遠くて近い未来の話



部屋に入って、錯覚を起こした。
「ゴメンよ、今ちょっと手が放せなくて…」
扉を開けるとすぐPCの置いてあるデスクに戻り、
少し考え込むようにモニターを覗いて、立ったまま、おもむろにキーを打つ。
タバコの灰で汚れたデスクにはキーボード。
その左には吸い殻が山になった安っぽい灰皿と、タバコのケースの上にライター。
右にはマウスパッドから落ちかけたマウス。
キーボードのコードの上に無遠慮に置かれたノートPCが何かの計算をしている。
すこし奥まったモニターには、英字の羅列が勢いよく打ち込まれていた。
…あれから、何年経ったのか。
二脚幾らの何の変哲もないイスに座り込んで、黙って後ろから眺めることにした。

ひょんな事から、ランチはスプーキーと再会を果たす。
どうせネット上で否応なしに目にするだろうとタカをくくっていたランチだったが、
当然両者とも日の当たる活動など出来るはずもなく。
仕事で偶然近くに来たので何の気無しに寄った昔なじみのジャンク屋で、
今となっては誰一人呼ぶことのない懐かしいハンドルネームを、
これまた懐かしい声で呼びかけられた。

「ランチ、終わったよ」
スプーキーは回転するイスの背もたれをデスクにぶつけながら、振り返る。
振動で、散らばった灰が落ちた。
「…相変わらずだな」
「ハハハ…しばらく掃除してないからね」
「いや、汚ぇのもそうだが…そのへんとか」
あごで指し示す先には、メインで使用しているのだろうデスクと、
大きなデスクを買えばいいのに、何故かキャスター付きの小さなデスクが
いくつも、扇状に並べられていた。
「一番、使いやすい環境に、自然となっちゃうんだよ」
思い起こせば、トレーラーハウスのメインデスクも、ここと同じ配置だった。
幅が無い為、扇状に並べることは出来なかったが。
キャスター付きのイスで、スプーキーが器用に滑ってくる。
ヤケに機嫌の良さそうな表情。
「とりあえず、掃除とメシ…か?」
昔からの流れ。
掃除をして、食事を作ってやるためだけに、
幾度かスプーキーのマンションを訪ねた記憶が未だに根付いていた。
「…掃除は、また今度にしないかい?」
「また…って、あんた、しばらくここにいるのか?」
そう言って、気が付いた。
小さなデスクは、引っ越しの際に便利だからなのだろうか。
気が付けば、跡形もなく、いなくなっていた。
当時の自分を思いだし、思わず吹き出す。
「あんときゃさすがに驚いたぜ。新しい連絡先でも教えておこうと思って
あんたのマンションに行ってみりゃ、もの抜けの空。携帯はつながらねぇ。
ご丁寧にトレーラーまで移動してるんじゃ、連絡の取りようがねぇよ」
今となっては笑い事だが、あの時の焦る自分は、とてもじゃないが見せられない。
ずっと、一個所に落ち着くタイプだと思っていた。
「こんな行動力のあるヤツだとは思わなかったぜ」
「そりゃね、あそこに僕一人でずっと居るなんて、考えられないよ」
確かに、そうだろう。
大して長い時間ではないが、そこにある思い出の数は、ランチにしたって多すぎた。
忘れることはできないが、薄めずに持ち歩くには、あまりに重たい1年間だ。
「だから、この配置なのか」
「いや、残念ながら、これはただの僕の癖だよ」
「あぁ…そうか。あのトレーラーは、あんたが一番よく使ってたもんな」
スプーキーは、少し、苦く笑う。
「…どうして、スプーキーズを解散したか、覚えてるかい?」
「覚えてる。俺が今、記者を続けているのも、そのおかげだ」
「そいつはどうも。…そういうのは、僕の方がへたくそみたいだ。
無理にでも剥がさないと、離れられなくなっちゃいそうでね」
…そう言うことか。
もしかしたら、この人は誰よりも感情的なものに影響を受けやすいのかもしれない。
ただ、それを処理する術を、この人は知っていただけ。
それを行動に移せる強さを、持っていただけ。
「損なタイプだな、あんたは」
苦笑して、言った。
「それは、お互い様だ」
苦笑で、返された。
難しい顔で目を合わせ、もう一度………。
「…ところで、掃除が後回しってのは、どう言う事だ?」
「あぁ、君と話がしたかったんだよ。随分長い間、人と話をしていなかったから」
「どういう生活してんだよ…」
「見ての通りだよ?」
「………」

久しぶりに会った時、僅かながらも違和感を感じた。
しかしそれは、近くにあるものが遠くに見える。
そんな錯覚に酔っていただけなのかもしれない。
「最初にこの部屋に入って、錯覚したんだよ」
「トレーラーと、かい? 配置が同じだったからかな」
「いや、そう思ったのも、錯覚だ」
「あぁ、タバコの匂いとか」
「そいつも違う。…たぶん………」
………たぶん…あんたが居たからだ………








一番大事な記憶ってのは  他の何より重たくて


どれだけ薄めても  一番下に残っちまってるモノなんだな








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