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「僕は、ずっとこんな風になりたかったんだ」 トレーラーハウスに置きっぱなしだったデータの回収作業をしながら、ぽつり、と。 「プログラムとしてでも、必要とされてるのが形で解るっていうのは、良いよね」 「らしくねぇな」 デスクトップのPCからノートパソコンへのデータの移し替えに没頭しながら、 少し不機嫌そうに、返事をする。 なんとなく、嫌だった。 そんな言葉を口にして欲しくはなかった。 「あんたらしくねぇよ」 「そうかい?でもこれも、僕だよ」 データの、移動禁止のプロテクトをキーも叩かずに解除しながら、 さらりと言ってのけるスプーキー。 ランチは、しかめっぱなしの眉をさらに寄せ、 それから、ふっと表情をゆるませて、ノートパソコンに目をやった。 もの悲しげな、微笑。 「…俺には、あんた以上にリーダーのことを理解してやるなんて事、できねぇよ」 所詮は、他人だから。 どんなに近くにいても、どんなにずっと彼だけを見ていたとしても、 彼は結局何も見せてはくれない。 いつも痛みを抱えていた彼の、救いとなりたかったのに。 彼を悪夢から解放するためのバイブルになる事も出来ず。 彼を天に帰すための言葉すら、俺は知らない。 肉体も、魂も無いスプーキー。 プログラムと言う名のスプーキーの意志を継ぐ物。 肉体と、魂しかない俺との共通点は、一目瞭然。 …皆無、だ。 「あんたになら、リーダーはいろんな話を聞かせるんだろ? 俺には、もう、あの人の声は聞こえねぇんだよ」 …俺にはもう、一生、理解できない… ひどくはっきりとした、真実。 ………ゴンゴゴゴンゴンッ、ゴンッゴンッ! トレーラーハウスの扉が、間の抜けたリズムで叩かれる。 過去にもそう言った事があった。 どうせまたユーイチだろう。 いちいちかまってやらなければいけない義理はない。 面倒なのでシカトを決め込んで、作業に没頭しているフリをする。 しばらく黙って待っているようだったが、 誰も出てこないので諦めたのか、暗証番号を打ち込む音が聞こえた。 空気の漏れる音と共に、外気が入ってくる。 「あー!いるのに何で開けてくれないのぉ!?ひっどーい!!」 そう来るはずの甲高い声は、実際そうではなく、 聞こえて来たのは、大型犬が低くうなるような、喉で押し殺された声。 「…よぉ。俺だと、開けてくれないのか?」 「…っ!?ディナー!?どうしてここに…」 驚きのあまり大きくなる声に、ディナーはうるさそうに片目を瞑り、 ランチがいる方の耳を、指で塞ぐ。 「スプーキーからメールがあったんだよ。 僕が彼を二つに裂いてしまう前に、助けてやってくれ。ってな」 開けた時と同じ、扉が自動的に閉まる音。 それと同時にディナーは扉に背をもたれ、組んだ腕から人差し指だけをこちらに向けて、 まぶたをふせた、ひどく冷たい視線で、ゆっくりと、薄い唇を動かした。 「…スプーキーは、死んだんだろ?」 スプーキーから届いたメールが言わんとしてる事の意味合いも解らなければ、 スプーキーが生きている事実も、理解し難い。 もっとも最初に聞かなければいけない問いかけ。 その問いかけに答えたのは、ランチの声ではなかった。 「そうだよ。スプーキーは死んだ。だから僕が、スプーキーなんだ」 その声にふっと目を開く。 興味を示してるような顔。 それから、さも可笑しそうに漏れる苦笑。 「…こいつか」 「メール、無事に届いたみたいだね」 「…あぁ」 ランチには目もくれず、つかつかとノートパソコンへ歩みを進め、 少し乱暴な感じにモニターを見やすい角度に変える。 「会話…出来るのか?」 「スプーキー程度にならね」 うつむき、目を閉じて、喉で笑う。 「…上等だ」 ノートパソコンのキーを軽く叩く。 すぐにSPOOKYと言う名のプログラムフォルダを見つけ、 そこに、カーソルを合わせた。 「悪いけど、僕には自己破壊機能は無いよ? ウイルスも、僕の知識内にある物は全て受け付けない。 だから、君を呼んだんだ」 「…っちょっと待てよ!」 耐え兼ねたように立ち上がったランチが、ディナーの手を力任せに掴み、キーから放す。 「なんて顔してんだよ」 作ったような苦笑混じりにそう言うディナーに。 