|
「ランチってさ、お風呂好きよね」 向かい方のホテルの明りと、その間に流れる川の音。 すぐ後ろには室内大浴場。 そこからつながってる露天風呂。 星空の中でお風呂に入れるなんて、なんて幸せなんだろう。 …って、普通は思うはずなんだけど…? 何か不機嫌そうなランチ。 「ランチ、お風呂嫌いなの?」 「べつに」 …やっぱ不機嫌。 「好きなんでショ?さっきも入ってたのに、また入りに来るくらいだし」 「そうだな」 不機嫌って言うより、上の空? 景色に見とれてる…って感じじゃないんだけど。 …やっぱ、さっきの事だろうなぁ。 さっきの事考えてたら、何だかのぼせてきた。 お湯に足だけつけて、冷たい、ゴツゴツした岩肌に腰を下ろす。 湯気で何も見えないみたいだった頭の中が、あっと言う間にすっきりした。 垣根の隙間から見えるホテルの明り。 向こうからだって見る気になれば丸見えなんだろうなぁ…とか、 タオルか何か巻いといた方が良いのかなぁ…とか、 でもそうやって女々しい奴とか思われたら嫌だなぁ…とか、 そんな事を考えていたら、ランチがちらりとこちらを見た。 気にしてると…何だか気になる… いったんうつむいて、それから目線だけでランチの方を見ると、 ランチはまた、遠くの方を見ていた。 あ…何か笑ってる。 ランチは、周りのお湯が揺れるくらい肩を震わせ、笑うのをこらえているようだった。 カァっとなる。 「なっ…何笑ってんのよ!」 クックッって感じの声が漏れる。 「何でもねぇよ」 そう言った語尾も笑ってる。 …なんなのよ! 男としてのプライドを著しく傷付けられ、赤くなった顔までお湯の中に沈めた。 …やっぱ、カッコ良いよなぁ お湯の中、平らな岩に背中をもたれ、こっちに少し背中を見せる感じで体をひねって、 水面に映るホテルの明りと、月と、星と、 そう言った物だけがキラキラする真っ黒い川を眺めて…。 隣に並んでみた。 座高の都合でここからじゃ川なんて見えない。 肩を、ならべてみる。 同じ生き物とは思えない、大きな肩とか腕とか。 色だって全然違うし。 腕の付け根から筋肉の凹凸のへっこんでる所を中指でなぞる。 肩越しにチラッとランチが振り返って、 なんとなくドキッとして顔を上げたら、また、遠くを見て。 遠くを見ながら、ぼそっと、 「…あいつにも、そんな事、したのか?」 って、言う。 …何が言いたいんだろう。 自分に都合の良い事ばかり考えちゃうのが嫌で、何も、考えたくない。 「してないよ」 「…ふん…どうだかな」 …そんな言い方やめようよ。何だか嬉しくなっちゃうよ。 嬉しくて、笑っちゃってる顔のまま、ランチの肩に、額を付ける。 腕を、からめてみる。 少し、ランチが動いた。 からめた腕をぎゅっと抱き寄せて、胸や、お腹に、ぴったりくっつけて。 そうして、聞いてみた。 「こうしてるとさ、俺の声、響く?」 変な顔をするランチ。 「そりゃぁ…な」 …ふーん。その程度か。 「毅生さんて、ランチに似てるね」 あ、眉が寄った… 「…なんだよ。その『毅生さん』って」 「なんで?『潤之介さん』って呼んで欲しい?」 やっと、こっちを向いてくれた。 「おまえ、あの野郎に何か吹き込まれただろ」 「ううん。何にも」 急に、腕を解かれた。 凄い不機嫌そうな顔。 「ほっ…ほんとだって!毅生さん、何も言わなかったし、何もしなかったのよ?」 慌てて、背中に抗議する。 もう、振り返ってもくれない。 「あぁ。そうかよ」 低い音。 低くて、恐い音。 「信じてないでしょ」 「当たり前だろ」 「何でよ!」 首だけ振り返らせて、肩越しに、にらむみたいに。 「何もしてねぇのにあんな声出すのかよ」 体中が一気に熱くなった。 顔なんてきっと真っ赤に違いない。 何も言えないんだろうって思ってまた後ろを向いちゃってるランチ。 どう言えってのよ!? 声だけで気持ち良くなっちゃって一人で勝手によがってましたって言えって!? あ、でも放っておいたらもうすぐランチ出てっちゃいそう… ほら、なんか立ち上がろうとしてるみたいだし… そんなのやだよ… ランチが立ち上がらないよう、慌てて肩に手を置いた。 手を置いて、頭にある、全然まとまってない言葉を口にした。 「だってランチと同じ声してんのよ!?しょうがないじゃん!」 意味が飲み込めない。 そんな感じの顔で、 「…どういう意味だよ」 振り返りながら、そう聞いて。 やっとまともに顔を見てくれた。 「俺、酔っ払っちゃってたのよ」 「それじゃわかんねぇよ」 それは、そうだ。 「毅生さんに飲ませて、ランチの事聞こうって思って…」 呆れた顔してる… 「馬鹿じゃねぇの?」 …うわー、きっついなぁ… 「あんなナリでも俺の親父だぜ?飲ませたって無駄だって思わなかったのかよ」 「あ…そっか…」 「それに…」 腕をつかんで引き寄せ、お湯の中のあぐらの上に、横向きに座らされる。 「俺に事は、俺に聞けよ」 体をひねって、ランチの顔を見る。 この体制…毅生さんの時の… 「ねぇランチ…いつから見てたワケ?」 「おまえがシャレになんねぇ声上げた時」 …やな言い回し… …じゃ、別にわざと今この格好なわけじゃないんだ。 