|
「ねぇ、レイちゃんって強い?悪魔と戦える?魔法使いなの? モノリスって、怖い悪魔いっぱいいるかなぁ…?」 「………あなた、人の話ぜんぜん聞いてないのね…」 正気を取り戻し、一部始終の説明を受け、一通り大泣きしたユーイチは 鼻をすすりながら大量の質問をレイにぶつける。 …子供の相手って…疲れる…… 薄汚いトレーラーのソファーでぐったりしながら、レイは渋々言葉を返した。 「いい? あなたが重度の洗脳を受けていたことは解るわね?」 「うん」 「それをここまで回復させたって事も、解る?」 「わかる。ありがとぉ!」 泣いたカラスが満身の笑み。 …素直なんだか、ただの脳天気なのか… 「だったら、お礼はいいから休ませて」 人の精神に干渉すると言うのは、いかほどの術士でもかなりの体力と精神力を消耗する。 これほどの洗脳を施せる者がファントムに居るとなると、今後の作戦も考え直さねば… 「レイちゃん、モノリス行かない?」 考え事に割って入る、黄色いユーイチの黄色い声。 「だからレイちゃんって言うのやめなさいよ………モノリス?」 「みんなが心配なんだよぉ」 「あなたが動いたって、どうなるものでもないじゃない」 サラリと言ってのけて。 「他人の力をアテにするのはやめなさい。私は、あなた達の仲間になったワケじゃない」 「でも、オレが洗脳されたのは、一人で勝手に動いたから…。 もう、勝手な行動はしないってきめたんだ。でも…イヤな予感がするんだよぉ…」 唇を噛んで、目をつぶるユーイチ。 「洗脳された時の記憶に、モノリス…とか…サタ…ナ…エル…?そんな言葉が…」 「サタナエル…? まさか…」 「う…ん……サタ…ちが…アザゼ……ル…? あ…あと………」 うつむいた額に浮かぶ汗に、ハッとなる。 「もっ…もういいわ! やめなさい!! また洗脳が…!」 「で…でも、オレには…この…くらいのことしか…でき…な……」 「今ので充分よ。サタナエルが咬んでるなら、私が動いた方が良いわ」 弱い心に巧みに付け入るサタナエル。 …もしかしたら、この子の洗脳にも関与しているかもしれない。だとすれば… 「えぇ!? レイちゃん、一緒にモノリス行ってくれるの!?」 「しかたないでしょう? 今のあなたたちに、奴らの戦略がかわせるとは思えないわ」 「レイちゃんって、言うことはキツイけど本当は優しいんだね!」 「…もう、こんな重労働の無料奉仕は勘弁してほしいってだけよ」 溜息混じりに立ち上がる。 …何なの…? この子は… ただの脳天気ってワケじゃなさそうね… あの重度の洗脳の中で記憶が残っているなんて… ヤケに勘が良いし… なにか、人を動かす力もある… 「動くなら、早くした方が良いわ。 あなたのイヤな予感、完全にハズレ。ってワケにはいかなさそうよ」 「あ! じゃぁ、ちょっと待って! オレ、お菓子持ってくぅ!」 「お菓子…遠足じゃないのよ?」 「だってみんなお腹空いてるかもしれないよぉ? さ、行こ!」 「って、何で手をつなぐのよ! 遠足じゃないって言ってるでしょう!?」 「遠足で手をつなぐのなんて、幼稚園児だけだよぉ! それより早く行こ! 倒れてる悪魔をたどっていけば、すぐに追いつくから!」 …全言撤回! ただの脳天気だわ… レイは疲れた身体に鞭打って、溜息を吐く。 …こんな子供相手にしてるくらいなら、キョウジの相手してる方がまだマシよ… それがどちらのキョウジを指しているかは解らないが、片方はエクストラダンジョンに、 もう片方はカジノで荒稼ぎをしながら某サマナーの追っかけをしていることなど、 レイは知る由もない。 隣には、スキップをしているユーイチ。 レイはユーイチに手を引かれ、重たい足取りでモノリスへと向かった。 ランチとシックスがトレーラーに戻ってきて少しした頃。 「…っ!? リーダー!!」 血塗れのスプーキーを担いだ血塗れのレイ。 トレーラーにいた二人は、顔を青くして立ち上がった。 「あ! 二人とも無事だったの!?」 血塗れの後ろから顔を出したユーイチが、安堵の笑みを浮かべる。 「感動の再会は後回しよ! そこ退いて! この人、重たいったら…」 担いだスプーキーをソファーに投げ下ろすと、その背もたれに腰掛ける。 