魂のあるべき場所



全てが終わった。
失ったものは多すぎて、取り戻した物は、少ない代りに、大きかった。
親父の元へ帰る決心をした。
そして、もう一つ。
「捨てちまった方が、良いんだろうな」
リーダーが使っていた、プロテクトのかかったフォルダの処分。
あの人のプライバシーを守るくらい、してやっても良いだろう?
シックスのあたりに悪戯されるのも嫌だったし、
何かの拍子にデータを盗まれるのも嫌だった。
いつだって人を騙すような感じで、笑っていた。
イヤミ交じりの遠回しな言い方や、誰も傷付けずに厄介事を解決するとこ。
最初、ディナーに似ていると思ってた。
でも、どこかが、決定的に違っていた。
いつだってどこかが…いや、全てが、危うかった。
危うい所で、すっと、すっと、嘘をついていた。
最後まで、それこそ、死ぬまで。
そこまで頑張ったんだ。
こんな形で暴露されるなんて、俺が、嫌だ。
頭のどこかで、データーを消してしまった事に文句を言うリーダーに、
どう言って誤魔化そうか…。
そんな事を考えて、苦い笑みが込み上げる。
「…文句があるなら、言ってみろよ…」
やたらとでかいプログラムがあった。
他の物と、明らかにプロテクトの厳重さが違っていた。
SPOOKY。
そのプログラムにはそんなタイトルがついていて、
他のプログラムによるプロテクトがなされているようだった。
腐るほどあるスプーキーのコレクション…の割には
あちらこちらに保管とは言い難い状態で保管されているフロッピーの中に、
そんな重要な物があるとは思えない。
嘘のつき方ばかりがやたらと巧くて、何度も、あとになってから、
彼を傷付けていた事、誤解していた事が解る事が多々あった事を思い出す。
最悪の誤解によって、彼を失った事も。
ため息を吐く。
まだ、これを何とかするまでは、家に帰りたくない。
これを何とかするまでは、「スプーキーズ」でいたかった。
ただの、家に帰りづらい事に対する悪あがきかもしれない。
でも、もう少しだけ、リーダーと共にあるべき存在でいたかった。
それも、確かな事。
息を吸う。
もう一度、ため息。
…気晴らしにでも行くか。
こんな時に行く所なんて、一個所しかない。
EL−115。
気晴らしついでにリーダーの死を伝えてこなくてはいけない事は、気が重かったが。


「厄介なヤマに首を突っ込んでるってのは、薄々感づいてたけどねぇ」
さして驚きもせず、いつもと同じ、おどけたような口調で、爪を研ぐ。
それが彼らのスタイル。
安心する。
皆が皆、悔しさや、憎しみや、いきどおりと言った感情にぐるぐると振り回されているのを
ずっと目の当たりにしてきた。
きっと自分も、連中と同じようにひどい顔をしていたに違いない。
彼らの強さに、感謝する。
「眠れなかったのぉ?ひっどいカオしてるわよぉ?」
フロッピーでピタピタと顔を叩かれ、その手を蠅でも追い払うように払う。
「あっ!ごっめーん!」
わざとらしく驚いた顔。
「酷い顔はいつもよねぇ」
そう言ってケラケラと笑いながら、手にしたフロッピーを差し出した。
「これ、あげるわぁ」
「プレゼントだよ。あの子からの」
カタンと爪を研いでいたヤスリを黒く光るデスクに置き、αが口を開く。
「僕にもしもの事があったら、これを彼らに渡してくれ…ってさ」
受け取ったフロッピーには、スプーキーの字で、SPOOKY、そう書いてあった。
ドキッとした。
もしかしたら、これで、あのプログラムを走らせることが出来るかもしれない。
そう思うと、ひどく、わくわくした。
不可能だった物が、可能になる可能性を垣間見た瞬間。
いつもリーダーが与えてくれた、
使い道のわからないガラクタの利用法を見つけた時みたいな。
幾重にも重なったパスワードの最後の一つの結論に近いヒントを得たときのような。
そう言った、リーダーと出会ったことによって知り得た感覚を、呼び覚まさせられて。
あの人から出されたヘソの曲がったナゾナゾが解けそうな確信に、思わず顔が勝手に笑う。
「そんなに良い物なのぉ?あげたくなくなっちゃうわ!」
そう言いながらも爪で弾くように投げてよこしたフロッピーを、勢いよく受け取り、
そのまま、きびすを返した。
「サンキュー!」
頭の横で、フロッピーを軽く振って。
コートのすそがなびくほど早足で、EL−115を後にした。
「…夕立かい?」
「ホント、忙しないったら!」
まるで保護者のような苦笑を浮かべてランチを見送る。
乗り越えるべき物を、それを乗り越える術を見つけた彼に、これ以上の助言は要らない。
あの子のために、そして、彼のために。
死にも揺るがない確かさを、演じよう。
顔を合わせ、鏡に向かって自分に言い聞かせるように。
それから、お互いを思いやるように。
苦笑に、笑みを重ねて。


