2・アカデミーの3人

 「つまり、この分子の分解、結合こそが物体の変化を司る錬金術の・・・」
 
 イングリドの講義が続く。ノルディス達がアカデミーに入学してから早くも二ヶ月以上が過ぎていたが、扱う学問が錬金術という特殊な分野なだけに、一年目は基礎的な理論の講義が大半を占める。ノルディスももちろんしっかり出席し、講義を熱心に聞くのだが、基礎理論は独学である程度のレベルまで修めているので実はあまり面白くない。が、彼の友人達はまた違った意味でこの地道な道を嫌うらしく・・・
 
 「そんな講義ならなにも出席しなくてもいいんじゃなくて?」
 
 「確かにそうなんだけどさ、具合の悪いことに毎回一回の講義で一つか二つ知らないことがでてくるんだよね、何故かさ。」
 
 「ふーん、ノルディスでも知らない事があるんだねぇ。なんだか安心しちゃうな。」
.
 「そりゃそうさ。でも、知らない事を新たに知る事が勉強の楽しみだからね。悪いもんじゃないよ。」
 
 「う・・・私知らない事だらけだしまだあんまり楽しくないや・・・もう。」
 
 「確かにエルフィールの実力じゃそんな楽しみまだわからないかもしれませんわね。」
 
 「なによお、じゃ、アイゼルはわかるのぉ?」
 
 「それはもちろん・・・完璧ですわ。」
 
 「じゃ、次のコマの講義、たまには顔、出してみる?」
 
 「・・・調合実験基礎?あの講義はどうも肌にあいませんの・・・」
 
 「なあんだ、それじゃアイゼルも私とおんなじだよ。ね、ノルディス?」
 
 「あはは、そうだね。」
 
 エリーと出会ってから、ノルディスはもう一人の少女と顔見知りになった。貴族ワイマール家の令嬢、アイゼル・ワイマール。赤のドレスと同じく赤で統一したバレッタが良く似合う子だ。
 
 ノルディスが初めて彼女を見たときの印象は「人あたりも悪くないし、行動が優雅だし、さすがに貴族だ」というものだったのだが、アイゼルがどこからかエリーの話を聞きつけ、彼女に相対したときからノルディスのアイゼルに対する評価は少し変わっている。
 
 どうも彼女、エリーに対して強烈なライバル意識をもっているらしく、時折見下したような態度を取る割に何かと競い合おうとする。これでエリーが人からの剣先をよけずに突き返すようなタイプならすぐにでも絶交状態になりそうなものなのだが、エリーが殆ど気にしていないので何事もなく済んでいる。
 
 またアイゼルもそれを分かっていて突っかかっていくふしがあることにノルディスは最近気づいた。「どうにも人間関係ってわかんないや」とため息を吐くしかない。この二人の板挟みになった場合、どちらにつけば良いのかわからないのも悩みの種ではある。 今の会話だけを見るととてもこの三人が仲良しとは思えないが、ことあるごとに一緒に行動する友人として定着していて、アカデミー内では結構有名になってたりする。男連中はもちろん「うらやましいね、両手に花で」とノルディスをからかうわけだが、ノルディスにとってはそれどころではない。
 
 「ほら、もう次の講義の時間だよ。エリーもアイゼルもどうするの?このままいたら自動的に出席するしかないんじゃない?」
 
 「あ、わたくし、やりかけの調合がありましたわっ」
 
 「えーっとえーっと、材料探しにいかなきゃっ、後よろしくねノルディスっ」
 
 「はいはい、じゃね」
 
 そのままノルディスは教室に残り、後の2人は慌てて教室を出ていった。何の異変も無い、平穏な学園生活。

 
 
 
 

