ショート・ショート・エピソード



●ランチとスプーキーの場合

「何やってんだ?」
突然、自分の顔のすぐ横に
背後から自分より一回り大きなドレッド頭を突き出され、
思わず手にしていた物を落としてしまった。
重たい音。
分厚い、小さなビンに入った、赤黒い、イチゴを砂糖で煮詰めたもの。
「…コラ」
後頭部を、軽くはたかれる。
その衝撃を拡散するためか、ただバツが悪いのか、はたかれた所をさすりながら、
スプーキーは、振り向けば鼻がぶつかりそうな位置にいるランチをちらりと眺めた。
目が合う。
「ジャムのイチゴだけ食うの、やめろって言っただろうが」
「…ハハ………ごめん…」
急に、甘いものが欲しくなったんだよ。
そう言って、危うく足の上に落とす所だったそれを、しゃがみこんで拾い上げた。
「あんた前もそう言ってたじゃねぇか」
前にもそう言って、でも、ビンのふたが固くて開けられずに、七転八倒していた。
たぶん、今もそう。
「まったく…しょうがねえなぁ」
差し出されたその人並みならぬ大きな手に、
それと比べるとおもちゃみたいな小瓶を乗せる。
耳触りの良い開封音と共に、甘酸っぱい香り。
「ほら」
ふたのないビンを差し出し、スプーキーの手が再度後頭部をさすっているのに気付き、
その手の上から優しく触れる。
…べつに、痛い訳じゃないんだけど…
上目遣いに、良いの?って感じにランチを見あげる。
口の端を曲げ、肩をすくめるランチに、へへ…って笑って、それを両手で受け取った。
「…コラコラコラコラ………せめてフォーク使えよ」
ツメに付いた、不純物が混じって光が乱反射するそれを舐めながら、
マニキュアみたいだって、そう言って、笑った。


●スプーキーとシックスの場合

「触れられる事が恐いのよ」
情けない顔。
「何かさ、何にも悪い事してない時に警察の前通って、でもビクビクする感じ?」
「何か後ろめたい事があるんじゃないのかい?」
少し意地悪く、でも優しい顔。冗談を言っているみたいに、でも真剣に。
「後ろめたい事の無い人間なんて、いないんだよ?」
ランチに内緒で、ジャムのイチゴを食べたり…とか。
子供みたいに、笑う。
つられて、笑う。
「何か、いるでショ?触っただけで何でもわかっちゃうようなタイプ」
たとえば、ユーイチとか。
そう考えて、やめた。
…触っただけで何でもわかっちゃうヤツに、あんなにずっと触られてるなんて、
そんなの恐いじゃん…
どうして秘密にしてるのか。何を秘密にしてるのか。
内緒。ないしょ。ナイショばっかり。
「俺、臆病なのかな?」
「そうだね」
しっかりと目を見て、緩やかに眉を上げて、そして目を細めて。
「でも、人を傷付ける事に臆病になれないよりは、よほど良いよ」


●ランチとユーイチの場合

28枚目のフロッピーを重ねながら、ユーイチはたずねた。
「ランチってさ、リーダーの事、好き?」
「…なんだ?やぶから棒に」
「いいからぁ!ねぇ、好き?」
屈託の無い笑顔。興味。好奇心。
「…あぁ」
30枚目のフロッピーを重ねて。
「じゃ、シックスは?」
「…まぁな」
覗き込んだら落っこちそうな深い井戸みたいに。
「じゃぁさ、オレの事、好き?」
「…何なんだよ」
32枚目のフロッピーを重ねて。
「別になんでもないよ。ね、好き?」
底の見えないほどの。
「…あぁ」
34枚目のフロッピーを重ねて。
「ほんとに?」
「たぶんな」
満たされない思い。
「それなら、いいや」
一番上に、飲みかけのジュースを。
「おまえ、何やってんだ?」
「ランチが嫌がる事」
どうしようもなく高い音で、楽しそうに笑って。
「バイバイ」
結局、いつだって一人ぼっちで。
「…バイバイ」
すがれるほど弱くもなく。払いのけるほど強くもなく。


●スプーキーとユーイチの場合

「…ナイショだよ?」
「うん!ないしょないしょ!」
親指と人差し指で摘ままれた甘い香りのする少しグロテスクな果物。
…だった物。
粘り気のあるそれの一番美味しい滴をこぼさないように
差し出された物の下に、舌をくぐらせて。
甘い、舌触り。
指と指の隙間に舌を這わせて。
裏とか、表とか。
爪の感触。
爪と指の間まで味わって。
吸い付いて、上顎に舌で押し付けて、音がするほど。
くわえたまま、上目遣いに、額をあわせて。
くすくす笑って。
くすくす。
笑って。
「…ナイショだよ?」
くすくす笑って。
…ナイショだよ?


●スプーキーとユーイチの場合〜その後

まるで雨の日に捨てられた小猫みたいに、
僕の体を絡めとって。
…でも僕は、君の飼い主にはなれない。


●ランチとユーイチの場合〜その後

逆光に、まわりから溶けて消えてしまいそうな小さな背中に。
「…晩飯、何食いたいんだ?」
その言葉に。止まって。振り向いて。泣きそうに。
顔の真ん中から外側に向かって。広がるみたいに笑って。
「パスタ…カルボナーラとか、食べたいな!」
「…きちんと家には連絡入れとけよ?」
「…うん!」
そうやって、バイバイ!って。
こうすればまた会えるから。
「バイバイ」にだって、続きがあるんだから。


●スプーキーとシックスの場合〜その後

「せーの…」
赤い電灯がついた、少しアナログな感じの警察の前を走り抜ける。
ほんの少ししか走ってないのに、二人で犬みたいに舌を出して。
途切れ途切れの息で笑う。
冷たい壁にもたれたスプーキーの肩にすがって、熱い体を、少し遠慮気味に預けた。
「…っばれなかった…かなっ?」
「ん?…何が…だい?」
「冷蔵庫にあるからっぽのジャムのビンの事っ」
途切れ途切れの息で笑う。
途切れ途切れの息で。
笑って。
「…俺、リーダーにだったら触っても平気なのよ」
それは、彼にとって、彼が無害だからで。
「それは、光栄だね」
有害物質は、体に毒だけど、毒だから、魅力的で。
「…俺、リーダーの事好きになればよかった…」
中毒患者って、もっと気持ち良いかと思ってた。
「…そうだね」
欲しい物を欲しいって言うと嫌がる体が嫌になる。

●ランチとスプーキーの場合〜その後

後ろから腰に手を回して。
まるでダンスを踊るみたいにゆらゆら揺れて。
肩に乗せられた目をつぶった顔に差し出す。
その香りに目を開けて、眉をしかめ、口を開けた。
あごが動く感触が何度か肩にぶつかって。
喉が動く。
そうして僕から離れて蛇口をひねってその水を直に口で受けとめて…?
「…あんたよくそんなもん食ってるな」
「…ハハ……嫌いなら先に言ってくれよ」
そんな風に。
そんな風な毎日。



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