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よくバイオリズムとか言われている物だろうか。 何の原因が有るとも知れず、心が弱くなる事がある。 いや、原因は解っているのか。 認めたくないだけか。 精神の不調に伴って、身体も不調を訴えて。 動かない体に、自分の弱さを叱咤する事しか出来ない弱い自分。 空っぽに笑って通常を演じて。 早々にトレーラーでの仕事を切り上げ、マンションへ戻った。 部屋に入って、いつもなら一番最初にPCの電源を入れる。 しかし、部屋の電気すら付ける事無く、ベッドに潜った。 ポケットにはMO。 小さな音を立てて砕ける。 それすらも、どうでもいい。 そんなに急ぐ仕事ではないし、仕事に逃げているだけだし。 何も考えず没頭している時間を、無駄と感じた。 それ無くして生きては行けない。 しかし、それだけでも、生きて行く事は、難しいよね。 思い起こせば、玄関のカギも閉めてはいない。 べつに、どうでも良い。 もし誰かが忍び込んで、僕の命を奪ったとしても、 どうでもよかった。 そんな物に興味はない。 そう考えて、自虐的に笑う。 僕の興味は、先ほど無駄と感じた時間に向いていたはずなのに。 …音が、聞こえた。 隣の住人が帰ってきたのか、扉が開く音。 近すぎる、音。 「カギくらい閉めろよ」 呆れた声。 温度のある、声だった。 「寝てるのか…?」 君にも、教えたはずだよ。 僕達が存在しているのは、電子記号の中。 冷たい、CD−ROMの中。 それなのに、どうしてこんなに、温かな音を出すのだろう。 温かな音を出せるのだろう。 玄関に立つ彼は、背を向ける。 静かに眠りたかった。 でも…。 ポケットの砕けたMOを、フローリングに落とした。 彼は、振り返る。 玄関のカギを閉める音。 靴の金具を外す音。 そして、足音。 「声が出せないほど具合悪いのか?」 いつまでも冷たい羽毛布団に頭まで潜ったその顔を、覗き込む。 足下に落ちたMOを拾い上げて。 それをデスクに持って行くと、黙ってベッドに腰を下ろした。 水の波紋のように、温度が広がってくる。 暖かい…。 息を、吸った。 被った布団をゆっくりと、首もとまで下げて。 「…心配してくれたのかい?」 目を細めて、出来るだけ、明るい声で。 しかし彼は顔をしかめて。 「無理して笑うな。気味が悪い」 そう言って、言葉とは裏腹に、 大きな手の器用な指先で僕の前髪を軽く梳く。 「ずいぶん、身体が冷えてるぜ? 布団被ってたクセに、顔が冷てぇよ」 「体温が、低いんだよ」 体温。 体温なんて、僕にあるのか? まぁ、確かにマシンだって動かしていれば熱くなる物だし。 その程度はあり得るのか。 解らないよ。 自分の存在が何なのか。 「…よくある、事だろ?」 頬に、指が流れる。 手のひらで包んで。 温かな…。 「よくある…? 君は、冷たくないじゃないか」 「そうじゃ、ねぇよ…」 程良く暖まった頬から、首の後ろへ。 彼が振れたところだけ、彼と同じ温度になる。 襟足に指を入れて、少し持ち上げ、額を合わせて。 あまり、息がかからないように、顎を引いて、尋ねた。 「解らないな…」 引いた顎に合わせるように。 顔の角度を水平に首を曲げて。 唇に、体温を。 「あんたの…事だ…」 彼の頬に触れる冷えた鼻先が、彼と同じになる。 きっと今、この部屋をサーモグラフで表示したら、 僕が少しずつ君と同じ色になっていくことが解るだろう。 天の岩戸に隠れていた僕は、いつの間にか上体を起こして。 引き寄せてくれる彼の力に、そのまま首もとに顔を埋めて。 冷たい時計の音しか聞こえない冷たい闇は、 彼の心臓の音しか聞こえない温かな闇に変わる。 君の時を刻む音と、同じ時を、流れたい。 この存在は、とても脆い物。 創造主の思いが薄れると共に、虚無に飲み込まれていってしまう物。 消える時は、一緒に消えよう… どちらが呟いたとも知れない言葉に。 君と同じ色をした僕は、僕が思い描くサーモグラフが表示されている 有りもしないモニターの電源を落とした。 オレンジ色の二人の残像に、落ち着いた心を横たえる。 目覚めた時、隣りに君がいるのなら、 もう目覚めなくても、かまわない。 僕らはPCと同じように、 不安定な部分を誤魔化しながら、 ギリギリのラインで、ここにある。 |