 
 「まったく、人の理論を聴くよりも実践のほうがよっぽど役に立ちそうなんだけどなぁ」
 
 「確かにそうですわね・・・珍しく意見が合いますけど」
 
 「ね、意見が合ったついで、って訳じゃないんだけど・・・」
 
 「何ですの」
 
 「これからさ、材料の採取に行かない?ちょっと今蒸留水切らしててさぁ、ヘーベル湖まで行かなきゃいけないんだよね・・・一緒に行こうよ。報酬は払うからさ、ね?」
 
 正直なところ、アイゼルはこのエルフィールという女の子がよくわからない。こちらは決して友好的に接している訳ではないはずなのだが、エリーはそんなことお構い無しに友達として接してくれるし、別にこちらが居丈高な態度をとったところであまり気にしていないように見える、これまでにないタイプの友人だからだ。
 
 「いやですわ。大体なんで私がそんなところに行かなくちゃならないのかしら?」
 
 「まあまあ、たまにはいいじゃない。でもさ、アイゼルもノルディスも一人では全然町の外に採取に行かないみたいだけど、材料ってどうしてるの?」
 
 殆どの材料を自分で採取しなければならないエリーは当然の疑問を口にしたつもりだったのだが、アイゼルはやれやれといった口調で答えた。
 
 「やあねえ、知らないの?寮生には毎月材料の配給があって、カノーネ岩とか、ヘーベル湖の水とかの基本的な材料にはあまり困らないのよ。ま、わざわざ工房で生活してる人はどうなのか知りませんけどね。」
 
 「ふーん、そうだったのかぁ、知らなかったよ。でもそうなると、あんまり珍しい材料って手に入りにくいかもね。例えばこんなのとか」
 
 そういってエリーは工房の鍵を取り出した。その鍵のキーホルダーになっているのは・・・
 
 「!これって風乗り鳥の羽じゃない!どうしたの?これ」
 
 風乗り鳥はザールブルグではあまり見る事のできない渡り鳥なのだが、エリーはしれっとした様子で、 「ちょっと遠出した時にね、風乗り鳥の群れを見つけたんだ。飛び立っていった後にこれがたくさん落ちててね、奇麗だから一つ武器屋のオヤジさんに作ってもらったの。」
 
 「そんな珍しい材料、よく使えるわね・・・」
 
 「だからアイゼルも自分で採集に出かければいいんだってばぁ。それにさ、珍しいっていったら妖精さんもやっぱり自分で外に行かないと見つけられないらしいよ。」
 
 「妖精、ね・・・確かにいれば便利そうですけどね。でも本当に手伝ってくれるのかしら?怪しいものだわ」
 
 「じゃあさ、今回は別にいいから、春になってあったかくなったらノルディスと三人で妖精さんを探しに行こうよ。」
 
 アカデミーには錬金術士のタマゴが揃っているだけあって、いろいろ錬金術についての噂も絶えない。そのなかでも特に有名なのが、妖精についての噂だ。なんでも、賃金を払うことによって作業の手伝いをしてくれるらしいのだが、三人は実際の妖精をまだ見たことがない(実はエリーは一度妖精を見たことがあるのだが、気づくことができなかった)。ただわかっていることは、それが事実らしいということだけ。
 
 「そうね、暇だったらね。」

 
 
 
 

 今日一日の講義も終わり、ノルディスは家に戻っていた。最近立て続けに新しい調合を成功させて一段落ついているので、今日は何か部屋で一人いる気がしなかった。
 
 「そういえば後回しにしてた調合があったっけ。なんでだったけ?」
 
 そう思って参考書を読むと、知らない材料が含まれていた。
 
 「温泉水、かぁ。これは探しに行くしかないかな?」
 
 探しに行くとしても一体どこに温泉があるのか。
 
 「材料探しにいかなきゃっ、あとよろしくね、ノルディスっ」
 
 そういえばエリーは自分で全部材料を探しにいってるんだ、ということを彼は突然思い出した。今日もサボりの言い訳にしてたし。
 
 そう思うとノルディスの行動は速い。身支度(といっても上着を着るだけだが)をして、寮を出ていった。


一つ前の章に戻る 次の章に進む 小説トップに戻る