見知らぬアマゾネスの来訪に、ランチとシックスは呆然としていた。 「ランチぃ〜! 救急箱どこだっけぇ〜?」 段ボールをひっくり返して頭からかぶるユーイチに、ランチは我に返る。 「手当を…」 「そうだそうだ! タオルとお湯…だっけ?」 「子供生まれるワケじゃねぇんだぞ、シックス」 「…止血して、毛布かぶせて体温下げないようにしておけば大丈夫なはずよ」 「毛布あったよぉ〜!」 言われるがままにスプーキーの手当をし、ふと気付く。 「あんた、手当してくれたのか? 傷口の割に、出血が少ない」 「少しはね。回復魔法かけても、歩く度に傷口が開くから、たいした効果はなかったけど」 「…魔法…?」 「レイちゃんねぇ、魔法使いなんだよぉ!」 止血を終えて、毛布を掛けたスプーキーの身体をさすりながら、ユーイチが言う。 「…いまいちピンとこねぇが…ありがとうな」 濡れタオルを差し出すランチ。 「顔、血だらけだぜ」 「ありがと。珍しく、気のきく子がいるじゃない」 レイは笑ってそれを受け取り、ふと、自分が着ている白いスーツに目を落とす。 スーツは、マダラに染まっていた。 「まったく…アニマル柄って言ったって、牛じゃぁね…」 「あんたは、怪我ないのか?」 「あの程度のレベルの悪魔なら、私を避けて、道をあけてくれるわ。それより…」 ソファーに眠るスプーキーに視線を移し。 「彼のソウルがほとんど感じられない…。 僅かに、悪魔のソウルが残っているのも気がかりね」 …悪魔の…ソウル…? ランチの脳裏に、最悪の記憶が甦った。 豹変したスプーキーの頭部を割って、まるで羽化するかのように顔を覗かせる 巨大な羽を持つ悪魔…。 「やっぱ、悪魔に身体乗っ取られたのって、マズかったんじゃないの?」 「悪魔に?」 シックスの言葉に、レイは険しい表情で振り返る。 「その悪魔の名前は?」 「えーっと…何つったっけ? シェムハザとアザゼルが倒れ…って言ってたよなぁ?」 「シェムハザとアザゼル…まさか…サタナエル…」 「そう! それよ、それ!」 「そいつだと…何かまずいのか…?」 「解らない…。でも、彼のソウルが回復しない原因は、そのへんにあるかもしれないわ」 「悪魔がらみだとすると…一端の医者じゃ…どうしようもねぇよな…」 未だ苦悶の陰が残るスプーキーの寝顔を見下ろし、ランチは眉を寄せた。 「…どうしようも…ねぇのか…?」 考え込むように爪を噛んでいたレイが、顔を上げる。 「いいわ。サマナー御用達の医師に診せてみる。 一般市民は本当は診てもらえないんだけど…。何とか頼んでみましょう」 「…すまねぇな…。何から何まで……」 安心したのか表情のゆるんだランチは、レイと目を合わせ、僅かに微笑み、 そして、難しい顔をした。 「…ところであんた…誰なんだ?」 生の終わりと、死の始まりの間で、僕は彼女と会った。 銀の、髪の、少女… 「リーダーが帰るところは、みんなが居る所よ。ネミッサと一緒に、来ちゃいけない」 独りぼっちの彼女は、希薄に微笑んで、僕を押し返した。 「そんな顔しないで? ネミッサは、独りじゃないもの。 今までは独りぼっちの一つの破片だったけど、今は、マニトゥがいる。 ようやく、一つに帰れるの」 死を受け入れる彼女の優しさが、死を促そうとする僕の弱さを叱咤する。 「みんなの中に、ネミッサは居るのよ? みんなは、死の歌を知っている。 死の、そして生の尊さを知っている。みんな、ネミッサを知っているの。 死の歌を知っている。みんな、ネミッサを持ってるのよ」 でも僕は、君たちを殺そうとした記憶を持っている。 抑えようのない殺意に身を任せ、苦痛に歪んだ顔に悦び、 生たるものに死を強制する快楽を知っている。 僕は、怖いんだ。 生ける肉体を手に入れて、また、それらを繰り返すかもしれない。 抑えられない欲求に、打ち勝つ自信が、ないんだ。 「サタナエルは堕天のスペシャリストよ? 彼の誘惑には、どんな強者でも心動かされる。 リーダーみたいにヌケた人じゃ、ああなるのが当たり前でしょ」 僕の意志は、あんなにも弱く、脆い物だと知った。 その弱さを、受け入れることが怖いのか… 「…あぁもう! リーダーはネミッサのこと知らないの!? 