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胸を斬られた記憶が残る。
ここは…海の中だ。
斬られた感触は覚えているのに、痛みは感じない。
波の音も、聞こえない。
海の中ってのは、こんなに、静かだったか?
…耳鳴りがする。
「斬り込む時に無理矢理息を止めるからよ」
呆れたような声が聞こえた。
この声を、知っている。
この言葉を、知っている。
「力を入れすぎて、逆に力が入ってない気がするんだよ」
「打ち込んだ後に息を吸うから隙を読まれるの!」
「また力任せに打ち込む…退かれたら、受け止められたらお終いでしょう?」
…クソ…うるせェぞ…
「…うるせェぞ! くいな!! 勝負で手を抜くなんて出来るか!!」
…バカか…このガキ…手抜きとは違…
「バカじゃないの!? ゾロ!!」
………俺…?
「手を抜くのと余計な力を抜くのは全然違うよ! パパから何教わったの!?」
「柔なき剣に強さなどない」
「世界一強い剣豪になるんだ!!」
「…私だって、世界一強くなりたいよ!!」
「何を背負う 強さの果てに何を望む 弱き者よ…」
「死んだ方がマシだ」
…そうだ。
約束を、誓いを諦めるくらいなら、死んだ方がマシだ。
けど…
「なんて情けないの?」
負ける事が悔しい…
「おれ、あいつのぶんも強くなるから!!」
守れぬ事が悔しい…!
「弱いクセにさ」
悲しませる事が悔しい…!!
「野望を断念する様な事があったら、その時は腹切って俺にわびろ!!!」
…冗談じゃねェ…まだ…断念なんかしちゃいねェ!!
耳鳴りが、プツンと音を立てて途切れた。
波の音、血の味、刺すような光、痛む身体が軋む音、そして…声。
「ゾロは無事か!!?」
…何、情けない声出してんだよ…
その声に。
水を飲んじまった時と同じように、鼻の奥が痛んだ。
負けてなお、生きていること、生かされている事が悔しい。
あのバカに、これほど心配させたことが悔しい。
目を強くつぶり、唇を噛む。
ガキの頃に覚えた、悔しさの堪え方。
伸ばした手の先には、くいなが居た。
共に世界一の剣豪になると誓った、その魂。
俺はまだ、何の約束も果たしてない…!
掴んで、視界の真ん中にある空に突き立てた。
口の中に広がる血の味は、敗北の味。
軋む身体は、敗北の痛み。
二度目の約束。
必ず守る、約束だ。
…だからもう絶対に、俺は負けない、俺は死なない!
「文句あるか海賊王!!」
ない!!!
そう言って、笑う声が聞こえた。
声しか聞こえないクセに、笑ってる顔が見えた。
あの頃みたいに、泣きながら笑った。
フッと、視界が暗くなる。
…大丈夫だ…解ってる。
ナミを連れ戻せば良いんだろ?
まったく、人使いの荒い船長だ…。
忘れねェよ、約束は守る。
だから少し…必ず起きるから…眠らせてくれ………















生かされている。
そう感じた。

この悔しさがあるから、生きている。

あの男は、鷹の目は、それを知っていて、俺を生かしたのか。
肉体的にも、精神的にも。

唇を噛み切りそうな悔しさの中で、どこか、感謝していた。

手の届かない強さの理由に、一歩近付けた。
深まる闇の中で、何か形にならない強さを手に入れた。

そんな気がした。















号泣のダミ声二重奏で目が覚めた。
…喧しい…
「オイ! ゾロ!! 死ぬなァ〜!!」
「……死んでねぇよ」
血の匂いのする、声を出す。
「アニキ!!」
「アぁニぃギぃぃぃ〜!!」
…さらに喧しくなった。
「ゾロォ!! 生きてたのか!? ほっ…ほらな!! 俺が言った通りだろ!?」
「ぐえっ…ぐえっ…アニギ〜ッ!!」
「おれァ、アニキが死んじまったんじゃねェかって紙一重で…うう…」
「死なねェよ。ナミ、連れ戻すんだろ?」
「お…おう! よく覚えてるな」
「忘れるワケねェ。約束は守る」
「ぬおぉぉん!! ざずがっず! ざずがアニギっず!!」
「紙一重の心意気っす!! 感服じやじだァ!!」
「ぶッ! てめェら!! 人の顔覗き込みながら鼻水たらす…ガハッ!!?」
「瀕死のケガ人が叫ぶな!! わわわ…包帯包帯…」
「か…紙一重か…」




















約束ってヤツは、結局、自分とするモンだ。

だから、必ず守るんだよ。

自分に負けちまったら、そこまでだからな。















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