自分と他人と痛みの沸点


泣きながら目が覚めた。
真夜中の真っ暗な教室。
悪魔が現れる。と言うその非常識な災害に、
教室と言うかろうじて安全な屋根のある場所で眠れる事の幸運に感謝するべきだ。
そう自分に言い聞かせていた眠る前の記憶がある。
しかし、なぜ涙が?
人前で涙を流すなどというみっともない真似をした事など一度もなかった南条は、
そのあふれ出る物をこらえる術を知らなかった。
「なんじょ…どしたの?」
ぎくっ…と、体が強張る。
決して人には見せられない姿を、よりにもよってこんな口の軽いおしゃべりに…
「…泣いてる…?」
「うるさい。いいから寝ろ」
声は震えていない。しかしその頬を伝うほどのしずくは確実な現実で、
その理由がわからない。
南条にも、上杉にも。
「恐い夢でも見たとか?」
「夢…?」
見たような気がする。何かが引っかかってはいるが、決して恐いとかそんな感じではなく。
辛い?
そうか。辛い後味の夢。
無意識に涙を拭こうと持ち上げた手をつかまれる。
「こすったら、跡になっちゃうぜ?」
珍しく、まじめな顔で。
…馬鹿な顔しか出来ないと思っていた。
芝居をしすぎて本当の自分がわからなくなった道化の白粉の下の顔。
すこし、照れくさい。
「女のように暇無しべそべそしている男の浅知恵か」
つかまれた手を払いのける。
吸い込んだ息が冷たい。
上杉は、シャツの袖口を親指が隠れるまで伸ばすと、
それを頬に押し付け、液体を吸い取った。
静かな教室に、眼鏡の金具に触れた音が大きく響く。
それよりも小さな声で。
「山岡サンの事?」
そう言った。
白黒の映像。映画のワンシーン。客観視している自分。
それを見て涙を流すほど。何かをえぐる辛い映画。
最後まで笑顔を絶やさなかった山岡。
血の匂い。
生きている時と何ら変わらない、やわらかな皮膚。肉。間接。まぶた。
まだ死んでなんかいない!
嘘だ。それが本当だ。嘘でなければどうしてこんなにも…こんなにも暖かい?
声をかけた。
返事はなかった。
もう一度、声をかけた。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度!!
何度だって声をかけた。
でも返事はなかった。でも返事はなかった。でも返事はなかった!
…もう…返事はしてくれないのか…?
「…そう…か」
また、あふれる、涙。
「山岡の夢を…見ていた…」
上杉は、座ったままどこを見るでもなく涙を流し続ける南条に近づき、
自分の胸に抱き寄せた。
強く。強く。
幼いころ親の事を悪く言われ悔しくて山岡にすがって泣いた事。
いつだって一人ぼっちだった自分が一人ぼっちだと気付く事さえないほど一緒にいた。
誰よりも信頼していた。尊敬していた。崇拝していた。絶対の存在だった。
そうだ。誰よりも。
愛していた。
愛していたんだ。
初めて、鳴咽がもれた。
そのまま声を殺した。
頭を抱え込む彼の手に、力がこもった。
体中で包み込むみたいに抱きしめて、南条の頭上で、上杉は涙を流した。
100%の理解は出来ないけれど。
その痛みは、少しだけ、理解できる。
少しだけ理解しただけなのに、こんなに痛い…。
その痛みと、理解してやれない自分に対する悔しさの涙。
南条は、それに気付くことなく、頭を垂れたまま、しばらく、動く事が出来なかった。

人が死ぬのって、嫌なもんだよ
いつだって、誰かが取り残される
辛くなったら動きを止めて
時間が経ったら風化して
そのまま砂になっちゃえばいいのに
どうして人って死ぬまで生き続けなきゃいけないの?…って
考えちゃいけないのかもしれないけど
考えちゃうよ



TOP Q小説跡地 裏小説跡地