苦笑しながら立ち上がった。 「何か作ってやるよ。何が良い?」 「美味しい物なら何でも」 「…タバコ味の食い物は、作らねぇからな」 そう言って、玄関に放っておいたゴミを掴んで買い物に行くランチを見送るスプーキー。 「鍋もフライパンも無いけど、どうするつもりなのかな?」 閉じた扉にホクホクした顔でつぶやいて、立ち上がる。 ランチ持参の床に置かれたCDプレーヤーは、 シュルシュルと音を立てて再び一曲目を奏でていた。 初めて聞いたそのCDの、密かに気に入った6曲目を選曲してからイスに戻り、 新しいタバコに火を付ける。 他人に干渉されるのも、ランチなら、悪い気分じゃない。 普段語ることのないプライベートをわざわざ話した甲斐があった。 想像通りのランチの行動に、いつまでも顔が笑ってしまっている事を、自覚した。 きっとランチも解っていて来てくれているのだろう。 寂しい人だと思われているかもしれない。 それでも、良いかな。 誰かを待つ事も、それがこんなにも楽しいと言う事も、初めて知った。 いつだって自己探求は面白い。 SPOOKのSNOOK。 だんだんと不合理になっていく自分に、過去の自分があざ笑う。 それすらも、楽しいと、思った。 聞こえてくる足音。 扉の向こうでそれが止まる。 ビニールが擦れる音。 ドアノブが回されて、カチャリと、金属の音がする。 スプーキーは肺に含んだ紫煙を吹いて、微笑んだ。 「おかえり」 6曲目のサビの部分が、演出のように。 |