その偶然に、何だか、変な気分だ。 「で?」 「…え?」 「何で何にもされてねぇのに、あんな声上げてたんだよ?」 …うわ… 何か…すっげぇ… 胸に手を付いて、体を離す。 「すっげぇ…ヤラシイ顔…」 すげぇ…どきどきする。 挑戦的な目とか、口の端だけ持ち上げて笑うとことか。 「言ってみろよ。…どんなコト、してたんだよ?」 少しかすれたみたいに、声を出す。 鳥肌が立った。 「名前…呼んでもらった」 「…で?」 「そんだけ」 …変な顔してる。 「そんなワケねぇだろ?名前呼ばれただけであんな声出す奴いるかよ」 むちゃくちゃ、恥ずかしい… 「だって…!」 「…だって?」 あ…この声。 ちょっと低くして、喉で転がすみたいな声…。 「…だって、ランチと同じ声してたのよ?」 「………」 …黙んないでよ… 眉を寄せ、理解しがたい顔で頭を掻くランチ。 「…って事は…なんだ?」 うつむいた顔を覗き込むみたいに、無理矢理目を合わせる。 「おまえ、俺の声だけで、あんなになっちまうワケ?」 …っもうちょっと言葉を選べっての!! ちょっと、すっげぇ恥ずかしいんだけど! 「信じらんねぇな」 「俺だって信じらんねーよ!」 そう言って、顔を上げた。 …ドキッとした。 なに、ニヤニヤしてんのよ… ホント… …どきどきする。 ランチのこういう顔って、すごく、ヤラシイ気分になる。 何か、落ち着かない。 「やって見せてみろよ。同じ様にさ」 …言うと、思った。 「…ほら」 ………もう… …首に、手を回した。 ランチの胸に、体がぴったり吸い付くみたいに、間の水分がなくなって、 真空になったみたいで。 首筋に、キスをして、それから、…耳に、金属の感触。 「毅生さん、こんなのなかったよ」 小さな輪っかのピアスごと、耳たぶを口に含ませる。 毅生さんには、こんな事してないんだけどね。 ククッって感じで笑うランチ。 「そりゃ、そうだろうよ」 …ゾクゾクする。 「で?」 先を促す。 「…真悟って」 「…言ったのか?」 「うん…言ってくれって、言ったら…」 あ…また、そーゆー笑い方するし… すげぇ…ゾクゾクするんだ。 何か、涙出そうなくらい、鼻の奥の方が、痛いみたいに、しびれる、甘い…。 「毅生さん…っそんな笑い方…し…しなかった…よ…?」 あ…やばい… 何かやばい感じ… まだ、笑いながら。 「どんな…風に?」 あ…何か…駄目だ…。ホント、どうしようもなく…なってきた… 「どんな笑い方…シた?」 笑うみたいに、からかうみたいに、低い低い響く音で、すごく、すごく… 「ヤラシイ…声…っ」 体中が過敏になって…揺れるお湯すら、刺激みたいになって… もう、我慢できそうに…ない… 「…ヤラシイ?」 「…っん………っ」 …なんで…こんなんなっちゃうんだろう… 「…っもう……もういいでショ?………っね…ねぇ……もう………っ」 もう…だめだよ…そんな笑い方されたら… 「…そうだな」 「…ぁ……っ」 やっと、体に触れて… 「もっと…気持ちイイ事…しようぜ?」 畳の上で、目が覚めた。 まだ、体が熱い。 「あ!シックス、起きたみたいだよぉ!」 うわ…たっかい声… 頭に響く。 「…大丈夫かい?」 「あ…リーダー。…ランチは?」 「タオル、しぼりに行ってるよ」 のぼせた体に冷たいタオルをあてて、冷やしてくれていたらしい。 「いっくら珍しいからって、のぼせるまで入ってる事はないだろう?」 そう言って笑っているリーダー。 …どーゆーふーに説明したんだ? 「…目ぇさめたのか?」 濡れたタオルを折りたたみながら、ランチが近寄る。 浴衣の袖口から手を滑らせ、腕に触れた。 「…まだ熱いな」 タオルを額に置く。 振り返り、リーダー達に声をかけた。 「風呂、入ってきていいぜ?シックスは俺が見ててやるよ」 「そうかい?じゃあ、行ってこようか?」 「うん!」 二人とも風呂は苦手のはずなのに、露天風呂となると別格のようで、 どことなくはしゃいでいる。 「じゃぁランチ、頼んだよ?」 そう言って、部屋を出ていった。 ふすまが閉まり、一息つく。 「ねぇ、ランチ…」 「あ?悪かったよ」 …謝ってるし。 「そうじゃなくてさ、気になってたんだけど」 「ん?」 …やっぱ良い声だな… 「毅生さんから何も聞いてないって言ったらさ、怒ったじゃん?あれ、何で?」 「…あぁ」 …何か、考えてる… じっと、顔を見て。 それから、ふっ…て笑って… あ…今の顔、毅生さんに似てた… 「死んだ母さんが、そう呼んでたんだよ。毅生さん。潤之介さん。って」 その話を、聞いたのかと思った。 そう言って、照れたみたいに、笑った。 笑うと、似てるな。 似てるけど…でも… 「俺、怒ってるランチ、好きなのよ」 「…なんだよ、それ」 やっぱり、ランチはランチで… 「ランチだから…さ」 そんな変な顔しないでよ 何か、ランチじゃなくちゃ、駄目なんだって、すっごく良くわかっちゃって。 …ホント……… 「何でこんなに、大好きなのかなぁ…」 「…まだのぼせてんのかよ」 苦笑混じりにキスをして。 たぶん、ずっとずっとのぼせてるよ。 …でもさ。 一生冷めない熱にうかされるのって、なんかちょっと、イイと、思わない? |