雪降る夜の真ん中で



「ランチ!雪だよ!!」
トレーラーハウスに飛び込んできたスプーキーは、珍しく大きな声で、ランチを探した。
そもそもスプーキーがトレーラーハウスに「飛び込んでくる」時点で、珍しい。
そのせいで雪が降っているのだろう。
「雪って…冬なんだ、雪ぐらい降るだろ。それとも何か?赤い雪でも降ってんのか?」
思った以上に頑ななリアリストだ。
もしかしたらランチは雪国出身なのかもしれない。
「赤くはないけど、大きくてふわふわする柔らかい雪なんだ。見てごらんよ」
ほっぺを真っ赤にして顔中で笑うスプーキーは、いつもよりも若く見える。
若く見えると言うより幼く見えると言った感じか。
適度な中間が存在しない。両極端な人なのだ。
「…ったく…ご老体が無理して風邪引くなよ」
ぶつぶつ言いながら重い腰を上げたランチの手を引くスプーキー。
トレーラーハウスの扉の向こうは、まるで雪国のような気温だった。
はっきり言って寒い。
しかしスプーキーはまだ頑張る。
ランチの手を掴んだまま、駐車場のスロープを上っていった。
急な坂道、車で走る距離を歩けばいつも息切れするスプーキーは、
息を切らしながらも歩みを止めない。
ランチには、何がこんなにこの人をはしゃがせるのか、解らなかった。
過去に一度くらいは雪が降ったことだってあっただろう。
それとも家から一歩も外に出ないものだから、雪が降るのをいつも見逃していたのか?
暑さ寒さに弱いスプーキーが、こんな寒い日にこんなに元気な事は、
今まで一度もなかった。
…まだ出会って初めての冬、初めての雪だけれど。
「はぁ…ハハハ!…っもうすぐ、見えてくるよ!」
振り返る顔が白い息で包まれる。
呼吸が荒い事が見て取れた。
それでも、重たいランチの手を引いて。
手のひらが熱い。
汗をかいているようだ。
これで身体が冷えたら、マジで風邪ひいちまうんだけど。
…初めての冬。初めての雪。
はしゃぎ、手を引き、笑い、振り返るスプーキー。
ふつふつと、嬉しさがこみ上げる。
ひどく、優しい気持ちになる。
妙に、おちつかなくて。
こみ上げた苦笑が、口の端から漏れてきた。
「…そんなにちんたら歩いてたら、雪だって止んじまうぜ!!」
「うわぁ!?」
ランチが大きく広げた手に引かれ、向き合うように180度方向転換したスプーキーの
腹の辺りに付けた肩が、勢いに任せてその身体を宙に浮かす。
そのまま一気にスロープを上った。
暗い駐車場から、明るすぎる外の色が見える。
いつもとは明らかに違う光量。
いつもとは明らかに違う気温。
割れそうなほどに透き通った空気は、その光に近づくにつれて、純度を増していく。
一面の光の乱反射へと、ランチは飛び出した。
「う…っわ!!」
「…え…っ!?」
飛び出した足がそのまま先を行く。
ランチはフローズン状の雪の上を3メートル近く滑り、後ろに倒れた。
「ごっ…ごめん!大丈夫かい!?」
「…ってぇ…悪い……滑った」
ランチの顔面の上に突っ伏していたスプーキーが、
慌てて下敷きとなっているランチの肩に手を突いて、起きあがった。
ランチは目を開ける。
その風景に、息が、出来なかった。
…これを…見せたかったのか………
心配そうな顔をしたスプーキーの後ろには、
放射線を描き舞い降りる色とりどりの大粒な雪。
遠くにあるネオンや自動販売機、道を照らす薄黄色の明かりに透けるほど
密度の薄い結晶の固まりが、紺色の空を埋め尽くしていた。
満天の星空よりもさらに満天の星。
一粒一粒がグラデーションに染まって………
それは景色と呼ぶにはあまりにも綺麗な、生きている夜空だった。
顔に落ちた冷たい感触が、じわりと緩んで溶けていく。
スプーキーの髪に、綿が付いていた。
触れると、しゅぅ…っと小さくなり、居なくなる。
そしてまた新しい綿が、舞い降りてくる。
スプーキーを白く縁取るように付着した雪。
まるで彼が光を放っているような…。
優しく、穏やかな光。
一粒一粒、指で触れて消していく。
また、すぐに付着する。
そう言うゲームをしているようで、しばらく、夢中になった。
視界の端で、スプーキーの手が伸びる。
ランチの髪に、触れた。
「濡らしたらいけないんじゃないのかい?」
「…かまわねぇよ」
夜空よりも近くに居る、穏やかな顔。
その頬の端に付いた雪に、上体を起こし、唇を触れた。
「こんな時間と引き替えにするには、安っぽい体裁だ」
「……気に入って…くれたのかな?」
目を細め、少し首を斜めにするスプーキーの髪から、ランチの頬に、雪が降り立つ。
指で触れると、雪の感触から、ランチの濡れた頬の感触に変化する。
それを楽しむスプーキーの手を、ランチは掴んだ。
ひんやりとした、氷のような、小さな手。
「手…冷てぇな」
「あ、ごめん。冷たかったかい?」
「そうじゃねぇよ。あんた、寒いんじゃないのか」
「うん。今は、暖かいけど」
くすくすと笑うスプーキーの、その冷たい手に熱を伝えようと、おおうように、掴み直す。
「…気に入ったよ」
二人を避けるように放射線を描く雪降る夜の真ん中で。
「サイコーに気に入った。…ありがとう…な」
「どういたしまして」
…雪降る夜の真ん中で。
今、世界の中心はここにある。
そんな錯覚。
生まれて初めての、暖かな、雪だった。
「来年も、こんな雪が降ると良いな」
「…来年…か……そうだね………」
来年もまた、君と一緒に………



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