死って言うのは一生懸命生きた人だけがもらえるご褒美なの! リーダーは、まだもらえないの! ネミッサがあげないって言ってんだから貰えないのよ! わかった!?」 ご褒美か…面白いことを言うね。 「面白がってないで帰んなさい!」 …そうだね。君に来るなって言われたら、帰るしかなさそうだ。 「そうよ! …みんな、まってるんだから」 君は、ネミッサ…って言うのかい? 僕の中にも、ネミッサは居るかな。 「いるわよ。だから、リーダーはみんなの所へ帰るの」 生きたい、と言う意志が、君の存在を確かにするんだね。 わかった。忘れないよ。 ありがとう…ネミッサ……… 小さなボクシングジムの奥に、その病室はあった。 ヤバい病気か何かが感染しそうな狭くてホコリ臭い病室だったが、 幸いにしてリーダーの様態は安定していた。 話によれば、悪魔のソウルは、ほぼ消えて無くなったらしいが、未だ意識は取り戻さない。 レイと名乗るリーダーをかつぎ込んだパワフルな女性は、 サタナエルが及ぼす影響を、ヤケに恐れていた。 ヤツの誘惑に触れた者は、間違いなく精神に異常をきたすだろう。 リーダーを診てくれた、スキンヘッドの眼帯男も、そう言っていた。 …素から人とズレた感覚の持ち主だったからなぁ… 精神に異常をきたしても、大差はないんじゃないか? そう思いもしたが、豹変したリーダーを思い出すと、背筋が寒くなった。 殺気とは、本当に肌で感じる物だと始めて知った。 それでも…目を覚ましてほしいと願うのは、俺の身勝手だろうか…? 「…何やってんだ? ユーイチ」 横たわるスプーキーの上に手のひらをかざし、 ウンウン唸っているユーイチに、呆れた声を掛ける。 「レイちゃんのマネ〜」 …手かざし療法のつもりか? 「いーって!超いてー!! 何だよこのリンゴ!!」 シックスが、片手にリンゴと包丁を持ち、もう片手の人差し指をくわえて叫いている。 当然リンゴが悪いワケじゃない。 「ちょっとランチ、血ぃ出たよ! 血ぃ!!」 「…リンゴ剥いて指切るなんて、 サザエさんでももうちょっとマシな笑いの取り方するぜ?」 「笑い取りたくて指切ってんじゃないっつーの! いいから手当してよ! こんな汚いトコで指切ったらソッコー破傷風じゃん!」 「あー! オレ、リンゴ剥くの上手いんだよぉ!」 シックスの手からリンゴと包丁を取り上げるユーイチ。 「あ! ふーざけんな! リンゴは俺が剥くんだよ! …って、いーってぇよランチ!! 絞めすぎ絞めすぎ!!」 「お前ら、うるさいぞ。ここは病室だぜ? コラ、ユーイチ。曲切りはいいから包丁振り回すな!」 「……う……うう………」 騒々しい中、小さなうめき声に皆の動きがピタリと止まった。 「…リーダー?」 ユーイチが、スプーキーの耳元で小さく声をかける。 その隙に、いつ被害者が出るともしれない包丁を人知れず取り上げるランチ。 「…ユー……イ…チ………?」 「リーダー!! そうだよ! オレだよ! ユーイチだよ!!」 「ユーイ…チ……」 ゆっくりともたげられた腕を、ユーイチは力強く掴んだ。 「リーダー!!」 「ユーイチ…」 「リーダー! がんばれ!! リーダー! がんばれ!! リーダー! がんばれぇ〜!!」 「…ユーイチ………う…るさ……い………」 力の抜けた腕が、ユーイチの手を抜け、ベッドに沈む。 「…っ………リぃぃぃダぁぁぁぁぁ!!!」 「…うるさいって言ってんだろ!」 そしてゲンコツ。 「リーダーも。タチの悪い冗談はよせ」 しばしの沈黙。 閉じた両目の、片方だけをゆっくりと開けて、スプーキーは笑った。 「お見通し…か。…あぁ、ごめんよシックス。そんなに驚くとは思わなかった」 振り返れば、涙とハナミズにまみれ、写楽の歌舞伎絵のごとく口元をゆがめたシックス。 「ちょ…マジ? 冗談なワケ!? もう…勘弁してよ…」 ガシガシと顔をこするシックスの頭に、ランチは手を乗せる。 「リンゴ、食わしてやるんだろ?」 「あ、うん…いいや。ランチやってよ。俺、包帯ぐるぐるの重傷だからさ」 「じゃあ、俺があげるぅ〜」 曲切りの結果、二まわりほど小さくなったリンゴを 適当な大きさに切って、スプーキーの口に突っ込むユーイチ。 