「殺すしか…ないのか?」 「殺すんじゃない、壊すんだよ」 情けない顔で自分を見失いつつあるランチを、きつい視線で覚まさせる。 「ただ、データを、消去するだけだ」 一言一言をはっきりと区切るように、言い聞かせて。 ランチは、一度何かを言おうと口を開きかけて、息を吸い、躊躇して、唇をかんだ。 掴んだ手を、そっと放す。 「…解ってんだよ。そんな事…。 頭では解ってんのに、駄目なんだ。出来ねぇんだよ!俺には!!」 悔しさでつのる苦しさに言葉を荒げて。 鼻の奥が、ジン…とする。 やたらと出て来る舌の先に溜まった唾液を、飲み込む事すら困難なほど。 感情ばかりが、霧をかける。 何をすべきか解っているのに、見えないフリをする。 全て自分が悪い事は解っていた。 最初から、彼をスプーキーとして、完璧に自分を騙し続けていたら。 もしくは最初からプログラムとして扱い続けていたら。 彼にこんな事を考えさせる事などなかったのに。 彼は、生き続ける事が出来たのに。 …彼? 生き続ける? ………駄目だ。 俺には、割り切れない。 「俺には、できねぇよ…」 「解ってる。だから、俺を呼んだんだ」 タンッとEnterキーを叩く。 同時にエラー音。 「…だろうな」 「一つだけ、あるんだよ。僕の知らないウイルスが」 その言葉の矛盾にクッと笑って、それから気付いた。 彼の言わんとしている事が。 スッと、血の気が引いた。 それは、あまりにも残酷すぎる、選択。 「…だから、俺を呼んだのか」 「…ごめんよ」 大きく、ため息をはく。 後ろで立ち尽くしているランチに、事の説明をするべく、振り返った。 ひどく、シリアスな顔で。 「SPOOKYだよ。こいつに対処できない唯一のウイルスプログラムは」 つまりは、自分で自分を殺すという事。 二つのSPOOKYが、お互いに殺意を抱き、お互いに自殺を望めば、 相殺は、不可能ではない。 だけど、それは、あまりにも… 握り締めたこぶしが、一度だけ、大きく叩き付けられる。 うつむいた唇の先端から、涙がこぼれた。 「ずっと、そんな事、考えてたのか?」 「…ごめんよ、ランチ」 「…冗談を言って笑い合ってる時も、深刻に相談にのってくれてる時も、 その日一日にあった事を話している時も! 俺があんたにプログラムとして冷たく接しはじめた時も!! 電源を入れて、それを落とすまで、ずっと、そんな事を…!?」 俺が自分しか見ていない時だって、あんたは、俺のために自分を殺す事ばかり考えて… 俺はそれに気付かないで… 「ランチ…ごめん…」 「…謝るなよ」 …頼むから、謝らないでくれ……… 「…ディナー、頼むよ」 ひどく穏やかな声で、スプーキーは、死を促す。 「ランチ、いいか?」 こぶしの上にこぼれた滴を、シャツでぬぐって。 そうして、微笑んだ。 「………俺が、やるよ。俺にやらせてくれ」 Enterキーを一つ叩くだけ。 そうすれば、彼を開放してやれる。 俺という、束縛から。 「…ありがとう。ランチ」 晴れ晴れとした、声だった。 その声に、ほんの少し救われて、あふれ出る罪悪感を、飲み込んだ。 感情は、いらない。 「あぁ。案外楽しかったよ。さよなら。リーダー」 「うん。さよなら」 それっきり、SPOOKYは、消えて、なくなった。 ………ゴンゴゴゴンゴンッ、ゴンッゴンッ! いいかげんうんざりするリズムに、ぐしゃぐしゃの顔をぬぐった。 ディナーが、意地悪く微笑んでいる。 「みっともねぇ顔」 「…うるせぇよ」 二人で、顔を見合せ、苦笑した。 待つ事を諦めたのか、暗証番号を打ち込む音が聞こえる。 二人は扉に背を向けて、作業に没頭しているフリをする。 扉が、開く音。 近づいて来る足音。 扉が閉まって、それから、聞きなれた声で。 「ひどいなぁ。僕の時は、開けてくれないのかい?」 二人同時に、振り返った。 そこには、紛れもない、肉体も、魂もある… 「っ…リーダー!?」 「…どうしたんだい?二人とも」 そう言いながら、小さく、あくびをした。 緊張感が音を立てて削がれる。 「…リーダー…あんたなのか?」 その問いかけに、ゆっくりと、独特の笑顔で。 「君が、そう認めてくれるなら、ね」 「…まったく。こりない人だなぁ。君も」 |