トレーラーハウスのオートロックが閉まるより先に、
付けっぱなしだったPCにフロッピーを差し込む。
プログラムファイルだった。
働きかけるファイル名を打ち込む。
しばらく考え込むようにHDDランプが点滅して、
一つのアプリケーションとテキスト文章が表示された。
テキスト文章が自然に開かれる。
もう一度出会えた事に、感謝する。
そんな感じの事が書かれていた。
あの人らしい、皮肉めいた言葉。
自分がいなくなった時に初めて走らされるプログラム。
「…根性悪いぜ」
そう言いながら、苦笑まじりにアプリケーションを開放した。

……
………何も起きない。
「…何だ?失敗か?」
「いや、失敗じゃないよ?」
…リーダーの声!?
思わず振り返る。
当然、誰もいない。
「ハハ…目にみえる物が無いと信じられないかい?」
…PCのスピーカー?
スピーカーを手で塞いでみる。
「フッ…ハハハハ…っ!やると思ったよ!君らしいなぁ…」
スプーキーの、スピーカーを塞がれた、少しこもった声が聞こえて、慌てて手を放した。
「…あんた…なのか?」
「君には信じられないかもしれないけどね」
まだ、声が笑っている。
「プログラムを、組んでおいたんだよ。僕のパターンを毎日インプットしてね」
ネット上での他者との関わり合いから分析された行動、思考パターン。
ハッキングの仕方、ハックされた際の対処法、ショートカットキーの使い方。
どのような文章を好んで、どのような色合いの絵を好んで、どのような人物を好むか。
また、どう言った物を嫌悪するか。
「どんな味が好きで、どんなタバコをどういうタイミングで吸うか…
 もっとも、タバコも食べ物もここには存在しないけどね」
そう言って、笑う。
そのタイミングも。
説明の合間に息を吸い、そして吐く間合いも。
全て、『スプーキー』だった。
「人間のパターンなんてそんなに複雑な物じゃない。今気になるのは僕の完成度よりも…」
…この、もったいぶった間の取り方。
今、タバコの煙を吐いているところ。
その匂いまで、感じそうなほど。
「君が僕を『スプーキー』として受け入れてくれるかどうか…」
少し困ったような、でも真剣な顔で、上目遣いに。
容易く、イメージできる。
出来ると言うよりも、見えてしまう。
記憶の、最も近いところにいる、スプーキーの表情。仕種。匂い。感触。音。
その存在そのもの。
忘れるなんて出来ない五感の記憶。
「…あんた、『スプーキー』…なんだろ?」
「その、つもりなんだけど」
今、目を細めて、少しタバコに歯を立てて、笑って。
「あんたは………スプーキー…だよ。俺達の…リーダー…だ………」
語尾が、かすれた。
PCの上部に手をかけ、その上に、額を付けて。
「………おかえり…って、言うべきなのか?」
問いかけにしたのは、こぼれそうな滴をこぼさないため。
「ただいま…って、言ってもいいのかい?」
閉じたまぶたの奥で、彼の細めた目が、ひどく優しくひらく。
その、表情。
「PCは水滴厳禁なんじゃないのかい?」
「…うるせぇよ」
口元だけ無理に微笑ませて。
「あんたには、言いたい事がたくさんあったんだよ」
「なんだい?」
「まず、最初は…」
吸い込んだ空気に、PCに染み付いたタバコの匂い。
リーダーの、匂い。
ささやくみたいに、つぶやいて。
「………おかえり」
「…うん…ただいま」



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