「う…うーいひ…ひょっほ、おおひふりらいはい…?」 「え? なに言ってるかわからないよぉ?」 「大きすぎるって言ってんだよ」 「なんだよユーイチ、リンゴも切れねぇの? やっぱここは俺がやんなきゃでしょ!」 「えぇ〜! ずるいよぉ! シックスなんてヘタ取って指切っただけだろぉ!」 「な…リンゴ、こんなにちっさくしたの誰よ!? しかも4分の1なんてデカイリンゴ、 病人の口に突っ込んだって食えるワケないじゃん!」 「あー! もう!! あんた達うるさいわよ!!」 勢いよく開け放たれた扉から、レイの声。 「隣で三平、客取ってんだから、あんまり騒がないでくれる」 「え? あぁ、すいません。じゃ、早々に退散しようか…って、ここはどこだい?」 典型的なボケに動じず、レイはスプーキーに視線を向ける。 「あ、意識、戻ったのね? どう? 御気分は」 「はぁ…まずまずです。 …失礼ですが、どちら様ですか?」 「あなたの命の恩人…三号ってとこかしら」 「三号さん…ですか」 「リーダー、先言っとくけど、それ名前じゃねぇぞ」 「二号さんは、隣の三平。一号は…そこにいる黄色い子よ。 お礼を言っても、損はないんじゃない?」 「あぁ、ご面倒をおかけしました。ありがとう」 スプーキーはそう言って微笑むと、ユーイチの方を向き、再度、微笑んだ。 「ありがとう、ユーイチ。みんなも、ありがとう」 「いや、元はと言えばリーダーを信じなかった俺が悪いんだ。すまない」 「えぇ〜! 違うよぉ! オレが洗脳なんてされなかったら…」 「お…っ俺だってさぁ……」 「…あなた達、そのごめんね合戦、 今、二上門で戦ってるサマナーの前では、やらない方が良いわよ」 重い息と、冷めた目で忠告するレイ。 「…なんでよ?」 「仲間を手に掛けた張本人よ? 自責の念は、誰よりも強いはず。 その甘ったれた免罪符強奪合戦は、なによりも彼を責め立てると思わない?」 誰もが、口をつぐんだ。 静かになった病室に、低い、声が這う。 「その通りだ。死んだオフクロが言ってたぜ。 『ごめんなさい』よりも、『ありがとう』をたくさん言った方がいい…ってな」 「…素敵な、御母様ね」 目を細めた穏やかな笑みに、スプーキーは、別れたばかりのネミッサを思い出す。 「…リーダーさん、動ける? 動けるなら、車を呼ぶけど」 「いえ、お気遣いなさらずに。歩いて帰れますよ」 「病み上がりが歩ける距離じゃないわよ? まだ、身体が痛むんじゃない?」 「ハハ…実は少し、筋肉痛が…」 その返答に吹き出すレイ。 「悪魔に身体を乗っ取られて、筋肉痛? ずいぶんトボケたリーダーさんね」 「そう言うなよ。それがリーダーの良い所なんだぜ?」 レイは笑いを堪えて、頷く。 「それは、理解できるわ。カリスマって、完璧な人間にはない物よね」 その言葉を耳にして、スプーキーの中の何かが、消えて無くなった。 「…カリスマ…? …僕が……?」 「そうよ。 良きカリスマの元には、良き者が集う。あなた達を知って、実感したわ」 今まで、身体の下の方に溜まっていたわだかまりが、溶けていく。 怯えるほどに嫉妬した高みの存在が、その価値を覆される瞬間。 「そうか…。高いところにあったから、欲しくなっただけなのかもしれないな…」 「ん? 何の話?」 「いや、独り言だ。 …三号さんは、ネミッサに似ているね」 「三号じゃないわ、レイよ。 ネミッサって?」 「君なら、知っているはずだよ」 スプーキーは、意地悪に口の端を持ち上げて、それから、彼女を思い描いた。 子供のような、しかし母のような、その笑みを、声を、仕草を…。 「生と死の狭間で、始めて出会った…ずっと共に居た…銀の髪の、少女……だよ………」 その時は たくさんのおみやげを 君にあげよう だから たくさん 寄り道をして 生きよう 最後に出会う 君に贈る花束は カラフルな方が良い 華やかな思い出で 君を飾って 独りじゃ寂しい帰路も 君と一緒に 歌を歌って 僕らが出来る 彼女の歌への 唯一の おかえしに 今 生きている事を 楽しみたいんだ 君たちも、知っているだろう? いつか、会えるよ。 君の、最後の休日にでも…ね |